刑事と法医学者
「死亡者数は全国合わせて述べ三百万人を超えましたが……これについて、分子専門家の浜田さん、いかがでしょう」
「やはり、季節が夏だったことも大きいと思うんですよ。肌の露出が多く、炭化石に触れてしまう可能性が高くなる。冬だともう少し違ったでしょうねえ」
浦嶋純平はそのセリフ昨日も言ってなかったか、と思いながらソファに浅く腰掛け、ラジオを聞き流していた。
ああ、いや違う。別の番組の、別の何かの専門家もそう言ってたんだった、と思い出した。今の日本は、この惨事の事ばかりだ。
ある日空から降ってきた美しい黄金色の星は、それに触れた人間の体中の炭素分子を体表面の皮膚に集合させ、内臓機能を停止させる、という突然死をもたらした。
人体を構成する分子の中で、炭素は約10%を占める。多いか少ないかはこの際どうでもよく、あるべきところにあるから人は人の形をしていられる。つまり、表面はダイヤモンドのように固く、中身は形を保っていられずドロドロになるのだ。ただ、その黄金色の小さな星に触れただけで。
人々はやがてその突然死を、【炭化死】と呼ぶようになり、黄金色の星を【炭化石】と呼ぶようになった。
「あなたが、浦嶋刑事?」
声をかけられ、耳からイヤホンを外し、声のしたほうへ首を捻る。耳を塞ぐものが無くなると、途端にこの施設の周囲を囲う海のさざ波が聞こえてきた。
そこにいたのは、白衣を着た小柄の女だった。
肩までかかる黒髪を後ろで一つに束ねており、化粧の薄さのおかげで端正な顔立ちであることがよくわかった。訪ねる相手が女で、法医学者の保登先生であるとは上司から聞いていたが、こんな若いとは思わなかった。二十六歳の自分とほぼ同じ、いや、それより年下かも。今の日本は、こんな大学を出たばかりのような人間でも駆り出さねばいけないほど、人口が減ったということなのか。
そして、自分が驚いてただ固まっていたことに気づき、弾かれたように頷いた。保登先生は、その様子を見てホッと胸をなでおろしたようだった。
「私、保登えみ香です。わざわざこんな辺鄙な所までありがとうねー。あ、お茶でも飲む?」
やけに馴れ馴れしい女だな、と内心思いながらも、この女法医学者は大事な情報提供者だ、と自分に言い聞かせて無理やり笑顔を作る。
「いえ、お茶は結構です。それより、事件性のあるご遺体があると聞いて伺ったのですが……」
「先にここの説明しようか。そんな軽装でうっかりラボの方に行っちゃうと、洒落にならないからさ」
依然としてタメ口で話す保登先生ではあるが、礼儀がどうのこうのといちいち目くじらを立ててもしょうがないと割り切ることにする。それよりも、この格好を軽装だと表現したことのほうが気になった。
炭化石が降り注いでから三ヶ月。いつまた次、あの石が降ってくるか分からないため、スーツに靴下、首にはマフラーも巻いているし、顔は風邪用のではあるがマスクをしている。露出している肌は目の辺りぐらいだ。これで軽装というなら、目出し帽でもかぶれということか。
じゃあ行きましょうか、と言った保登先生と肩を並べ、この【日本炭化死究明所(臨時)】内を歩きながら簡単に説明をうけた。
「この施設は、日本で起きた集団炭化死の原因を突き止めるために急務で設立されたのはご存知の通り。原因も何もかもわからないから、普通の病院で扱うにはリスクがありすぎる、新しく専門の機関を作ったほうが早い。じゃあ、研究も死因判定も全部を纏めようってね。
巷じゃ日本炭化死究明所(臨時)なんて長いから、炭素の元素記号と海に囲まれた立地ってのを合わせて、【Cの孤城】だなんて呼ばれてるらしいね。だぁいぶ、国費使ったらしいよー。なんせこのでっかい施設を一ヶ月で作ったらしいから。
で、そっちの扉から先は、炭化石の研究所。石の成分とか実験とか、抗体ワクチンの開発とかやってるの。間違って入ってうっかり落ちてた炭化石に触ったりしないようにね」
扉も壁も、分厚いガラスの壁になっていて中の様子が見える。そこにいる人間が急変したらすぐに分かるように、ということだろうか。中にいる人々は、皆宇宙服のような分厚い衣服で、髪まで全身を覆っていた。多少動きづらくても、目の前に触れれば死ぬとわかっている物質があるのだ。当然といえば当然かもしれない。それに比べて、僕の身につけているスーツは確かに軽装だ、と思った。
「で、ここの部屋がAi……死亡時画像診断っていう、解剖じゃなく遺体をCTにかけて死因の究明を行う場所。私はほとんどこの部屋で、死因が炭化死であるかを判定してる。たいていAiで判断できるし、今回のも、死因は炭化死で間違いないんだけど……今日はこっち。隣の部屋」
そう言って保登先生が開けた扉の先には、椅子とテーブルとホワイトボードがあった。おそらく、遺族に説明などをする際に使われる部屋なのではないかと思う。そこの椅子に腰掛け、座るように促された。
「じゃあ早速だけど」
机を挟んで向かい合う形で、対面にいる保登先生が身を乗り出すようにして言った。やっと仕事が始まる、と背筋を伸ばして気を引き締める。
「コーン茶とどくだみ茶、どっちが好き?」
「仕事させてください」