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海39 レックス

 初めてレックスさんを個人として認識したのは、同僚に言われてからだ。


「サヤ、またあなた目当てのお客さん来てるわよ。注文行ってあげたら?」

「偶然じゃない?」

「あなたが表に出てないと帰るのよ、あの人。絶対よ」


 クスクス笑われて、仕方なく注文に行く。でも、毎日注文とってるけど、何か言われる訳でもないし……


「ご注文はお決まりですか?」

「あー、酒とツマミのセットで」

「お酒はいつものように?」

「ああ、覚えてくれてたのか」


 破顔されて、困惑する。普通覚えますとも、二リットルのジョッキで頼む人は他にはいない。注文を伝えに行こうとして、いつもとは違う事を言われた。


「ここってウエイトレスのレンタルやってるか?」

「はい、各ウエイトレス、ウエイターによって条件が違いますので、ご希望の者にご確認ください」

「あんたは?」

「私ですか?昼間のみ、店内のみ、飲酒不可で、料金は……」

「あんたを一時間頼む。それから、あんたの好きな飲み物も」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 私をレンタルとは珍しい。フィフィさん以外では、ほぼほぼ店内で愚痴やら世間話しかできないから、最低料金で愚痴を言いたい高齢者位しかレンタルされた事は無かった。


 ツマミとお酒、それからご相伴に預かってお客様の前に座った。

 そして、彼の恋愛相談に乗る事になる……


 彼、レックスさんは世界を回る仕事をしているそうだ。地元には親が決めた婚約者がいて、レックスさは彼女の事を愛していた。

 ところがどっこい、結婚式直前で彼女は逐電。世界中を回って手を尽くして彼女を見つけたところ……


「他に男がいた。おまけに、俺の事見ても眉ひとつ動かさねぇ」

「それは、お気の毒でしたね……。彼女さんは何を考えているのでしょう?」

「だろ?!すまなそうにするとか、申し訳なさそうにするとか、せめて驚けっつーの!」

「その、彼女さんが彼女だって間違いはなく?」

「人も使って調べた。100%彼女だ」


 お酒は三十分で九割がた無くなり、レックスさんは涙すら浮かべている。顔は整っている方だけど、濃い目のガタイの良い大男がメソメソしていて、その姿は少し面白味がある。


「もう俺の事なんか覚えてねぇって感じ。話しかけて無視される訳でもねぇし」

「うーん、もしかしたら記憶喪失、とか?実は私も記憶喪失なんですよね、六年くらい前からしか覚えてませんし」

「え?マジ?」

「それで、どうなさりたいんですか?怒りをぶつけたいとか?」

「いや、俺まだちょー好きだし」


 なぜこの人は私に愚痴りたかったんだろう?


「だったら、正攻法しか無いように思います。ただ私も恋愛の成功率はゼロ%なので……。ところで、私に相談したかったというのは、何か私と彼女に共通点があるのですか?」


 レックスさんは机に突っ伏したまま、「ひな〜」と泣き言を言っていた。もう勝手にして欲しい。


 なんだか分からないけど、これでもう同僚にからかわれるような事はなかろうと思ったが、次の日もレックスさんは私をレンタルした。


「今日はどのようなご用件で?」

「えー、ちょっとサヤと話したかったんだよ。昨日は途中で寝ちまって悪かった」


 ちっとも悪くない。残りの時間でゆっくりとコーヒーを頂いて撤収しただけです。


「お気になさらなくて結構ですよ。それに、ご飲食中で私共の手が空いている時は少しくらい話しても大丈夫ですから」

「まぁ、今日はもうレンタルしちまったし、良ければメシでも付き合ってくれ」


 普通に世間話をして普通にご飯を食べた。なんなんだ本当に。


 次の日もその次の日も、注文を絶やさず居座る彼の意図は分からない。いつのまにか他の従業員とも仲良しになっていた。


「レックスさんはサヤの所にご出勤なの?」

「いやー、今職場閑散期でさぁ、ここちょー居心地いいから、つい」


 果ては無償で食堂の手伝いまで始めた。ただの暇人疑惑と、相談しておいて私狙いというトトカルチョをしだす人までいる。賭けてるは従業員、店長、客、そして、レックスさん本人。


「おヒマなんですね?」

「まぁ、忙しけりゃ来ないわな」

「私共は助かっております。ありがとうございます」


 出前について来てもらえるのは本当に助かる。私の5倍は持ってもらえるのと、少し怪しげな相手や夕方でも後ろについていてもらえるだけで行く事が出来る。


「……天気、やべぇな。一雨来るぞ」

「え?そうなんですか?急いでお届けしないと」

「よし、それも貸せ」


 私が持っている分まで持って、レックスさんは先を急がせた。

 これ、初めからレックスさんだけでも良かったような?雇われればいいのに、それは彼が拒否している。そう言えば他のウエイトレスの出前には着いて行かない。単純に彼女達の方が私より能力が高くて手伝い不要なだけかも知れないが。


 届け先まではもったが、帰りには一雨来た。


「少し、軒先をお借りしましょうか?」

「いや、これは少し長引くな」


 傘をどこかで調達しなきゃ、と考えていると、ふわっと足が浮いた。ジャケットを被せられて、レックスさんはそのまま走ってる……?

 

「え?あの?レックスさん!濡れますよ!」

「あ?お前は濡れてねぇだろが?」


 あっという間に店に着き、降ろされると雨は思ったより強く、レックスさんはずぶ濡れだ。


「あらら、お二人とも雨宿りして来ても良かったのに。この雨じゃ客足少し遠のくんだから」


 ニヤニヤと同僚にからかわれたけれど、それどころでは無い。


「すみません。今タオルを……」

「あ?いや……」

「上のシャワー案内して、服も何とかして来い」


 店長が真面目な顔で勧めてくれて、良かった、と一瞬思ったが、彼が『レックスさん私狙いで私陥落』に賭けている事を思い出した。


 シャワー浴びてもらっている間に大きめの従業員の服を出して、サイズを少し手直しする。店の印は一旦外して、普通の服に見えるようにカスタム。大きいサイズが余っていて助かった。返してもらったから元どおりにすれば多分大丈夫。


 タオルで拭き拭き出て来たレックスさんに暖かい飲み物を用意した。


「悪かったな。手間かけさせた」

「いいえ!こちらこそありがとうございました。でも、びっくりしました。いきなり抱えられたので」

「いや、二人でジャケット被ろうかと思ったんだが、あんたの足が濡れるし雨脚も強いしって思ってああなった」

「レックスさんが濡れて風邪引いたら大変ですよ」

「俺は丈夫だから良いんだよ」


 ワシっと頭を掴まれて、わしゃわしゃとやられた。アルバートさんといい、私の頭は触りたくなるらしい。


「あのな……俺しばらくここ来れないんだわ」

「お仕事に出られるのですか?」

「ああ、流石にそろそろ出ないとやべぇ」

「それは寂しくなりますね。ありがとうございました」

「……寂しいって思ってないだろ?」

「まさか」


 少し寂しいのは本当。でも、連日やって来る方が異常だったと思ってはいる。


「……また、来る。服はその時に」

「はい、お待ちしております」


 頭にのっていた手が、すっと頰をなぞって、レックスさんの顔が近づく……。


「何やってんですか!」

「おい!断るにしても顔面にチョップは雰囲気ねぇだろ!」

「じゃあ、張り手で!」


 レックスさんは笑いながら、「じゃあな」と帰って行った。ほんと、ひなさんはどうしたんだ。


 店に戻ると、私狙いだけど落とせないに賭けていた調理主任が一人勝ちになっていた。

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