14話。リルの社会勉強
2日後──
「あるじ様、この服、すごくサラサラで気持ちがいい!」
ブティックの試着室から出てきたリルが、俺に抱きついた。
リルは清潔なシルクのワンピースを身に着けていた。ミリアがこれなら気に入るだろうと選んだ物だ。
「あっ、ああ。リル、すごく良く似合っているぞ」
思わずドキっとしてしまう。
新しい服に身を包んだリルは、息を飲むほどかわいい少女へと変貌していた。
リルの喜びを反映して、尻尾がブンブン振られている。
「やったぁ!」
「他にもいくつか服を見繕ってあげるから、ちゃんと服を着て生活するのよ。あなたメイド服は窮屈だとか言って、すぐ脱ごうとするんだから!」
ミリアが腰に手を当てて言う。服の代金もミリアが出してれるそうだ。ホントにありがたい。
「うん、うん。わかった」
リルはうれしくてたまらない様子で、くるくる回ったり飛び跳ねたりしている。
あまり激しく動くと、スカートがめくれて、思わず赤面してしまうが……
ここまで感激してくれると、俺もうれしい。
「うん。だけど、このパンツっていうの? 腰が締め付けられて、嫌だ。パンツは脱いじゃって良い?」
「やめぇろ! 何してやがるんだぁ!?」
リルがその場でスカートをたくしをあげて恐ろしいことをしそうになったので、慌てて止める。
「うん?」
リルは意味がわからない様子で、キョトンとしていた。
「何度も言っているが、人前で服を脱いだりするんじゃない! まして、パ、パ、パンツなんて、俺を殺す気か!?」
「あるじ様、殺す気、違う。リル、攻撃していないよ?」
心外だと言わんばかりに、リルは頬を膨らませた。
「攻撃なんだよ! 精神的な攻撃なんだよ! 下手をすると、俺は社会的に抹殺されるんだよ、わかるか!?」
「精神的な攻撃? リル、魔法使ってない。社会的に抹殺? 意味、わからない」
「はぁ〜〜〜っ。良くわかったわ。これは重症ね……一体、あなた、どこでどういう生活をしてきたの?」
ミリアが盛大に溜め息をついた。
「それは……俺にも良くわからない。エルフの森で、怪我をして行き倒れでいるのを偶然見つけたんだ。そうだな、リル?」
「そう、そう。リル、それまで何をしていたか、覚えてない」
リルが神獣フェンリルであることは秘密だ。俺はリルと口裏を合わせることにしていた。
ミリアは信用できると思うが、秘密を知る人間は少ない方が良い。
「記憶喪失? いずれにしても、その娘には、常識を徹底的に教え込む必要があるわね……じゃないと私のお兄様と間違いでも起こされたら、困るわ!」
「俺もそう思う。服も調達できたし、予定通り、今日はリルの社会見学だな」
「うん、うん」
リルは意味がわかっているのか不明だが、うれしそうに頷いている。
俺はリルに、人間社会について学ばせることにした。
でないと非常識極まるリルは、どんなトラブルを起こすかわからない。
今日もこの店まで来る途中、屋台の焼き鳥を金も払わず食べてしまって、ひんしゅくを買った。
ミリアが取りなしてくれなかったら、自警団を呼ばれていたところだ。
「ああっ! できればお兄様とふたりきっりでデートしたかったです! 次は絶対にふたりで、デートに行きましょうね!」
ミリアが腕を絡めてくる。
「デート? それは妹とするようなモノじゃないと思うが……」
「血が繋がっていないのですから、デートも結婚も問題ないですよ、お兄様!」
「デートって、何? 楽しいこと? リルも、あるじ様とデートしたい!」
リルが反対側の腕を掴んで、俺に身体を寄せてきた。
おい、おい、ちょっと待て。
すると、ミリアが頬を膨らませる。
「むぅ! ちょっとリル、デートというのは、私とお兄様のように愛し合っている男女が、愛を確かめ、深め合うために行うものなのよ! あなたは遠慮してちょうだい!」
「愛? 愛って何……?」
「大好きだっていうことよ。ねっ! お兄様!」
「確かに俺もミリアのことは好きだが。ラブじゃなくて、ライクだからな! そこんとこ、間違えないでくれよ!?」
「もう照れていらっしゃるんですね! わかってますよ、お兄様! わざわざ、そんな言い訳をなさらなくても! い、今の『ミリアのことが好きだ』をもう一度、お願いします! 魔導録音器でちゃんと録音できているか不安ですので!」
ミリアは、ぽっと頬を赤らめた。そして、鞄から何や小型の魔導器をいそいそと取り出す。
彼女がボタンを押すと『確かに俺もミリアのことは好きだが……』といった声が、魔導器より再生された。
「お、おい……なんだ、これは?」
「ふふふっ! 私とお兄様との愛の記録のために、録音していたんです。雑音が入ってますが、ちゃんと録音されているようで安心しました! さ、お兄様、今の発言をもう一度、お願いします! これから毎日、繰り返し聞いて癒やされますので!」
俺は無言で、ミリアの魔導録音器を取り上げると【世界樹の剣】で真っ二つにした。
「あっ──! なんてことするんですか!? お兄様からの愛の告白がぁ!?」
「うるさい。許可なく録音するな。例え妹でもやって良いことと悪いことがあるぞ!」
俺はミリアの頭を軽く小突いた。
ミリアもまさか魔導器を壊されるとは思っていなかったようだが。ちゃんと叱っておかないと、迷惑行為がエスカレートする恐れがある。
この娘は暴走しがちなところがあるからな。
「ぐぅ! でも、妹としてお兄様に叱っていただけるなんて幸せ! 大好きですお兄様!」
ミリアは何を思ったか、俺に抱き着いてきた。
ちゃんと反省しているのか? ふ、不安だ。
「リルもあるじ様のことが大好き!」
「はぁ!? 私はね、子供の頃から、ずっとずっとお兄様が好きだったよの! あなたなんかとかは、積み上げて来た愛の歴史が違うのよ!」
ふたりの美少女に左右から、グイグイ抱き着かれて、俺は悲鳴を上げた。
「いや、もう勘弁してくれ! とりあえず、冒険者ギルドに行くぞ!」
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