2.学校
翌朝、小鉄が学校に行くと、隼人は来ていなかった。学校といっても、廃ビルに寄付で机やら教科書やらを集めて、安い金で雇われた人を先生と呼んでいる代物だ。隼人はアウターとマチの境界に一人で住んでいる変わった子供で、シティからの配給でなく、魚を捕ったり野草を食べたりして自立している。小鉄はそんな隼人の独立心の強いところが気に入っていた。アウターに深くに探検するような子供は隼人以外にはおらず、小鉄の相棒と言っても良かった。隼人に会いに学校に行っているようなものだ。
朝の授業が始まる前は、みんな思い思いの相手と話している。勇はいつものように人を集めては、下半身を指さし、下品なポーズをしている。昔、小鉄は勇と少し仲がよかったが、”5W1Hゲーム”事件以来、仲違いをしている。”5W1Hゲーム”は、”いつ””どこで””誰が””誰と””どのように””何をした”という文を参加者でつくり、それをシャッフルしてできる文章を楽しむものだ。勇は下品な内容の文章をつくり、その日は大うけだった。まず、そのゲームで大うけしたのも許せなかったのだが、問題は翌日起こった。次の日、女子の大山がゴミ箱からその紙を拾って先生にチクったのだった。小鉄達は、その日から1週間教室の後ろで立たされた。勇は事件の直後にいなくなり、小鉄達残った参加メンバーが下品なレッテルを貼られたのだった。そのくせ、勇はだいぶたってから、ひょっこり戻ってきたが、それからは疎遠にしている。
小鉄は、授業前の朝のあわただしい時間に誰と何を話して良いかわからず、学校はどうも慣れないと思っている。教室を見回すと、最近転校してきた武井しのが目に入った。武井の親はこのマチの行政官をするために、最近別なマチからやってきた。武井は明らかにこのマチの女の子とは違い、服装も上品で、きゃしゃで、静かだった。おかしなもので、おまえ絶対つりあわないよ、という雑なヤツほど武井にあこがれを持つのだった。小鉄はそうでもなかったが、ふと、武井の方を見た時に目が合ってしまった。転校以来、武井は、お節介で自意識過剰な女子達に護られていたので、やっかいなことになる前にあわてて視線を外した。連中は、なにかにつけ「あんた今武井さん見てたでしょ」といいがかりをつけてくるのだ。
目をそらした方向には未可がいて、恐ろしい顔でこちらをにらんでいる。未可はカラ・パルトのおばさんの娘で、幼なじみだ。去年かその前までは小鉄の方が背が低く、子供のように扱われていた。カラ・パルトのおばさんが母親みたいなものだから、もう一人の小さな母親みたいな感じだった。ただ、小鉄が未可の身長が超え始めた頃から未可の態度が変わっていって、とうとう一緒にカラ・パルトで働くのもやめてしまった。小鉄としては、あまりかまわれなくなってせいせいしていた。未可の顔つきを見たときに、理由はわからないが「やべ」と思った。幸い、そこで”能面”がやってきて授業が始まった。
”能面”は30過ぎの小鉄たちの担任で、シティから来た人だ。シティから来た人は最初表情に乏しいが、子供はもちろん大人も、だんだん表情が持てるようになってゆく。”能面”はマチに適用できなかったらしく、笑うことはもちろん怒るときも表情が変わらなかった。隼人に言わせると「現代社会のひずみが生んだ悲劇の産物」らしい。心ない子供の中には、からかうのは勿論、校長先生に気持ち悪いから担任を変えてくれと言うものもいたが、たいがい「斉藤先生はわが校には勿体ない、とても優秀で心の優しい先生です」と言われるだけだった。そいつは、腹いせに”おべっか能面”というあだ名をはやらせようとしたが、あまり定着せず、結局元の”能面”に戻った。
出席確認が終わったなと思っていたら、”能面”が目の前に立っていた。
「小鉄君、武雄君がいないので探してきて下さい」
「どうして俺が」
「教室で、出口に一番近い席に座っている男子だからです。いやなら他の人に頼みますが」
小鉄は”能面”が嫌いじゃなかったし、ポーズで反論しただけなので引き受けた。
「やりますよ」
そのとき、勝手に立候補したものが3人いた。
「先生、私がいきます」
「私もいきます」
「先生、僕もいきます」
委員長の大山と未可と犬井だった。
「大山さんと古田さんは女子なので、危ないです。健太郎君が立候補してくれたので健太郎君にお願いします。」
小鉄は「アブナイアブナイ」と思いながら、学校からタケオの家に行く途中で健太郎に聞いた。
「なんで手をあげた」
「いや、もくやりたくてよ。それにオレがいなかったら、おまえ委員ちょか古田と一緒だったかもよ、よかったべ。とりあえず、外でて一服するべ」
「えー、もくか。俺タバコきらいなんだけど」
「じゃあ、戻って委員ちょと探すか?」
小鉄はあきらめて学校から出て探し始めると、学校から少し離れた通りでタケオがいて、うろうろしながら通る人の足下をみている。
タケオは悪いヤツじゃないが、小さい子供のまま成長した感じの子だ。普段は机に座っておとなしく絵をかいているが、いったん行動しだすと誰も止められなかった。
「タケオ、教室戻ろうぜ」
「プナピナポは正しい。プナピナポは絶対」
プナピナポはタケオの心の中だけにいるタケオの友達で、クラスメートは誰もがみんなプナピナポの話は聞かされていた。
「プナピナポは悪魔退治を命じている」
「悪魔なんていねーよ」と、健太郎は煙草をはきながら言った。
「”能面”なら教室にいるけど、”能面”の事か?」
「違う。プナピナポは言った。影が3重になっているのが人間。影がひとつなのが悪魔。悪魔は人間の真似しているが、影までは真似できない」
「悪魔なんていねーよ。影が3重の人間なんているわけねーじゃん」
「健太郎、それ違うぞ、3重の方が人間だって」
「それじゃあ、みんな悪魔になるじゃん」
タケオは黙って健太郎の影を指さしている。小鉄も影をじっとみていると影が3重に見えてきた。小鉄と健太路は顔を見合わせた。影は普通の黒い影に加え、内側に青と、外側に黄色の影が見えていた。
「やべー、なんかはじの方が3重になってる。オレ悪魔か?小鉄?」
「落ち着け、だから3重の方が人間だって」
「青いのが良いおまえ、黄色が悪いおまえ。黒が普通のおまえ。プナピナポー。プナピナポー。プナピナポは絶対」
「小鉄、気味悪りーけど、タケオつれて帰ろうぜ。良い案ないか?」
小鉄は少し考えて閃いた。
「タケオ、悪魔みつけたらどうすんだ」
「この聖なるバケツに入ったクローバーの葉をかけると悪魔はいなくなる」
そこにはバケツいっぱいにクローバーが入っていた。
「タケオ、こんなによく集めたな、じゃないや。理科の”スダレ”がいるだろ、あいつの影は一重だったぜ」
「小鉄大丈夫か?」
「まかせとけ、第一にタケオを自発的に学校につれていける。第2に、3重の影はおそらく光の回折によるものだから、その辺の原理を”スダレ”からタケオに直接説明させる。それで万事解決。完璧だろ」
「良さそうな案だけど、タケオもういないぜ」
小鉄が振り返って、健太郎の指さす方を見ると、タケオが学校へすっ飛んでいくのが見えた。
「確かに良い案かもな、オレもなぜ自分が悪魔なのか”スダレ”に聞けるしな」
小鉄は健太郎の発言をどう訂正するか考えたが、面倒くさくなってやめた。ただ、タケオの走っていくスピードに少し不安なものを感じた。
(つづく)