エピソード6 = ハイヴ
ライズの家の近くに戻って来た。ハイヴ付近である為に、人気はない。
足音を立てないようにとアルカが注意をしたとき、ライズが家から丁度出てくるのが見えた。
ライズは鉄格子の鍵に手を伸ばし…ガコン!と大きな音を立てる。
今まで誰も触れようとしていなかった…ハイヴに人が触れている光景は異質で、アルカを止める事も忘れてつい見入ってしまう。
鉄格子を開き、するりとライズが入っていく。
大きな音は鍵を力づくで壊した音だったのか……。
ゴクリ……と唾を飲み込み、気付く。
……結局はオレも冒険が好きだったのだろう。
今まで暮らしていた世界の裏側が垣間見えるこの光景に、興奮を隠しきれない。
日常に入った亀裂を、広げてしまいたくて仕方ない。
「……追いかけるわよ…!。」
此方には目もくれず、小声で指示をしたアルカがハイヴに走っていく……勿論足音を立てない様に。
オレ達も仕方なくアルカに続く……いや、オレは仕方なくなんかじゃなかった。
もう既に、未知へ魅入られて引きずりこまれる様にハイヴへ向けて歩いていた。
鉄格子の前に着いた。
…鍵の壊れ方は何というか、純粋な腕力のみで引きちぎった様な壮絶な様相であった。
ハイヴの暗闇を覗き込む。
暗闇を見る事に慣れていないからか、頭がクラクラする。
セルとハイヴでは、光源気体の光量に大きな差があった。
いや、そもそも、昼間に暗闇が見られるのはハイヴだけであった。
光源気体はセルの時間に合わせて一律で光量が変化する。
昼間は明るく、夜は暗い。
しかし、ハイヴの中だけは、常に真っ暗なままであった。
学校で実験をした。
40人の生徒が入る教室と同じくらいの広さの空間を真空にして、そこに物を置く。
すると、僅かに薄い暗闇……影ができる。
そうでもしないと見られないものが眼前に広がっており、吸い込まれている様な錯覚すら覚える。
深淵を覗くものは何とやら…遺神体からはオレ達は筒抜けなのかな…?
ふとした考えから、恐怖で思考が正常に戻る。
まだだ、まだ戻れる。
思考ではそう思っていても、心のワクワクには手がつけられなかった。
「あっ!ちょ…ちょっと…!」
乗り気でなかった筈のオレの奇行にアルカは驚いたようだ。
気が付いたときには、アルカよりも早くハイヴに入っていた。
その不気味な見た目とは裏腹に、心地よい涼しい風が頬を撫でる。
「「…よいしょっと。」」
2人とも追いついた様だ。
オレ達は、壁に手を当てながら奥へ進む。
ゴツゴツとしたパイプがたくさん生えており、中を液体が流れている様な感覚が手に伝わる。
「…何かあったら直ぐに戻ろう。」
オレの理性からかろうじて絞り出せた言葉は、何の中身もないものであった。
しばらく歩いて、目が慣れてくる。
「…少しだけだけど…やっぱりここの光源気体も光ってるんだ……!」
ソラの言葉を聞いて、気付く。
道の先に、明るさが違う場所がある。
別れ道であった。
右の道は元来た道と変わらぬ明るさで、左の道はそれよりも暗かった。
「ライズさんはどっちに行ったんだろう?」
手がかりになりそうなものはない。
人の手が行き届いてない場所であるはずなのに、そこには埃一つ溜まっていなかった。
「とりあえず右に行きましょう…!」
優柔不断なオレ達を導く鶴の一声に従い、右の道を進む。
今オレ達は誰を主体に動いているのか?ふと恐ろしくなる。
誰も主体でなかったならば、オレ達がここまで来たのは全てハイヴ側の意志ではないだろうか。
全てが異質なその空間は、そんな馬鹿馬鹿しい考えすら否定できない程に理解を超えていた。
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どれだけ歩いただろうか、未だに道に変化はない。
風上に向かえば何かがあるのかもしれないが、と思ったその時。
……カチャカチャ…ギギギ…コツン…!
オレ達は後方から、今まで耳にした事のない奇妙な音を聞いた。