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暗黒騎士と妖精の安寧生活  作者: スタイリッシュ土下座
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饒舌な"髑髏"が告げる謎

 俺の名はヤイバ。魔王軍の暗黒騎士を務めていた者だ。

 下っ端であった俺だが、その卑劣な実態に嫌気が差し暴動を起こしたあの日を忘れはしない。俺があの場所に戻るその時は死んだ後か逆襲に攻め込む時だけだろう。


「何難しい顔してんの?騎士さん」


「サヤ!俺を驚かすな!」


 日誌を書いていた俺を覗き込んだ彼女はにっと微笑んだ。

 俺を恐れもせず話しかけるエルフ族の妖精である彼女はいつも楽観的であった。


「何書いてるの?」


「お前には関係無いものだ」


「そう言って隠されたら気になるじゃない。エルフ族は隠し事しないのよ」


「お前だけじゃないのか?……だから隙あれば見ようとするな!」


 内容が気になるのか必死に日誌を掴もうとする彼女だが、俺は難なく振り切った。

 これは俺の暗黒騎士になってから続く戦いの記録である。易々誰かに見せるものではない。


「気になるじゃん」


「人によっては吐き気を催す事が書いてあるかもしれないのにいいのか?」


「何それ……只のネクロノミコンじゃん」


 実際俺が言っていることは間違いはない。戦いの記録に留まらず、魔王に指示され捕虜を如何に惨殺するか、戦いに敗れた国々を如何に辱め死に至らすかの記録まで書き綴ってある。

 その影響か俺には青々とした力強い草原よりも腐敗した死体やもはや原型を留めていない骨が散乱する地獄絵図の方が美しいと感じる程、感覚が麻痺していた程であった。今考えると到底信じられない。


「ヤイバ、お使いを頼みたい」


 階段を降りてきながらキサキは俺に命じた。丁度俺も予定は無かったので都合は良かったが、上手くパシリに使われている様な気がして何かいけ好かない。


「もう漆黒髑髏を見つけには行かないぞ」


「分かってるわよ、何の危険もない普通のお使い」


「自分で買いに行け。それぐらいできるだろうが」


 彼女は不満そうに頬を膨らませた。それを見かねてあの巨体を揺らしながらラクモが近付いてくる。


「じゃあ俺が行きますよ!旦那のお手を煩わせる訳にもいかないっす!」


「お前は行かなくていい。ただでさえ家の中を圧迫してる奴が市場なんかに行ったら迷惑だろ」


「最近の旦那厳しいっすね……フンガー!」


 漏れた蒸気が辺り一面を熱っぽい空気へと変えた。サヤはすかさず窓を全開にする。


「ちょっと、ここは私の家なの!蒸気は外で出してくれる?」


「申し訳ないガス……」


 話が全くまとまらないので、俺は少し苛立ちを覚えていた。

 昔から物事を決める時に曖昧にされるのが嫌いな俺の悪い癖だ。


「もういい、俺が行く」


「でも旦那」


「一昨日魔王軍を撃退したばかりだ、あっち側に情報が渡ってなければそうそう追っ手はやって来ないだろう」


「まぁね、でも出くわしたらどうするの?また格上と戦うつもり?」


「その時はその時さ。それに俺はこの村の市場を見てなかった。その土地の情報収集も戦士にとって必要だ」


 俺は数分で出掛ける支度を済ませると、玄関口に立った。靴を履きサヤと挨拶を交わす。


「気をつけてね、騎士さん」


「お使いに行くだけだ。何も気をつける事は無い」


 家を後にし、俺は村の中心へと向かっていく。魔王軍の襲撃を受けまだ一部の機能が停止しているが、それ以外は至って平穏な生活が続いている。

 エルフ族は文明人でもあるので村の修復も早いのだろうか。深く考えている内に街一番の市場に到着した。


「人間界で言う西洋の市場と変わらない様だ……気に入った」


 こうして1人で市場に出掛けるという事が無かった為、気分が高揚していた。

 キサキから渡されたメモによると人参、ヤカン、羊の脳みそ、罪と罰、テニスのラケットと書かれてある。

 全く関連性の無い所を見ると、また怪しげな実験に使うのだろう。ますます彼女の将来が心配だ。


「まずは八百屋を探さないとな……ん?」


 俺はみすぼらしい人間の男が道端で営業している店が目に入った。

 彼の足元には空き缶が置かれており、何処にでもいる路上販売のガラクタ売りの様に思えた。しかし今度は違う。


「おい親父、これは何だ」


 俺は汚い店に並んでいた一際黒光りする髑髏を手に取った。口を動かすとカタカタ鳴る以外、模型の様な単純な作りになっている。


「それはなんだったかのぉー……プラスチック製の髑髏の玩具だろう」


 そんな筈は無いと俺は悟っていた。確かにこの前"骸骨不死者スカルデッド"ミーネを倒した際、既に諦めかけていた漆黒髑髏だが俺の中ではまだ諦めきれずにいた。

 この目の前にあるのが本物ならばどんな値段で買おうと高くはない。


「これ幾らだ、親父」


「何円だったかのぉー。騎士の青年、少しタグを見せてくれ」


 俺は彼にその髑髏を渡すと、値札を探し始めた。しかし、何処にも値札が貼られてはいない。


「おかしいのぉ、わしの商品には全て値札を貼ってあるはずじゃが……」


「貼り忘れじゃないのか爺さん。余程高く無ければ今からでもそれを買わせてもらう」


 こんな物に何の価値があるのかと思ったのか彼は首を傾げた。

 不思議に思ったのかゴソゴソと虫眼鏡を取り出しそれを観察していたが、その時眩い黒の光が彼の目玉を貫通していた。


「ぐぎゃああああ!!??」


「何っ!?」


 一瞬の内に彼の頭は髑髏の黒い光により形もなく消滅させられ、代わりとなる様にその髑髏は店主の顔に引っ付いた。間もなく髑髏は口を開く。


「いやぁ~驚きました」


「貴様……!驚いたのはこっちの方だ!」


 俺は直ぐに剣を腰に構え、様子を伺う。だが敵の攻撃してくる様子もない。


「まさか私に300円の値札が付けられ子供達の悪戯いたずら玩具として売られそうになるとは……ま、腹が立ったんでその値札はこの身体の主の気付かない内に黒い光で焼きましたがね」


「貴様、名を名乗れ」


「私は"おしゃべりガイコツ"ですよぉ!それ以上もそれ以下のネーミングも御座いません!コツコツコツ!」


 ひょうきんにコツコツと音を立てて笑う彼に不気味さを覚えつつも、俺は尋ねる。


「悪霊湿地にいたミーネとは何か関係あるのか?」


「関係も何も、我々漆黒髑髏ですんで……同種と言ったところです」


「やはりか」


 俺の判断は見事に当たっていた。どうやらこいつは俺が目撃した二体目の漆黒髑髏となる。


「お前らの目的は何だ。何故その汚らしいジジイを殺した」


「質問は一つにしてください。答えるんですけどね!おしゃべりだから!コツコツコツ!」


「早く答えろ」


「まぁ恐ろしいんだから、暗黒騎士さんは。我々漆黒髑髏は生前までに成し遂げられなかった復讐や欲望に満ちていた骸骨の中でも選ばれし死者だけが成れる未来遺産なのですよ」


 彼が言った事は余程の事がない限り信じられない様なものであったが、目の前で信じられない事が起こっているので信じる他無かった。


「なるほどな、俺はその漆黒髑髏を手に入れたいんだが、可能なのか?」


「勿論可能です!ですがね……私共にもプライバシーってものがありましてね……ここから先は教えられないのですよ!コツコツコツ!」


「この剣の錆になりたいのか?お前」


 俺が殺意を増して彼を睨むが動揺した様子は無い。自分の強さも知らない正真正銘のバカか、俺より遥かに強い力を持つお調子者か、あるいは──。


「まぁまぁ、落ち着いてください!私に武力は御座いません!」


「何だと?」


「逆に貴方も現在武力は御座いません!"漫才コメディー"は皆に平等なのです!コツコツコツ!」


 彼がそう言い放った瞬間、俺の手からするんと剣が抜け落ちた。慌てて拾おうとするも手からするんと抜けて掴むことができない。


「野郎……無意識か?」


「何の事です?つまらない笑いは期待してないので」


 俺には彼が惚けている様にも感じられたが、わかったのは彼の領域では他人に危害を与えることが出来ないということだ。


「何のつもりだ?三流芸人」


「三流芸人とは失礼な!これでも私、魔界一のエンターテイナーなのですよ!」


「そうか、良かったな」


 彼には話というものが伝わらないらしい。しかし厄介だ。こいつが近くにいれば剣を拾って退散する事すらままならない。

 終いに鎧まで落とされてしまってはたまったもんじゃない。早急に解決を試みる。


「退屈そうな顔してちゃ駄目ですよ!スマイル、スマイル!」


「お前の作っている笑いはあまりにも脆く虚偽に満ちている」


「うっ……!」


「図星だな?俺が本物の笑いというものを教えてやる」


「お、お前がか?噂には聞いていたが優等生で笑いとは無縁のように感じますね!コツコツコツ!」


「向上心の欠片も無いようだな、もう興味は無い」


 そう言い、俺が立ち去ろうとすると間髪入れず漆黒髑髏は俺の行く先に立ち塞がった。


「待ってくれよ!こんな気味の悪い俺と話してくれるのはお前だけだ!教えてくれ!」


 俺の作ったでかい釣り針に彼は見事にかかった。俺は補足する。


「いいか?笑いのセンスというのは三日三晩で身につくものじゃない」


「それでもいい!早く教えてくれ!コツコツコツ!」


 餌のついた針に必死に食らいつく鯛のような彼に俺は薄ら笑いを浮かべた。


「教えて欲しいなら三つの条件を受けることだな。一つ、お前は俺の仲間の実験に付き合うこと」


「な、何だとぉ!?そんなのお笑いと関係ないじゃないか!コツコツコツ!」


 苦情を言う彼だが俺はしっかり理由まで考えてある。


「これは前フリ芸の練習みたいなものだ。苦境を笑いに変えてこその芸人だろ?」


「確かにそれは必要コツね……」


 間髪入れず俺はさらに提案していく。


「二つ、俺達にとって有益な情報は全て教えろ」


「はぁっ!?そんな事を言う訳ないしそもそも私が知っている事なんか無い!」


「これも特訓の一つだ。エピソードトークが出来なければ取れる笑いも取れない」


「そ、そうなんすかね……コツコツ」


 無理矢理彼をなだめながら俺は最後の取引の条件に持っていく。


「三つ、お前が殺したジジイを元に戻し、俺をきちんとした臨戦状態に戻せ。そして髑髏状態のまま俺に従え」


「無理に決まってるだろ!アイツは俺を300円で売ろうとしたんだ!それに夜中に俺の笑い声を五月蝿いとか言い出すし!」


「お笑いには空気を読む力が必要だ。300円でもお前が売れるなら芸人としては上出来だろ?それに俺はお前を五月蝿いとは思わない」


「そ、それは本当なのか」


「場合によるがな」


 俺は全ての条件を彼に言い切った。従うべきか従わないべきか迷っている彼に最後の一押しを加える。


「お笑いが好きなんだろ?正直になれ」


 彼は俺の一言に感銘を受けたのか、首を縦に振った。


「お笑いに疎いと思っていた暗黒騎士がまさかここまで考えていたとは……!これからは師匠と呼ばせてもらうっすよ!コツコツコツ!」


 交渉成立。俺は思わず出そうになった悪い顔をバレないように抑え、彼に命令した。

 首から上が再生した薄汚いジジイは何があったのか分からないように辺りを見回していたが、俺は既に漆黒髑髏と自慢の暗黒剣を携え、帰路に立っていた。元から頼まれていたお使いを忘れていたのを今思い出したが、時既に遅かった。"雑用クエスト"失敗。


「おかえり!……って漆黒髑髏!?」


 サヤはあの時のトラウマが蘇ったのかフラッと倒れた。ミーネに攻撃され全身強打した過去があるのなら無理がない。


「あー!漆黒髑髏!何処にあったんですかこんなの!?」


 キサキが今まで見せない程の眩い笑顔で髑髏を見つめた。

 恐らくそいつが口煩く喋ったり頭にめり込んで身体を乗っ取ったりする事は知らないだろう。


「村市場で見つけたんだよ、まさか歴史的大遺産があんな所にあるとは思わなかったがな」


「で、お使いは?」


「すまん、忘れてた」


 正直に答えたが彼女が顔色を元の暗い顔に戻した。周りに様子を見ているエルフ族も数多くいたのでこれ以上妙だと思われる行動はできなかったというのは口が裂けても言えない。


「師匠!お前美少女に囲まれて幸せじゃねーか!羨ましいね!」


「うわっ!?喋った!」


「やっぱり大物は違いますよ!コツコツコツ!」


「は、早く研究材料として抵抗できないように培養を……」


「ちょっと、培養されるなんて聞いてな……嫌だァァァァ!!!!」


 彼女の研究意欲の矛先にされた彼は直ぐ様うさぎ飛びで俺の懐へと戻った。

 彼女も只の物質が喋り始めて気味が悪くなったのか急いで二階に上がり、ドアの鍵を閉めた。


「お前、喋らないって約束だったよな?」


「ちょっとぐらいは良いかと思いまして……師匠」


 この事態に駆けつけたのは髑髏と同じくらい口煩いゴーレムだった。


「旦那!無事でよかった!おや、その腰に付けてるものは……!」


「キサキの研究材料だよ、何故か俺がこいつの世話をする事になったんだがな」


「世話じゃねーよ!俺は笑いを教えて貰いに来た!」


「待って!私そんな気持ち悪いの研究する気ない……!」


 二階と俺の懐からそれぞれツッコミが飛んでくる。彼は笑った。


「ハハ、相変わらず面白いものを手にするんだ旦那は!大切にしてやれよ!」


「おう」


 そう言うと彼もまた二階へと上がっていった。どうやらこいつを置いておく事に誰も不満がない(?)ようで謎の安心感を覚えた頃に髑髏は口を開いた。


「そうだ、二つ目の約束事を思い出した。師匠に有益な情報を教えてやるよ」


「何だ?言ってみろ」


「『呪われた一族の話』さ……既にミーネから聞いてるだろ?」


 俺は真剣な眼差しでその骸骨を取り出し、目線に合わせて言う。


「教えろ」


「知らないのか?お前らのパーティー見てたら思い出したんだ。『魔界に囚われし光の勇者』『名誉の戦死を遂げた絶対の守護戦士』『冷酷で美しき奇術の大魔道士』『大いなる光霊の大賢者』!」


「おい!それは本当なのか?詳しく言え」


「こっから先は流石に言えねーよ!早くネタの一つや二つぐらい出してくれ!こっちも大変なんだからさ!コツコツコツ!」


 突然重大なヒントを得た俺は髑髏を放り投げ、自分の部屋に行こうとした。黒く輝く髑髏の虚しい叫びが辺り一面に響いた。


「おい、待ってくれ!俺の跳躍力じゃ階段登れないんだよ!早く俺に笑いを教えてくれよ!師匠ぉぉ!!」


 俺は部屋のドアを閉め、先程の彼の発言を急ぎ字で全て戦いの記録に書き残した。


「まさか……な」


 俺は寝そべったが明確な答えは出なかった。俺は一体何者で何処からやってきたのか。

 確かに親らしき者は魔界に仕えていたが、明らかに生みの親ではなく、育ての親のような感覚だった事を覚えている。

 その内考えるのが億劫になり、その静かな水面に溶け込みそうな心を一体化しそうになりながら、眠りに堕ちた。

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