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少女の帰る場所

 連絡が来たのは、二十三時を回った頃だった。


「今日はもう遅いから、明日でいい?」

「全然構いませんが……まさか、今までずっと解剖を?」

「解剖はもっと前に終わったんだけど、後片付けに時間がかかっちゃって。気を失う人が続出しちゃってさぁ、動ける人が少なくて」

「保登先生」

「ん?」

「お疲れ様でした」

「ありがと。じゃあ、また明日。おやすみ」


 初めて聞く保登先生の疲労困憊した、気だるそうな声が耳に残りながら、僕はクラウド上にアップされていたデータを一つ一つ確認していた。もしかしたら徹夜コースかな、と思いながらも、解剖するのに比べたらこれくらいの労力はどうってことないと言い聞かせて。






 次の日、眠気覚ましのドリンクを流し込み、保登先生のもとへ来た。


「グロいのは大丈夫?」

「そんなヤワな神経じゃないんで大丈夫です」

「良かった。じゃあ遠慮なく」


 そう言って十数枚並べられた写真は、成程これは気を失う人がいても納得するほど。言われなければ、これが人間の一部だとは分からないかもしれない。そんな写真だった。

 保登先生は数枚の写真を指差した。


「これ、ここに手術跡があるの。今では発見時が末期状態でも、薬を投与すれば治る病気が、なぜか手術が施されている。縫合する糸に炭素分子は無いから、バッチリ残ってたわ」


 写真を見ると、赤茶色に変色したような、言われなければ気づけない細い糸が写っていた。僕がその写真を見たのを確認すると、保登先生は続けた。


「この病気は、かつては手術でしか治らなかったの。今から三百年位前の技術ではね」

「三百年前……」

「そう、だから……って、何そのリアクション。普通もっと驚くと思うんだけど」

「十分驚いてますよ。……やっぱりか、って」

「え?」

「僕からの調査結果です」


 困惑顔の保登先生の前に、一枚の印刷した紙を差し出した。


「H**公園の正面入口から南に三百メートルほど歩いた所に、カンバラ診療所という小さな病院があります。実はこれ、僕の読み間違いで実際は【カメハラ診療所】だったんですが……それは置いといて、この診療所は以前報告した通り、もう使われなくなっており、医療器具も残っていません。

 ただ、一台の古いパソコンはありました。パソコンは使えなくなっていたんですが、管理者に確認し、重要なデータはクラウド上に保存されていたので、確認できました」

「重要なデータ?」


 コクリと頷く。


「冷凍人間です。そのデータには、カメハラ診療所の地下で眠っている、冷凍人間のデータが入っていました。その子の名前は、原田優香。十二歳、……平成十八年生まれです」

「平成……」

「今から三百年くらい前の元号です。だから、二百年前から導入された指紋および歯型データベースに、名前があるはずなかったんです。保登先生が見つけた手術跡も、実際に行った旨が記載されてました。本人で間違いないと思います」


 保登先生は黙ったまま、僕が差し出した原田優香さんのデータを見つめていた。


「そして、炭化死したのは……そこの管理者の、子供が関係していました」

「子供?」

「順を追って説明します。その子供は、ここではAくんと呼びますね。カメハラ診療所は、使われなくなってからも取り壊すことは禁止されており、何十年、何百年と経っていました。そこに冷凍人間が保存されていると、年数が経てば経つほど、意図が正確に伝わるのは難しい。今では、あの建物はAくんの勉強部屋として機能していたんです。

 Aくんはある日、地下に行く入り口を見つけた。地下には、冷凍された人間が何十人といたそうです。炭化石が降る前、地震がありましたよね。その影響で、冷凍機械の一つが壊れて、中の人間が放り出されたような状態だったんです。それが、原田優香さんだった。元から内向的なのもあり、集団炭化死で親以外の人に会うことがめっきり無くなったAくんは、地下の証明の暗さも相まって、彼女を人形だと思ったそうです。そして、服を着せた。人型お掃除ロボット、【綺礼ちゃん】が着ていた、あのメイド服です」

「昨日浦嶋刑事が大慌てで確認してくるって言って出てったのは、もしかしてそれ? 今、診療所にいる綺礼ちゃんが着ているのは()()()()()()()()()だったから」

「はい。……それからしばらくは、Aくんは友達の代わりに彼女を遊び相手として過ごそうとしたと言います。地下がとても冷えるから、夏でも手袋やマフラーなどで、防寒をして……そして、炭化石が降った」

「Aくんは炭化石に手を伸ばしたけど、手袋をしていたから、死なずにすんだ……?」

「はい、外へ出てみたら綺麗な石が降ってきた、と大喜びで彼女の元へ行き、手に握らせたそうです。そして……」

「優香ちゃんの皮膚に、炭素が集まった」


 保登先生は決して、彼女が“二度死んだ”とは言わなかった。


「いつものように目を閉じて眠っているように見えるけど、何かがおかしいと感じて、Aくんは子供ながらに精一杯考えた。そして、出した結論が“地下からおねえちゃんを出して、親に見てもらう”ことだった」

「おねえちゃん?」

「あ、Aくんが原田優香さんに対しておねえちゃんと呼んでいたそうです。姉が欲しかったのと、いい名前が思いつかなくて、と。――けど、7才の子供には12才の女の子の体を運ぶのは簡単なことではない。試行錯誤して三ヶ月かかってようやく外に出し、あのH**公園を抜けようとしたところで、Aくんに親から連絡が入った。“久しぶりに帰れそうだ”と。――Aくんの両親……カメハラ診療所の管理者は、ここの研究班だそうです」

「え……」

「両親がようやく家に帰ってくる、おねえちゃんを見てもらうのは、自分が運ぶより両親に来てもらったほうが早い。かといって、再び診療所の方へ運ぶのも骨が折れる……」

「だから、ベンチに寝かせて、親を呼びに行った?」

「はい。誰かに取られるかもしれないから、毛布を被せた、と……でもかえって悪目立ちして、近くの住民に発見され炭化死のご遺体として、ここに運ばれた」


 Aくんから聞いた内容と、実際に僕も地下に行って見てきた内容を全て話し、カラカラになった喉にかぶせ茶を一気に流し込んだ。

 Aくんは地下室があることを両親に教えていなかったらしい。勉強もせずに地下で遊んでいたことがバレて怒られるのが怖かったから、と。事実を知った以上、パパとママには内緒だよ、と言ったAくんとの約束は守れなかった。けれど、彼が大きくなって、何も悪気がなくした行いが一人の女の子を再び死なせてしまったと、気に病むことがないように、僕もできるだけサポートしたいと思う。それが僕の、この件に関わった者としての最後の仕事だと思っている。

 保登先生は全てを聞き終え、いくばか押し黙ったあと、ポツリと呟いた。


「あなた、過去から来たんだね……ごめんね」

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