エピソード7 = 遺神体
…カツン!
背後から奇妙な音を聞いた。
…まるで鋭い針を地面に突き立てる様な小さな音で、話しながらだったら聴き落としていたかもしれない。
後ろに振り向くとそこには……
「……ギキィィ…キィィギ…キィキィキィ…キィィキィィ…ギキィィ…ギキィィギギ…キィィギキィキィ…!」
耳障りな音を立てる、大人の腰程の高さのある銀色の蜘蛛の様な機械が居た。
「「「うあっ!ひっ…!」」」
腰を抜かしそうになる。
まさかコイツが遺神体なのか…?
想像していたものよりもいささかこじんまりとしていたが、その躯体から発せられる音は恐怖心を煽るのには十分過ぎた。
入り口側を陣取っているということは、オレ達を逃す気はないという事なのだろうか?
ゆっくりと刺激しない様に後ずさる。
「…ギキィィギ…ギ…キィィキィィ…キィキィキィ…ギギギキィィ…ギ…!」
淡い青色に光っていた3つの瞳が紅く染まる。
マズイ…!と思った。
「走るわよ!!」
急いで逃げ出す。
この際奥へ進まざるをえない事は、大きな問題ではなかった。
「キィキィキィ…!」
近づく異音に振り向くと、遺神体が追いかけて来ていた。
子供のオレと大差ない速度であったが、様子がおかしい。
卵型の胴体が開き、中から細いアームが出てくる。
鈍く光るその先端に危険を感じ取ったその時。
「前!別れ道が!!」
「えっ!」「うわあっ!」
突然の事に判断が追いつかなくなる。
振り下ろされたアームはソラを狙っている様に見え、前の分かれ道には片方に紅く光る3つの点が見える。
……失敗した。
ソラを押し庇う事で転んでしまったオレは、ソラ諸共光る3つの点がある方の道に転がり込んでしまう。
「ランドッ!?」
アルカの声が聞こえる。
遺神体は人数が多い方を狙ったのか、オレ達の方に来た様だ。
「後で追いつく!!いいから逃げろ!!」「ボクらは大丈夫だから!」
「…ッ…!」
走り去る足音が聞こえる。
安堵している暇はなかった。
再びアームが振り下ろされる。
「うわっと!」
かわせないほどのリーチではなかった。
しかし、オレ達は挟まれている…まだもう一方は遠くにいる様だが、刻一刻と猶予は無くなっている。
「…そこっ…!光が!多分別れ道がある!」
奥の壁に光量の違う場所が見える。
垂直に入った別れ道だろうか?とにかくそれにかけるしかなかった。
ソラと共に奥の光へ向かって走る。
「……そんな…。」
曲がり角にたどり着いて目に入った光景は、道のほぼ全てを占領する大きさの遺神体が待ち伏せする光景であった。
「…ギキィィギ…ギ…キィィキィィ…キィキィキィ…ギギギキィィ…ギ…!」
「…畜生…!!」
紅く光る遺神体の目、伸びる2本のアーム、先端の鋭い刃。
ふとライズの言葉が脳裏をよぎる。
『好奇心は猫をも殺す。』
あぁ………。
これが最期なのか…暗闇に魅入られた末路なのか…。
後悔が溢れ出す。
アルカを止めていれば、途中で引き返していれば……様々なたらればを想起した後に、オレは、気付いてしまった。
……最初からオレが秘密基地を作ろうなんて言い出さなければ良かったのだ。
全てはそこから始まり、それがなければ何も起こらなかった。
ライズさんは多分オレ達がいなくてもなんとかなっただろうから、オレ達は無駄な善意を押し売っただけなのだろう。
…全部オレのせいで、全部が失われるんだ。
………そうなってたまるか!
「ソラ!下がれ!」
オレはソラの肩を引き、元の道に突き飛ばす。
姿勢が崩れたお陰で、振り下ろされたアームをすんでのところで回避する。
掠めた肩が鋭く痛む…今はそれどころじゃない。
元来た道に戻って、他の遺神体の位置を確認する。
2体目ももう姿が見えるところまで近づいていた。
始めに遭遇した遺神体が最も小さかった。
出口があるのもそちら側、つまりは一番逃げられる可能性があるのは元の道であった。
ソラ1人なら、逃す事が出来るかもしれない。
やるしかない、せめてソラだけはここから逃す…!
「オレが足止めするから!その間に角を通れ!」
「…でも…それじゃランドは……」
「いいから逃げろ!助けを呼んでくれればいいから!アルカもいるだろ!?」
ソラを無理矢理納得させて、遺神体と向き合った。
……思っていた光景との乖離に、頭が真っ白になる。
……増えている…!?
そういえば最初のほうにも別れ道があったっけ…?そんな事を思い出しながら、入りへの道の足場を埋め尽くす遺神体達をぼうっと見つめる。
どう見ても詰みであった。
湧き立った心は冷め、何も言葉は出てこない。
恐怖心すらない虚無感に呑まれ、ただただ座り込む。
ガンッ!!!!!!「ギッ!ギキィィギ!ギキィィギ…キィキィキィ…ギキィ…………」
……突然後ろから鈍い音がした。
「何でこんな場所にいるんだ!?!!無事か?!!!」
その声はまぎれもない、ライズさんの声だった…。
遺神体を作中蜘蛛の様と形容しましたが、作者のイメージはどちらかといえばダニか、パソコンのマウスから脚が生えた様な形のイメージです。