雑用に追われし魔族
「殺せ」
俺は黙りこくっていた。暗黒騎士という身分でありながら、他を斬り倒す事に対しては人一倍敏感であったからだ。
「殺せぬのか?なら私が……」
「いえ魔王様。私が殺します。どうかお手を汚さずに……!」
俺はありったけの悪意を振り絞り、目の前の絶望に満ちた目を持つ青年に剣を差し出した。
「この味はなんだと思う」
「え……?」
「舐めてみろ」
青年は剣を舐めようと舌を出した。このまま差し出した物を断ち切られるとも知らずに。
「ぐぎゃぁぁぁぁ!!??」
「わかったか?感じたか?それが生の味だ。もっともその味を失う頃にはお前は死んでいるだろう」
「ひぃぃぃぃ!!!」
「落ち着け。俺も好きでこの仕事を行っている訳ではない。だから……楽にしろ」
そう言い切り、俺は青年を斬り捨てた。その生命力に満ちていた液体は俺の身体にも降り注いだ。
「フン、行くぞヤイバ」
「待ってください魔王様……せめてもの亡くなった者へ対する祈りを」
「慈悲を与えなくともよい、殺したのはお前自身だ」
彼はその場を去った。俺の頬にはその鮮やかな赤色が滴り落ちていた。その時からだっただろうか。
俺が魔王軍に対する反感と憤怒を覚えたのは──。
「騎士さん起きてっ!」
「うわっ!お、脅かすなよ妖精!」
「そっちこそ、大声で寝言言ってたわよ」
「何言ってたんだ、俺?」
「こっちが知らないわよ。一々内容なんて覚えている訳ないでしょ」
この村に来て以来、悪い夢ばかり見ている。過去のトラウマで相当苦しかったという訳でも無いのだが、心とやらに引っかかったのか、それはわからない。俺は元々人間ではないので心というものは無い。
「それはそうと騎士さんに頼みたいことがあって」
「何だよ突拍子も無く……そもそもお前のお願いを聞くほど俺は俗柄が良くないんだ」
「あら、この家に住まわせて貰って椅子まで壊してくれた気が強い騎士さんって誰でしたっけ?」
「図に乗るな!俺が虚勢張ってるのはあくまでも騎士道に則って……」
「はいはい偉いのはわかったから」
憤怒している俺に全く動じる事も無く話を続けていく彼女は一息吸い込み、俺にある提案をした。
「クエスト行こう!」
突拍子もなく言い放ったその言葉に気の小さい俺は自分の中で癇癪を起こしていた。
俺は人助けをする為にこんな辺鄙な村に来た訳じゃ無い。あくまでも俺は暗黒騎士として務めるべきなのである。
「お断りしよう……俺は今気が立ってるんだ」
「気が立っていようが立っていまいが関係ないでしょ?」
「うっ……これだから気の読めないエルフ族は苦手なんだよ」
「煩いわね、ともかく"貴方"じゃないとできない仕事ってワケ」
彼女の妙な一言に俺は首を傾げた。俺にしかできないクエスト?強敵を倒すにしても、三下の俺は勝てるだろうか。
もしくは採取か。俺は昔から細かい作業が大の苦手だ。そんなチンケな事やってられない。どちらにしろ──。
「お断りだ」
「えぇっ!?内容も聞いてないのにそんな事言っちゃ駄目でしょ?」
「俺は騎士道しか磨いて来なかった。だから何か人を助けるという事をした事が無い」
「それだからいいのよ」
「え?」
「それだから」
彼女は不敵な笑みを浮かべ、俺の苦手属性である光霊魔法で俺を別の場所に誘導していった。
「おいおい、俺を何処に連れていくつもりだよ」
「何処って……"養鶏場"よ。最近この村の畜産農家さんが鶏を数羽逃がしてしまったらしくて人手が足りないのよ」
「だからって何で俺なんだよ!放しやがれぇぇぇぇ!!!!」
光霊魔法で体を縛られた俺は見るも無残にそのか弱き妖精によって"雑用"に運ばれた。
「着いたわよ騎士さん♡」
「もう二度とお前の話聞かねぇからな」
「もう既に"雑用"の場所に来てるじゃない、諦めなさい」
半ば強制的に連れて来られ疲労困憊の俺に彼女は強気に返した。
その後、彼女は大声で誰かの名前を呼ぶと鶏舎小屋の中から80過ぎの様な年配のエルフが俺達の元に駆け寄ってきた。
「彼は農家のタチさん。昔は大商人だったらしいんだけど経営が立ち行かなくなって、今はこうして別荘で農家してるんだって」
「これまた随分と複雑な事情を……というか何でお前さっき大声で呼んだんだよ」
「この人耳が弱っちゃってて……だからこの会話も聞こえないかもしれないかな」
「色々と大丈夫なのか、それ」
話している内にやっと俺達の存在に気づいた素振りを見せたタチ爺さんは蚊の鳴くようなか細い声を出した。
「お前が今日お仕事してくれる暗黒騎士か?」
「えっ、まぁそうです」
「名前は?」
「ヤイバって言います」
「ハイパー?」
「え?」
俺は忘れていた。このご老体、物凄く耳が悪い事を。
「だから、ヤイバです」
「毎晩?」
「ヤイバです、ヤ・イ・バ!」
「快眠?」
「どんだけ耳遠いんだよこのジジイ!」
「ジジイとは失礼な、まだそこまで老いぼれてないわ!」
「そこは聞こえるのかよ……」
噛み合わない俺達にサヤは助言をする。
「まぁこのおじいちゃん補聴器があれば普通に聞こえるらしいから大丈夫だよ」
「最初から用意しろよ!?色々と不親切だなお前!」
ようやく真面目に会話できるようになった所で今回のクエストの件についてタチから話を聞く。
「ついこの前うっかりしてて鶏舎の檻を開けっ放しにしててのぉ……3~4羽程逃げてしまったんじゃ」
「なるほど」
「しかし、幾ら鶏だからと言って侮ってはならん。奴らは通常より足の筋肉を最大限まで改良した『スーパーターキー君』という品種でこれがなかなか捕まりにくいんじゃ」
「何でわざわざ足を強化したのかよ……俺に捕まる相手なのかそれ」
「あの品種はクリスマスの時期によく売れるんじゃ。勿論ターキー用じゃがな。達成報酬は100万ドリーで頼むよ」
「100万ドリーって……普通に安い車一つ買える値段じゃないですか!?」
彼女が驚愕している。俺は魔界育ちなので外の世界の貨幣概念は知らないので、聞いた途端に目を丸くした。
「構わん、わしが大事に育ててきたジョンとマムーらが戻ってくるならば……」
「「あ、ペットだったんだ」」
「わしのペットには赤、青、黄、緑のリボンが付いておる……それを目印に探すんじゃ!頼んだぞ!」
タチ爺さんに別れを告げ、俺達は鶏舎を後にした。
俺は暗黒騎士装備の呪いにより常時鎧を身に付けている。その為、鶏の様な素早いものを捕まえることができるだろうか、正直不安だ。
「どうしたの?騎士さん?」
「いや、俺が幾ら素早い動きが可能だとしてもこの重厚な鎧じゃ捕まえることすら困難じゃないのかと。それにこの仕事は確実に俺に向いていない」
「こうすればいいのよ、『スピーダー』!」
彼女が唱えると俺達は緑色のオーラに包まれた。所謂パンプアップ魔法という奴か。
「貴方の速さも私の速さも2倍!これで捕まえられるわ」
「既に調整済か、納得だ」
俺達が実質走るスピードで草原地帯へ歩を進めていると、何やら向こうから何か大軍が押し寄せてきている。
「おい、何か来てるぞ」
「ちょっと確認するわね……『スコープ』」
今度は視力や洞察力等を上げる魔法を駆使し、彼女は目を細めて大軍を確認している。
と、同時に彼女はくるりと後ろの方へ方向を変えて加速した。
「お、おい何でそっち行くんだよ!」
「あの大軍……私達の探していた鶏よ、しかも私達の歩く3倍くらいのスピードでこっちに向かってる」
「早く言えぇぇぇぇ!!!!」
彼女の早歩きを追いながら俺はふと後ろを眺めると鶏達はすぐそこまで来ている。
「目標はあの中にいるのか!?」
「わかんないわよ!というかスーパーターキー君繁殖し過ぎでしょ!」
俺の鎧がいかに頑丈だとしてもあの軍勢を取り押さえることはできるか怪しい。それを見た俺は走り始めた。
「やばい、追いつかれる!お前も早く逃げろ!」
俺がそう言うと彼女はピタリと止まった。直ぐに追い抜き、顔色を見届けると凄く悪い顔をしている。
どうやら何かのスイッチが入ってしまったようだ。
「あの内の4羽を奪い取れば……100万ドリー!」
「馬鹿!今そんな事してる場合じゃないだろ!早く逃げろおい!」
彼女が鶏の方に走り去り、大軍の中に消えた後、俺の方も段々とスピードが落ちている。
どうやら彼女の魔法効果が途切れてきていたのだった。
「嘘だろ……?」
俺は遂にスーパーターキー君の群れを目の前にした。鳥というのは元々キラキラした物に関心が強いらしい。そして俺のこの鎧も──。
「見つけた!赤、青、黄、緑の4羽!貴方のその鎧で足止めしてくれたお陰ね」
「痛でででで!!!!俺は一応暗黒騎士なんだが!この鎧も特注……アギャーッ!」
身も心もボロボロになりながらも俺の鎧でスーパーターキー君の足止めに成功。何とかサヤが目標の4羽の捕獲に成功した。
「でもあのターキーの群れから騎士さんを救出しなきゃいけないし……置いてく訳にもいかないわね」
「俺の事はいいから早く行け」
「でも、そうしたら騎士さんが!」
「無理矢理こんな所まで連れてこられて"疑似餌"にでもされたら名誉だとかプライドだとかどうでも良くなった」
「わかったわ……貴方の命、無駄にはしない!」
「勝手に殺すな……痛でででぇ!!!!」
この後俺は自力で脱出し、俺のボロボロになった鎧のお陰で夕暮れ時にクエストは成功した……はずなのだが。
「1羽足りないね」
「えっ……おい妖精?」
「あの、1匹……逃がしちゃいました」
「こんの……馬鹿エルフが!!!!4匹揃って報酬獲得って条件なんだよこのクエストは!!」
「だって、スーパーターキー青君が俺は自由に草原を駆け巡りたいって輝いた目するから」
「俺の頑張った意味……!」
阿鼻叫喚する俺達にタチ爺さんは首を振る。
「いや、それでいいんじゃ」
「どういうことだ爺さん」
「こいつらにはこいつらの目指す大空がある、好きにさせてやった方がわしにとっても幸せなのじゃ」
「やっぱタチさんの言う事は違うね」
「お前が言うと説得力失せるがな」
彼女が感心している所に俺は水をさした。頬を膨らませながら文句を垂れる彼女を横目に爺さんは続ける。
「ただ約束は約束だ。100万ドリーは出せなくとも、50万ドリーまでなら出せる。ほんの気持ちだ」
「ありがとうございます」
「やった、タチさんありがと!」
「それに、お前らの良きコンビを見てたら久々に昔を思い出した。若い力は周りに勇気を与えるんじゃ」
「勇気……」
俺は人々に勇気を与えていたのだろうか。少なくとも、昔の俺が人々に与えていたのは、悲痛な叫びと地獄だっただろう。
「これからも、何かあったらよろしくたのむぞ」
「はい!タチさん!」
俺はそれに応える事ができなかった。人を助けるということはここまで何か染みるものだったのだろうか。
俺の中にあまりにも不自然で、ある意味不快な感情が立ち込めた。
「50万ドリーも頂いちゃったし、今日はガツンと宴でもするよ!」
「はしゃぐのも程々にしておけ、妖精」
「わかりましたよ。全く、騎士さんは釣れないんだから」
今日1日丸々消費し、クエストは遂行された。だが、俺達のエルフ村での生活はまだ始まったばかりである。