告白されるTS娘
世の中に叶わぬ恋はない。それが私の持論である。
かつて無双の女日照りを経験し、街ゆく男女に心でツバを吐いていた私であるが、それでも恋愛を諦めたことはなかった。
なぜなら結局、男からすれば自分のことを好く女子を無下に扱えるわけもなく、また世には男は顔じゃない、と堂々とのたまう輩が存在するからだ。
これらを合わせて考えてみれば、高嶺の花と呼ばれる女子といえど、その実高嶺に登ってしまえば容易く手に入るかもしれないというわけだ。なるほど、ならば私にも夢を見る権利があるに違いない。
私は生まれて16年、一度として女子に男として好かれたことはなかったが、それは私を見初める女子に出会ってこなかったからに相違ない。なぜなら今まで「自分のことが好きではないのか?」と感じさせる女子にことごとく恋していたからである。
……そんな、極めて楽観的で、惚れっぽく、全男女の末の幸せを祈る私でも、放課後の教室にて訪れた今のこの状況は飲み込める気がしなかった。
「好きだ。だから付き合ってくれ」
十年来の親友が、同じクラスの隣の席の男子である彼が、女になってしまった私に彼女になれと言っているのだから。
「……え?本気?」
「本気も本気だ」
私がおずおずと確かめると、彼は真っ直ぐ目を合わせて答えた。なるほど、聞き間違いではないようだ。私をからかっているわけでも。
「いや……色々言いたいけど……私だよ?」
元男である。知っているだろう、となじるように目を細めれば、彼は全く動じずに「うん、お前だ」と告げた。
「分かってるでしょ、私の本当の性別」
昔から男として生きてきている。なんなら初恋の人は幼稚園で一緒に砂遊びをした女の子である。そんな私だ、男であり、真っ当に女の子が好きな彼の相手には釣り合わないだろう。
何なら同じクラスの女子に、彼のことが好きな子がいることも知っている。彼はかつての私のようでなく、気も回り、努力を怠らない良いやつである。
そう伝えたつもりで言えば、彼は不満そうに「本当の?」と声を荒げた。
「なんだ、一晩で別人みたいに性別が変わっておいて、最初の性別の方が本来の自分だとでも言うのか?」
「逆に聞くんだけど、違うと思うの?」
問いただす彼に私が言い返すと、彼は「思うね」と言い切った。
「何を根拠に本当の性別が男と言ってるんだ」
彼は一歩前に進む。真剣な顔が少し大きく見える。私は体を少し反らす。
一気に空気が温くなった心地になった。
「や。だって好きな子は女の子だったし、男同士みたいでちょっとアレだし」
「女同士で好き合うやつもいるだろ。そういう奴らの本当の性別は男と思うか?」
「え。いや……そういうわけでもないけど」
「なら、お前の言う本当の性別とは何なのだ」
彼があまりに真剣に言うもので、私は自分が言ったことが本当か嘘か分からなくなってきた。
私は初め男だった、しかし今や女である。私が男だと自らを評価するのは、男として生活し、それをみんなに受け入れられていたからに違いない。
ならば、今はどうなのか。
「さあ、何だろうな。私の頭には余る話になってきた……」
「そうか」
そこで一度、会話は途切れた。発する言葉も見つからずに彼を見る。彼もまた私を見ていたが、まんじりとも言葉を発する気配がなかった。
「――で、どうなんだ」
「へ?」
長くとも短くとも思える沈黙の後、彼は短く言った。困惑してみせると、彼は苛立ったように眉間にしわを寄せた。
「だから、俺と付き合うのかどうかと聞いてるんだが」
「…………」
呆れた。この期に及んで彼はまだ、私と恋仲になることを諦めてはないらしい。
改めて、彼を見つめる。もう見飽きた顔だ。幼稚園で知り合い、一緒に泥だらけになった、昔より精悍のような気がする顔。女になって早1年、私が女になって以来、彼が折に見せる優しい顔がクラスの彼女に向けられることを思えば、不思議と焦ったような心地が胸に走った。
なるほど、私はこの1年で、随分成長していたらしい。
「――いいよ」
「……そうか……。…えっ?」
彼は驚いた。私は重ねる。
「いいよ、と言ったんだよ。私は多分、お前の彼女になれる」
「…………!?」
言い出しておいて驚いたままの不躾な彼に、私は柔く微笑みかけた。
「お前がちゃんと彼女扱いしてくれるならな」
私はこの男に落ちた。