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海2 アルバート様

 彼らの船は普通の商船サイズだった。しかし、船としては特殊な素材でコーティングされている。軍艦や要塞で使われる素材と似ている……万事屋だから、危ない仕事もあるのかもしれない。部屋の数はお屋敷と比べるともちろん少ないが、外観から予想したより多く、広そうだった。


「ほな、事情でも聞いとく?」


 少し広めの、大きなテーブルがある部屋に入って、金髪の人がクロノ様に尋ねた。


「いえ、今日はもう遅いので明日にしましょう」

「んじゃ、寝るのは下っ端同士って事で僕の部屋で……」

「リード、お前の部屋に二人分寝るスペースはあらへんやろ。クロノ、ここの中央室のソファで我慢してもらおうや。そいつ小さいから寝られるやろ」


 赤毛の人がリード様、ご主人様がクロノ様、金髪のあなたのお名前なんでしょう?


「ご無礼をいたします。どうぞ私には部屋の隅の床でもお与えください」

「はぁっ?!それ、俺らが鬼かなんかや言いたいんか?」


 奴隷として普通の返事をしたのに、怒られてびっくりする。この程度でも手が飛ぶか?体を固して体勢をとった私の前にクロノ様が割って入った。


「アル、落ち着いてください」

「せやけどっ!」

「アルバート?あなたらしくないですね」

「……ちっ。明日から仕事あるやろ。船の床で寝たら使いもんにならんぞ。あとは知らん。……俺は寝る」

「僕も眠いや。おやすみー」


 小さな声でクロノ様に何かを告げるとアルバート様は乱暴に出て行った。対照的にリード様はにこやかに手を振りながら部屋を出る。


「申し訳ありません。アルバート様の気分を害してしまいました」

「いえ、こちらこそ驚かせてしまい申し訳ありませんでした。いつもなら、貴女の置かれていた立場も思い至るはずなのですが……少し体調が悪かったようです。それより……」


 これまた奴隷としては当然なので伏して詫びようとしたら、クロノ様はやんわり静止した。困惑している私にその説明は無く、穏やかに微笑んだままここでの生活についての説明へと移った。


「とりあえず、今日はお風呂に入ってここで寝てください。後の説明は明日します。それまでは、雑事含めて何もなさいませんように。入ってはいけない部屋、触れられては困る物もありますので。それと……差し障りが無ければこのまま浴室で虐待痕の確認をしても?」


 そういえば、普通は買い取り前に病気や怪我のチェックがあるはずだ。奴隷のグレードは良くても、直ぐに使えなくなるモノに価値は無い。譲渡の方法がイレギュラーだったから、こちらもうっかりしてたけど、これで傷物だったらどうするつもりだったんだろう、この新しいご主人様は。


「構いません」

「今までの扱いは?」


 案内された浴室は洗濯も出来るように少し広めに作られていた。もちろんシャワーしか無い。


「前のご主人様に手を挙げられた事はあまりありませんでした。あっても、見えるところを打たれる程度です」


 基本的に高いモノなので長持ちするように使われたと思う。打たれたのはついイライラして、と言う場合ばかりで陰険さは無かった。


「自認している傷はありませんが……私にはここ五年程の記憶しか無いので見落としはあるかもしれません」


 服を脱ぎ、軽く回って見せた。背部を見て、クロノ様が息を飲んだのが聞こえて、自分で確認出来ていない所にどうやら何かあるらしい事が分かった。


「クロノ様?」

「傷はなさそうです、が、鞘の刺青が首の下にありますね。髪で隠れるほどのサイズです。これは?」

「覚えはありません」


 刺青……。前に一緒に飼われていた奴隷仲間にもそう言えば一人刺青のある子がいた。珍しくは無いから他人に指摘され無かったのかもしれない。


 突然廊下からドタドタと足音がして、先触れなくドアが開き、リード様とアルバート様が飛び込んできた。


「おい!何しとんねん!」

「で、どっち?どっち?」

「アル、リード、風呂場に入る時は先に声をかけてください」


 アルバート様がクロノ様の胸ぐらを掴み、クロノ様は苦笑いしながらアルバートさんをなだめた。リード様は私に向かって目を輝かせながら質問している。


「どちら、とは?」

「アルバートさんは君が男って言うんだわ、ね。酷くない?女の子だよね?」


 女だと思ったのに飛び込んで来たんですか、とは言えない。アルバート様はどうやら私が女の子の場合のこの状況についてクロノ様に詰めているらしい。大いなる誤解ですね。

 彼らの方に身体の前面を見せた。


「え?あれ?」

「……無性体?ってことは、準神族やんけ……」

「ね?だから、賭け金も納得でし……」

「アホかー!!!!」


 人差し指をあげながらのほほんと答えたクロノ様に向かって、アルバート様は絶叫した。


――――――――――――――――――――――――――


 太古、神々は地上に住む力を持たない生き物達、ヒト、ケモノ、トリ、サカナなどに嫁や婿を贈った。その子孫は全て固有の力を持った新たなる人種となり、この網目状の陸地に散らばった。種族間での交配は可能だが、その子孫への形質は片方しか伝わらず、またその地形より盛んな交流は長らく行われなかった。

 神の力を最も変化させず受け継いだとされるのがヒトと交わった子孫である準神族で、修練により他の種族の力を会得する事も出来るとされている。しかし、汎用性は高いが各能力がすでに特化された他種族と比べれば、それぞれの力は劣るため長らく準神族は小規模なコロニーでしかなかった。

 しかし、百年程も前、その準神族に神と名乗る男が現れた。圧倒的な潜在能力は先祖返りといわれ、瞬く間に地上を一つの帝国として統一したのだ。


 当然、準神族は種族として現在は身分は高い。


「クロノ!女は船に乗せへんゆうたやろ!おまけに皇帝以外の堕天使は基本、固有能力低いやんけ!」

「え?でも、アルバートさん、準神族は無性じゃないですかー」

「準神族は恋を知ると性別が決まるんですよ。それから、子孫が宿ると不老も無くなります。しかし、アル、堕天使とは神の国から能力が足りずに堕とされた方の事なので、ちょっと違……」

「俺は、女が、だいっ嫌いじゃー!!!」


 嫌いだからか、私には一瞥もくれずアルバート様は出て行った。そして、リード様は「ふーん、そっか」と呟いて何事もなかったかのように出て行った。

 クロノ様はこちらを振り返ると、「賑やかで飽きませんよ」と屈託無く笑っていた。


 私は何かとんでもない場所に来たのかもしれない。


 翌朝、いつも通りの時間に目を覚ましたが、着替え程度しか出来る事がない。朝食も勝手に作る訳にはいかないし、と少し悩んで窓の外を見る。天気は良さそうだった。ああ、洗濯物があるなら早く済ませてしまいたい。


「おう、おはよーさん」


 ドアが急に開いて、アルバート様が顔を出した。


「おはようございます。アルバート様昨日は……」

「ええから、ついてこい」


 特に怒っている様ではなさそうなので、とりあえず指示に従う。謝罪は後々の方が良さそう。


「クロノからどうせ、何も触るな言われたんにゃろ。せやからよく見とき」


 彼はキッチンに私を連れてきた。最低限の掃除しか行われてない乱雑で狭いキッチン内で大男が朝食を作る。パンとハムと卵が焼かれ、ケトルで茶が沸かされる。一応は慣れているのか、ギリギリ障害物を避けながら調理しているが、お湯をひっくり返さないか見ててかなり怖い。


「野菜類はこっちや」


 ケトルも朝食も大きな板にごちゃごちゃにのせ、アルバート様はキッチンの横の部屋に入って行った。ついていくと、そこには一通りの野菜が並んでいて、一様にみな萎びていた。隅の籠からリンゴを四つアルバート様は拾う。


「クロノの許可が出たら、キッチンもここも自由に使こてええ。朝くらいしか料理してへんけどな」


 料理……か。陸の上と海の上では料理の定義が違うのかもしれない。


「昨晩はお心遣いに失礼いたしました」

「ん?ああ、あれか。ええよ。ってか、あれは流石に俺が悪かった」


 話しかけても大丈夫な雰囲気を感じたので昨日の無礼を詫びると、アルバート様はカラッとした表情で逆に謝罪された。


「あんた、そもそも未だ女や無いし、あんたの力も知らんのに決めつけて悪かった。俺、ホンマに女あかんねん。せやから、ここにいたいんやったら死ぬ気で男になれ。クロノのニュアンスやと、女に惚れれば男になれそうやんけ。女関係はよう知らんから、リードにええ奴紹介させるし」


 女性の話題になってくると、アルバート様は少しずつ目が座ってきた。一体過去に何があったんだろう。


「あんた、言うのもあれやな。俺はアルバートや。名前は?」

「アルバート様、私は……」

「アルバート。様は要らん。ぞぞ毛立つ」

「アルバート、さん、でよろしいですか?」

「まぁ、ええか。敬語も別に要らんで。俺の部下ちゃうし。で、名前」

「私に名前はありません」

「はぁ?」

「前のご主人様は、おい、とか、お前とか、色々な名前で呼んでらっしゃいました」


 トロフィーとか、お高いお飾りとか私を示す言葉は一つでは無かった。


「……奴隷になる前とか、名乗りたい名前とか」

「昔の……その頃の記憶はございません。ここ五年程の記憶しかありませんし、思い入れも無いので」

「そう、か」


 何故か傷ついた様な哀しそうな表情になった。第一印象は怖い人かと思ったけれど、表情がころころ変わって何となく人好きのするタイプに思える。


「せやったら……」

「?」

「クロノにとびきりええ名前付けてもらおか?」


 つりぎみの目尻が下がるような笑顔は、彼の優しさを感じた。


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