魔法の道も千里から
「いつになったら着くのよ!」
俺の隣で体力の無い妖精が悲鳴を上げている。それもその筈だ。
俺達は昨晩、非常に困難な戦闘を強いられて来たばかりである。彼女が文句を言うのも無理はない。
「別に急ぐ必要は無い。つい昨日魔王軍を追い返したばかりでまだまだ旅路は長い。一旦休憩を取った方が好都合だろう」
かく言う俺も息を切らしていた。あの戦闘で命を落とさなかっただけ良かったものの、深い傷口は未だ癒えず疲労困憊のまま次の都市へ向かっているのだ。
「だ、旦那ぁ……俺もキツイっすよ……!只でさえキサキの奴をおぶって行かなきゃいけないんすから」
「お疲れだな、ラクモ。お前には無理させすぎた」
蒸気と弱音を吐くラクモに一声かけ、俺達は何処か休める場所が無いか探した。
だが、ここは道順以外何も整備されていない草原地帯で、余程の事が無い限りオアシスだとかそういうものは見当たらない。
「困ったな……もう少し先に進むぞ」
「もう嫌!昨日まで戦闘で冷や汗かかされて街影すら見えないじゃない!いい加減にして」
「フンガー……とはいえ、進む手段が無い限りやはり無理っすよ」
疲労がピークに達したのか、既に彼らは草原に寝っ転がる。
ここらで移動手段を獲得しないと厳しいのは明らかだ。
「そういやお前テレポート使えたよな?」
「えぇ、使えるけど」
彼女は半ば食い気味で答える。体力の限界も近づいている以上、この手を使う他ない。
「俺達も連れていけるのか?」
「そんな訳ないでしょ?こんなデカブツ2人とやたら大荷物な調合師ちゃんをテレポートさせるには莫大な魔力が必要だし」
「魔力とかは大丈夫だ。問題は行けるか行けないかなんだよ」
「ごめんなさい、私魔法都市なんて行ったことも見たことも無いの」
場が凍りついた。最後の希望であった手段もまさかこのような所で枯渇してしまうのか……?俺の頬に冷や汗が流れ落ちる。
「フンガー!でも座標とかわかれば移動できるんじゃないのか!?イメージは大事だ!」
「そんな程度でわからないわよ、場所なんて」
やはりテレポート自体が難しいとなると本当に手詰まりである。辿り着けず終いじゃ俺達の家業も終わりだ。そんな時の出来事だった。
「よう、アンタら何してる?死にそうな顔して」
一人のフードを被った男が馬車を止めて降り、俺達の方へと向かう。身長は高校生ぐらいだが華奢でありスタイルが良く、身軽そうな鎧を着ている。
魔王軍の追っ手という訳では無さそうだが危険人物の可能性もある。恐る恐る剣を向けた。
「ほう、お前暗黒騎士じゃないか」
「黙れ。俺はお前の見世物では無い」
「妖精に調合師にゴーレムか……こんな所でくたばっているなんて妙だな」
「貴方こそ人に名乗りもしないで観察するとか妙よ。名乗りなさい」
軽率な発言を繰り返す彼にサヤも少しムッとしている様だった。彼はフードを頭から取ると細々とした美しい顔立ちを現した。
「俺か……?俺の名はツルギ。国王から魔王討伐を命じられた勇者だ」
「ちっ……これまた厄介なのと遭遇してしまったようだな」
俺はすかさず剣を構え直す。元魔王軍の手下である俺にとってこういう奴も要注意人物の一角である。
だが彼の方は剣を構えずのらりくらりとしている。
「暗黒騎士さん……アンタ、ヤイバって言うんだっけ?」
「何故それを知っている」
「そりゃああれだけの騒ぎになってるんだ。風の噂なんてすぐ広がるさ」
「俺は魔王軍の手下だった。何故敵対しない」
質問を繰り返す俺に彼は鼻で笑った。敵意を持っているという感じではない。嘲笑うという表現の方が近いのかもしれない。
「敵対?何で敵対する必要がある?僕はお前らを助けに来たのさ」
「何!?」
彼の言葉に少し俺は躊躇いを見せる。この青年は本当にそれを正気で言っているのか?それすらも俺には分からない。
「ちょっと、私達なら私達で何とかするから!ツルギとかいう奴に助けられる縁もゆかりも無いわ!」
正論を述べる妖精に彼は優しい口調で話を流す。
「落ち着け、この辺りは全くと言っていい程人通りも車通りも悪い。それに君達が死んだら僕が困るんだ」
「お前が困るだと?」
「僕は生まれながらにして人運に恵まれなくてね……パーティーメンバーがいないんだ。だから君達を助ける代わりに僕がリーダーのパーティーを結成したい」
「ふざけた事を言うな。そんな要求通す訳が無いだろう」
彼の発言に俺は度肝を抜かれた。俺達4人を助ける代わりにパーティーのリーダーになろうと言うのだ。
「でもいい条件じゃないか。君達には今後の魔法都市の発展も考慮して居住権もとい家まで進呈しよう。それに君のような汗臭い鎧を来た不格好な騎士にこの美しい面子は似合わない」
「若造が……調子に乗るな!」
俺は込み上げる怒りを彼に向けようとしたが、俺の目の前をサヤが覆う。
「そこを退け!こんな野郎に助けてもらう筋合いなど無い」
「ここは彼に従おう……?私達死んでもいいの?」
「くっ……!」
自分の非力さに気付き始めるもその時既に遅かった。ラクモですら彼の条件を呑もうと俺の前に立ちふさがる。
「旦那の命を背きたく無いのはわかってるっす。だけど今は彼に従わないと……!」
「……あぁ、わかったよ。勝手にしろ」
俺は遂にその条件を呑み、リーダーの座から転落した。
2人の後ろで納得した表情を見せるツルギは何やら口がニヤけている様にも見えた。
「交渉成立だな」
「勘違いするな、統括者などお前如きに務まる仕事じゃない。いずれその座は取り返す」
俺は彼の用意した特設馬車に乗りながら負けの一言を吐いた。彼は眉間に皺を寄せながら答える。
「負け惜しみにしか聞こえないな、まぁいい。どちらせよ断っていてもお前ら全員殺せるほどの力はあるんだけどな」
「おい、今何と言った……?」
「魔法都市まで頼むよ」
そう言って彼は俺達より一つ前の馬車に乗った。
怪しい気配を感じる他無かったが、どうやら彼の人力により俺達は助かったようだ。
「ここは……?」
「キサキ、起きたか」
馬車の揺れでやっと気づいたのかキサキは目を開けた。
大分長い間魔王軍の奴に首を絞められていたのだ。気を失っていて当然だ。
「あの……騎士さん」
「意外な反応だな、頭に血でも回らなくなったのか?」
「失礼ね、あの時は自分勝手に行動してごめん」
彼女が一言目に発したのは謝罪の一言だった。
俺が提案した連携を無視し強力な魔石を使った魔術で鎮圧させるという無謀で大胆な行動をしてしまった事に対し、申し訳なく思っているらしい。
「分かってくれればいい」
「でも私だって1人前の魔法調合師であって、自分の力を発揮したかったって事を理解してほしいの」
「そうか」
そう言って俺は彼女の頭をぽんぽんと撫でた。別に下衆な気持ち等まるで無かったのだが、彼女は赤面し始める。
「そういう所よ」
「何がだ」
「だからそういう所空気読めないんだって暗黒騎士!最低!」
「だから何がだよ!騎士として女性に対する礼儀だろうが」
「それが駄目だって言ってるのよ!この変態騎士!」
「どんどんグレード下がってきてるじゃねぇか!庇うんじゃなかった、こいつ」
「酷い!私もアンタ何かに庇われたく無かったわよ!変態!」
馬車の中で痴談喧嘩が勃発していたが、サヤとラクモは余程疲れていたのか気持ちよさそうに仮眠を摂っている。
魔法都市までの道のりは長かったが、豊かな自然と煌びやかな水面を眺めながら遂に俺達は新たな街へ到着した。
魔法都市。資源や魔法に優れたこの辺でも最先端の都市であり、魔法科学校が並立されているほどのエリートで格式高い者達が集まる言わば高級な所である。
「やっと着いたぞ、キサキ」
言われる間もなく彼女は街の風景に目を輝かせている。近未来的な空を切り走る箒型自動移動機や、次々に表示される空間認知型の電光掲示板、市場で怪しげな魔法を売っている老婆の姿まで多種多様である。
俺達が乗っている馬車が霞んで見えるほどの最高技術がここにはあった。
「ここで良いか?サヤもラクモも」
「凄くお洒落で最高!こういう時代の最先端を担う所が良いわよね」
「フンガー!燃料売りも見つけた!旦那!ここがいいっす!」
「決まりだな」
俺達は馬車から降り、街を眺めた。街全体が大きな結界で守られており、外部からの侵入は全て正門を通さないと入れないような仕組みになっている。
「知らなかったのか?君もまだまだ三流だな」
「俺がこの世の全てを知る訳が無いだろう。貴様は初めて訪れた場所を隅から隅まで知り尽くしてるのか?」
ツルギはまたフードを被りケッと口を鳴らし不機嫌そうな態度を見せた。
やがて俺達に付いて来いといったハンドサインを見せると街のとある一角の路地裏、その奥の奥の方まで俺達を誘った。
「何処に連れていくのかしら……気味が悪い」
「フンー!フンー!この路地裏、狭くて入れない……旦那、助けてくれ!」
「全く、これだからお前は……」
俺は必死にラクモの手助けをやっていたが、やがてツルギは足を止めた。
「無理に来る必要は無いさ。部屋の方から勝手にやって来る」
「どういう事だ?」
彼が指をパチンと鳴らすと路地裏の奥の方からドアの様なそれがどんどんと押し寄せてくる。
まるで俺達を待っていたかのように迫ってくるドアに焦るばかりだった。
「安心しろ。扉は直ぐに開く」
「「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」」
俺達は開いた扉のその部屋の中に瞬時に入っていた。出る時はこの路地裏の直ぐ出る所に直結している。
「驚いたか?魔法の力を知らない人にとっては無理もない」
「魔法って格好良い!」
サヤは思わずツルギに魅了されてしまった。
彼は本当にリーダーになってしまいそうなカリスマ性がある。しかし俺にとって見れば奴は気が軽すぎるのだ。
「フンガー!ここが俺達の部屋という事か!?」
「飲み込みが早いね、その通りだ」
ラクモは上機嫌で部屋を見渡す。村に過ごしていた時代には無かった高級なベッドやソファー、クローゼットにマッサージ機や電気で熱を生み出し料理できるというコンロ付きの台所まで設置されている。
魔法にしては現実的だがあまりにも豪華すぎる。
「最高じゃないですか!ちょっと私、散歩してきていいですか?」
「行ってらっしゃい、お嬢さん。車通りには気を付けて」
遂にワクワクを抑えられないキサキは期待を込めた眼差しで外へ駆け出していった。
彼が手助けしたこの街への訪問で心を奪われたパーティーメンバー達を見ると本格的に俺の存在がピンチになろうとしている。
「待ってキサキちゃん!私も行く!」
「フンガー!俺も邪魔にならない程度で散歩しよう!腹が減った!」
次々と魔法都市に魅了される仲間達だったが、一番気まずいのは取り残された俺とツルギの2人である。
「貴方も楽しまなくていいんですか?」
「いいや結構。俺もそんな若くない。今更あんな風にはしゃぐ事すら体力の無駄だ」
「そうですか」
つかの間の静寂が続いた。俺は彼を警戒する事を忘れ、つい先程までの長旅で疲れ果てていたのか、眠りに落ちていた。
目が覚めたのは深夜だった。
明かりを点け、ベッドルームの方へ行ったがいつもより清らかな表情で3人が川の字で寝ている。彼らの無事を見た俺は少しだけ安心した。
つかの間の平穏で忘れていたのか喉が乾いていた事に気付いた俺は先程までいたリビングルームを過ぎ、冷蔵庫に向かったのだが──。
その時俺は信じられない光景を目の当たりにした。
「グルル……!」
青い毛色をした大人の狼が冷蔵庫を漁っている。その中にある死人の肉を貪り尽くし、こちらの方を向いた。
「おいおい、嘘だろ!?」
俺は慌てふためいて逃げる姿勢を保ち続けたがすぐさまその狼に追いつかれる。仰向けで倒れた俺に狼は飛びかかった。
「まさか……こいつ!」
そう、この狼は俺達を案内したフードを被った勇者であったツルギそのものである。勇者は勇者でも一匹狼の勇者であるとは恐れ入った。
「グオアァァァァ!!!!」
彼はパーティーメンバーが出来ないのではない。メンバーが出来てもそれを喰らい尽くしてしまうのだ。今宵もまた、食うか食われるかの壮絶なる"狩猟"が幕を開けようとしていた。