そして竜宮城を去る時
「もうちょっと早く見つけてればさあ、優香ちゃんの解剖する必要なかったじゃない~」
「でも、その手術跡と採取したJCウイルスやDNAの鑑定が決定的な証拠になったって聞きましたよ。データはいくらでもでっちあげることは可能ですし」
「そうは言ったって、あれから地下に眠っている冷凍人間が何十人も出てきたんでしょう?」
「まあ、そうなんですが……」
あれから一週間。カメハラ診療所の地下と、冷凍人間の存在が確認され、今の医療で目覚めさせることができる人間は、目覚めさせていくことが決まった。
他にも、眠ったまま待っている人間がいないか調査することも。
そして、研究班による炭化石の見解は――自然災害、だった。多くの謎を残したままであるが、これからも究明は続けていくし、この黄昏の竜宮城も残ったままだ。
それでも、テロではないと結論が出た以上、捜査本部は解散となり、僕は保登先生へ挨拶に来ていた。
昨日、原田優香さんの火葬が行われた。僕がここに来ることは、もう当分ないだろう。
玄関口で保登先生が足を止めた。
「それじゃあ、今までありがと」
「こちらこそ、捜査にご協力、ありがとうございました」
ずっとしていたマスクを外し、敬礼をする。少々声を張りすぎて、玄関ホールに響き渡ってしまいチラチラと視線を感じたが、保登先生はそんな視線など物ともしない様子で。
「あなたの顔、初めて見た気がする」
と言った。確かに、出会ってから四六時中マスクをしていたから、目から下を晒すのは初めてのことだった。くぐもった声で別れの挨拶もな、と思ったのだが、改めて言われると途端に恥ずかしさが湧いてきた。
「へえ。良い顔してたんだね」
しかも、追い打ちをかけるように褒められる、という。普段女性から褒められる経験がほとんど無いから、いざとなった時の耐性が全く付いていない。ん? 良い顔って褒められてる? よな? などと自分がテンパっていきそうだったので、何か言わねば、と口をついてでてきたのが、これだった。
「ほ、保登先生もお綺麗です」
「えっ、浦嶋刑事私のこと好きなの!? ごめんね、年上になって出直してきて!」
「いや、話が飛躍し過ぎです。ってか、なんで僕フラレたことになってるんですか!」
「ははは、まあまあ。……んで、はい、これ」
のらりくらりと躱されたような気もするが、根掘り葉掘りどこが綺麗? などと聞かれようものならどう答えようか延々迷っただろうから、早々に別の話題に行ってくれて助かった。そして、差し出された紙袋を見ながら、年上だったのか、と最後になってようやく判明した。
「なんですかこれ?」
「餞別!」
受け取ると、紙袋の中に緑色の箱が入っているのが見えた。竜宮城で、帰り際、箱を渡される、ウラシマ……
おとぎ話とはいえ、連想ゲームのように嫌な想像が巡る僕の考えを察したのか、保登先生はケラケラと笑った。
「玉手箱なんかじゃないから~! いくらあなたの名前がウラシマだからって、こんな夢のない竜宮城から出てきた物が、ファンタスティックな煙なんて出さないよ~」
バシバシと、いつかの時のように背中を叩かれる。
「そうですよね、……ありがとうございます」
「あなたは、健康的に普通に年をとって死んでね」
「別れ際の挨拶に死んでなんてあります!?」
そうして、物騒な挨拶のあと、僕は黄昏の龍宮城をあとにした。
箱の中身は、保登先生が詰め合わせた茶葉だった。
健康的に普通に年を取って、の意味が分かり、今度もし会うことがあったら、宇治茶でも差し入れようか、そう思いながら僕は帰路についた。