海7 リードさん
何者……だったんだろう。気軽に聞いても良いのだろうか?紹介が無かったって事は察しろと言う事?
ここでの生活で分からないことを知るには、アルバートさんに聞くことが多い。家事関係や細々とした事全てを知っていて、そして親切かつ一番私の知る普通の人の感覚に近い人だ。でも、女性という単語が入ると彼の所見は凄く偏った情報になる……気がする。
クロノ様は仕事の無い時は部屋にこもってらっしゃって何かお忙しそうだし、リードさんは何故か時々会話が噛み合わない。私の常識とリードさんの常識がそもそも違う事が多くて同じ言語なのに時々通訳してもらう事もあるほど。
慣れつつあっても、特に女性関係について聞くのは少し怖い。
……まぁ、今まで遭遇しなかったという事はそんなに頻繁に会う事も無いでしょう!もう少し様子を見てからにしよう!
初めて出会った日の夜にモヤモヤしながら見ない事にしたのに、エウディさんはその次の日も船に居た。
「はろー。遊びに来ちゃった!」
「うぎゃっ」「きゃっ」
アルバートさんと二人で網の修理中に、彼女はやはり何処からともなく現れた。もちろん陸地は遥か遠い。私以上に広いアルバートさんの視界でも感知出来ないってどういう事だろう?
「アルちゃん、サヤちゃん貸して?」
「あ?」
「こわーい。ちょっとお部屋でお話しするだけよぅ」
威嚇するように睨むアルバートを、エウディさんは言葉と裏腹にからかっているような調子だ。
「ね?クロノの許可は取ってあるわ。それに、サヤちゃんに女慣れ、してもらいたいって聞いたけど?」
女慣れ?
「リンリンのお遊び禁止中なのに、うっかり船の男どもにときめいて女性化したら困るんでしょう?」
うふふと人差し指を口に当てて、エウディさんは楽しそうに笑っている。一方アルバートさんの目は……据わっている。
「サヤ、そういう事らしい。頑張ってこい」
「はい?」
「心の底から同情するが、今が頑張り時や。辛抱してくれ」
うっすらと涙すら浮かべ、アルバートさんは私の双肩を掴んで「生身の女の魅力を学んでくるんや!」と揺すった。
「少々の事は我慢して受け入れるんやで!」との声援を受けながら、エウディさんの希望により私の部屋に案内する。物置だった部屋を片付けて作った部屋なので、裁縫道具や布類など主に私が使う仕事道具もあるけれど部屋自体は割と広く、幸か不幸かお招きできなくは無かった。
「理想的だわ」とエウディさんは感嘆して、作業台兼机に何かを広げた。それはどうやら女物の服?大きさを目算するとエウディさんの物にしては大きく、丁度私のサイズに見える。
「あの、これは……?」
「サヤちゃんの服よ。プレゼント。昨日測らせてもらったから、ピッタリサイズよ」
「エウディさん、私、男にならなくちゃダメなんですけど……?」
「……サヤちゃん、男と女の違いって分かる?」
「体型、でしょうか?」
「はずれー。サヤちゃん無性だけど女っぽいよ。女に間違われるんじゃない?でも私よりがっしりして男らしい体のはずよね」
確かにその通りだ。基本的には動きやすい男性の服をきているが、それでも街で女性扱いされる事はある。そもそも、初めにリードさんには女性だと思われていた。驚く私の手を握る彼女は慈愛に満ちている。
「女らしさと男らしさに先ずは気がつかなきゃ。それから、女らしさにフォーカスしていってそこにトキメクのよ。男らしさは周りが男だらけだから自然と身につけられるわ。でも、女らしさを知る機会は少ないでしょ。それに私が教えられるのは女らしさだけだし」
彼女の瞳はキラキラしているように見えて、なるほど確かにこういう事を感じる必要があるかも、と感じた。第一に私は記憶をなくしているせいもあって世の中を知らなすぎるんだから、頭から否定するのは良くないよね。
言われるがまま、指示通りに渡された服を着て、化粧を施された。そして、彼女が持ってきたお菓子を食べながら、彼女から女社会や女のイロハなる物の講義を受ける。
帰り際に次回からはお茶の準備をしておく事と言われて承知しながら、ようやく何かおかしな気がしてきた。そもそも私、女装する必要あるっけ?それに、何だかエウディさんはどこか楽しんでるような?
しかし、化粧を落として身支度を整えてアルバートさんに事後の報告に行くと「何も言わんでもええ!よう頑張った!多少気分がおかしゅうなるかも知れへんけど、耐えてくれ!」と激励されて、なにか後に引けない感じになる。
エウディさんは間違いなく女性として素敵な要素満載で、リードさんと恐らくクロノ様とも仲良くされているらしい。と言うことは、この方法もあながち誤りではないの、かも?
と言うわけで、週二回のお茶会勉強会はその後も粛々と開催されていった。
エウディさんが現れると、リードさんが口説いて、アルバートさんが逃げだし、時々クロノ様の部屋にエウディさんが寄る。クロノ様の部屋の滞在時間は短そうなので、エウディさんの話す色事はもしかしたら、ただのジョークかもしれない。女の人とは、計り知れない……。いや、でも、奴隷時代の同僚はもっと普通っぽかったような?
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エラスノのメンバーは船にいる三人と宿を回している一人。エウディさんの講義を受けるようになってしばらく経ってから、ふとそれを思い出した。最近ようやくお互い慣れて通訳が不要になってきたリードさんが、ちょうど私が作ってる側から夕食をつまみ食いしている事だし……。
スティックサラダにまで手を出そうとしてる彼にディップを渡しながら私は聞いてみた。
「エウディさんがこちらにいらっしゃる間、お宿の方はどうなっているんですか?」
「んー?宿?なんで?……あ、もしかして。あのね、ねぇさんはうちのメンバーじゃ無いよ」
「え?そうなんですか?」
「ん、そう」
もぐもぐしながら、リードさんは指を折って見せる。
「エラスノ万事屋は、僕とクロノさん、アルバートさん、サヤ、かぁたん。以上四名」
かぁたんという人が本拠地で宿を回している人のようだ。リードさんはエウディさんをねぇさんと呼んでいるから名前とは限らないが。というか、それならエウディさんの立ち位置ってどこ?
「私、エラスノ万事屋は有名なので大人数かと思っていましたよ」
有名なのは賭博で、だけど。中に入ってすら全体像は謎のままだ。
「うーん、前はね、僕やサヤみたいな奴隷を買ってメンバーにしてたんだけど、今は船に僕やアルバートさんがいるから新規は制限してたんだよ。サヤはその制限の中で通ったんだね」
「リードさんも、奴隷だったんですか?」
「うん!アルバートさんとかぁたんは違うけど、過去のメンバーも大体奴隷だったって聞いてるよ。みんな宿や船でスキルとお小遣い貯めて独立してったって聞いてる。僕やアルバートさんはここにしか居られないから」
指についたソースをペロペロ舐めていたので、タオルを渡すとリードさんは嬉しそうに「ありがと」と言った。
「お二人はとても素晴らしい才能をお持ちだと思うのですが……」
「僕達が船を降りられない理由が聞きたいの?」
そんな意図はなかったけれど、そう言われたら知りたくなる。
「はい」
「『他人の秘密は話してはいけません』」
「え?」
「だから、僕の事なら教えてあげられるよ。サヤが聞きたいなら」
やれやれ、と言いながらリードさんは椅子から立ち上がった。いやいや、そっちから話振ってるじゃないかと呆れた私のすぐ側までやって来る。やや幼さが残るリードさんはほぼ私と同じ身長だ、その彼の顔はそっと私に近づいてそのままキスをした。
「なん、ですか?」
「って普通はなるんだよね」
驚いた後に恥ずかしさがこみ上げる。顔が熱くなる。
「あのね、僕、りょうしんが無いらしいんだよ」
「両親?お父様やお母様?」
「ううん、良い心、の方。感性が他人とズレているんだって。ここのみんなは好きだし、悪い事をしたらその罰を受けるから回避しなきゃダメって事も分かる。でも、普通じゃ無い。だから訓示をクロノさんに教えてもらって復唱しながら生活してるんだよ。記憶力はいいから」
良心?リードさんは親切だし、そんな風には思えない。
「ぱっと見分かんないらしいね。でも、例えば、サヤがお腹すいて行き倒れてたら助けるけど、それが知らない子供だったらなんとも思わない。頑張っても考えてもそこで死んだら汚れて見苦しくなるかなーくらい。でも、普通はそういう反応にはならないんだって、クロノさんに教えてもらった。僕は普通が分からない。集団で生活しているとそういう反応をすると周りから攻撃されちゃうんだって。でもね、それが悪事を働いた人だったら手厚くしなくても良いらしいんだ。悪事を働いたら子供なら?僕には教えてもらわないと分からない。
サヤ、サヤは多分僕が仕事で活かしてる能力を素晴らしいって言ってくれたんだと思うけど、飛び抜けた能力には理由があるんだ。代償って言うんだけど。僕はサヤの料理してる所見たら、実は全く同じようなコピーはできるんだ。でも、初めて会う人の好みを探って料理を作る事は出来ない。トラブルがあっても知らない事が起きたら、多分正解でない選択肢を選ぶ。サヤが……仲間になってくれて嬉しいけど、多分サヤもすぐに独り立ちしちゃうんだろうな」
そう言って、またリードさんは私にキスをした。