4.梅爺
家に着くと、テーブルに「梅の店に来い」というメモがおいてあった。
梅爺の店は長屋の道路を挟んで向かい側にある。店では松爺と梅爺が新型の”コネクター”の改造を行っていた。
梅爺は松爺と同じく電気街に古くから住む老人で、大抵松爺と一緒に仕事をしている。二人は、いろいろな面で対照的だった。松爺は積極的だが梅爺は慎重、松爺は直情的だが梅爺は温厚、松爺は大柄でムキムキ梅爺は中背で隠れマッチョ。小鉄は二人のどちらも行き過ぎだと感じており二人を2で割ればちょうどいいのにと考えている。小鉄がついた時は二人とも黙って作業をしているので、小鉄は部屋の隅っこの椅子に座って足をぶらぶらさせていた。
ひとしきり作業が終わると、松爺が「こっち来て、”コネクター”を見て見ろ」と言った。コネクターは”サーチャー”のインターフェースのパッドと、外部入出力装置のパッドをボンディングするので、”コネクター”と呼ばれれている。
「”ダンパー”は入れなくていいの」
「まだ仮組だから”ダンパー”はいい。見るだけだ」
小鉄は”コネクター”の作業椅子に座り覗いてみた。
「どうだ」
「”ダンパー”ないから、画面がぶれてるけど、視野が明るくなった気がする」
「眩しくはないかい」というのは梅爺。
「少し眩しいかも。」
「光量を95%に押さえよう」
「今度はいいよ」
「じゃあ本組するから一度どいて」
二人はなにやら調整すると、”コネクター”に外装用のカバーをつけた。
「小鉄、”ダンパー”を入れろ」
”ダンパー”は正式には”ダンパー吸収装置”の事で揺れを吸収してくれるものだ。
小鉄は”ダンパー”を入れると、再度”コネクター”に座り、アイピースを覗いてみた。
「梅爺、このチップ2076AUのRXⅢ型?前一度やった型じゃない?」
「いいんだよ。今日は”コネクター”の改造の確認が目的だからね」
「基本のインターフェース接続でいいの?」
「できそうだったら、始めていいよ」
小鉄は ”サーチャー”を入出力端子装置の横において、”サーチャー”のインターフェース部のパッドと外部入出力装置のパッドの間に線をボンディングしていった。
”サーチャー”はニューテクのメジャーな製品で周り人の状態や周囲の状況をユーザーにリアルタイムに伝える装置だ。”サーチャー”はシティでしか使われておらず、マチにはない。小鉄には機械で常時相手の事を探りながらする生活なんて想像できなかった。
”サーチャー”は登場した最初は手に持つくらい大きかったが、年々小型化され、とうとう体に埋め込むほど小さくなったそうだ。ただ、小さくなった変わりに故障した場合に、”サーチャー”の中の情報を取り出すことができなくなってしまった。そうなると、壊れるたびに、FSAから高い金を出して吸出しを頼んだり、更に装置を買い替えることになる。
”コネクター”はそうしたニューテクの装置が壊れた時に、中の情報を取り出す為の装置だ。簡単な故障なら直す事もある。”サーチャー”の検査用のインターフェース部のパッドを、外部入出力装置のパッドに線をボンディングする装置だ。ニューテクの連中も検査用に外部パッドが必要というわけだ。このボンディングは精密加工ができるロボットアームで行い、その様子は超微細用の顕微鏡で観察しながら行う必要がある。
松爺と梅爺は、脳外科手術用に作られた、ロボットアームで超精密操作を行う装置を改造し、これらの機能を実現している。
このマチは島にあり、住んでいる人も多いので、微妙な周囲の振動によってどうしても視野がぶれてしまう。そういう理由もあって振動吸収システムがついている脳外科手術装置が装置のベースとしてかかせないのだ。
松爺と梅爺が発明した”コネクター”をまねる店もあるが、これほど立派な装置があるのはこの梅爺の店だけだ。”サーチャー”のデータ取得率もほぼ100%になっている。
「梅爺、今日前よりすげーよく見えるようになったけどなんで」
「今日から光源に紫外と赤外に近い光を加えたんだよ、今日からこの”コネクター”は、ほぼ小鉄専用マシンになったんだよ。これは他人に言ってはだめな話だけど、小鉄の視細胞は、基本のRGB3種類以外に紫外用と赤外用のものあるんだ」
「シサイボウ?」
「わかんなきゃ、憶えなくていい。今回の光学系は石英の特注で値が張ったからな。回収するまでちゃんと働けよ」
「まぁまぁ松蔵さん、今日は改造がうまくいった事をよしとしようよ」
普通の人は松爺を松蔵さんとは呼べない、ぶっとばされるか無視されるのが落ちだ。
「ふん。でも金も大事だぞ、梅よ」
「松爺、今日は上客なの」
「なまいってんじゃねぇ。今日はな、新規の会社だ」松爺は外部インターフェースをのぞき込んで、歯を見せてにぃと笑った。完全にぼる気まんまんだ。
「できは悪くないな。これならデータ吸い出しもすぐできるな。よし、カラ・パルトに行くぞ」
「松蔵さん、まだ時間が早いんじゃない」
「何行ってる、梅。改造の成功祝いだ。小鉄おまえもカラ・パルトに来い」
「えっ、なんだよ、俺も食っていいのか?」
「おまえはバイトだ」
「ひでーよ松爺」
「ははは」
梅爺は笑いながら頭の手ぬぐいとると、真っ白なその髪の毛が現れた。ほほの傷や刻み込まれた深い皺と合わせると松爺よりかなり年上に見える。小鉄はその時、ふと梅爺はいつからマチにいるんだっけと思った。
(つづく)