悪夢に堕つる者
俺の名はヤイバ。数日前は魔界で暗黒騎士を務めていた。だが今となっては、そんなことは心底どうでもいい。何故なら命からがら逃げてきてエルフの村に匿ってもらったからである。
「起きた?騎士さん、だいぶうなされてたよ」
「そうか」
俺を助けた妖精のサヤに挨拶をし、俺は卓上のマグカップに入ったコーヒーを飲み干した。
窓の外を見ると、ここ数年見ていない朝露に濡れた平和な世界が広がっていた。
「ちょっと、そのコーヒー私の分なんだけど」
「あっ、すまん……知らなかった」
「いいのよ、そうだ!今日は騎士さんの戸籍を作りに行かないと」
生き生きと話すサヤだったが、俺は少なからず不満を覚えていた。
「元々俺はここに定住する気は無い。傷が癒えたらまた放浪生活を続けるさ」
俺はそう言って木を組み合わせて作られた椅子に足を乗り出して座った。椅子は重さでギシギシと音を立てていたが、特に気にする程でもなかった。
「でも騎士さんには行く宛が無いんでしょ?まだここに居てよ」
「行く宛が無いのは確かだ。でもここにいてほしい理由がわからない。一つの国すら壊滅できる力を持つ俺がこんな所に居座られても困るだろう」
「貴方はそんな事する魔族じゃない、私は知ってる」
彼女はそう言って二杯目のコーヒーをマグカップに注いだ。
俺はフンと鼻を鳴らしたが、それは空虚な強がりにしか聞こえなかった。
「だからこの村の一員になってほしいの。ほら、どんな平和主義国家だって最低限の防衛武力は必要でしょ?」
「かと言っても、俺は三下の騎士だ。この村を守れるとは到底思えない」
「あら、それだったら私だって三下の妖精よ、何か文句ある?」
「うっ……わかったよ、降参だ」
俺は椅子に乗り上げいた足を段々と下ろした。
この妖精、怖いもの知らずというよりかは心優しき精神力を持った者に感じられる。俺は顔を下げた。
「決まりね」
この村の役所はサヤと俺が住んでいる家の対面に存在する。
元々この村は円状に建物が立っており、それが複数集まって構成されている。
「それぞれまとまりがあってね、ここは市場みたいに食べ物を取り扱ってる店が多くてね」
「驚いたな、ちゃんと構成されている」
「そうじゃないと村として成立しないからね。急ぎましょう」
「あぁ」
俺達は歩を進め、村の役所に辿り着いた。多分ここが村一番といった感じの大きさの建物である。
彼女は何の躊躇も無く建物の中へ入っていった。続けて俺も入る。
「戸籍窓口はこっち」
「おう」
彼女に案内されるがままに俺は急いだ。まだ俺が来るということを知らなかったエルフの民は俺を見て唖然としていた。
だが、暗黒騎士である俺が奴らに危害を与えない事を知ると、たちまち新聞を読みふけったりと各々の行動に変わっていった。
「申し訳ありませんが……暗黒騎士様の戸籍登録は不可となっておりまして」
「「えぇ!?」」
窓口のお姉さんに言われたのは"NO"の一点張りだった。役所側曰く膨大な魔力を持った者をこの村に置いてはならぬという事らしい。そりゃそうだ。
「彼は私の友人なんです!なのに種族だけ見て戸籍が取れないと判断するとかどうなってるのよ、ここのシステムは!?」
「サヤ、もういいんだ。元々俺はこの村に居てはいけない存在なんだよ、引き返そう」
「そんな事言われたって……」
俺達が戸籍窓口で言い合っていたその時、外で大きな爆発音が鳴った。俺は慌てて役所外に飛び出すとそれは魔界の追っ手であった。
逃げ惑うエルフの民を見た俺は儚くも闘争心が湧いてくる。
「な、何なのあれ!?貴方と同じオーラを放ってる」
「俺を追ってこのエルフの村まで襲撃しに来たんだ、だから俺があいつらを倒す」
「そんなの無茶よ、傷口を治したばかりなのに」
歯ぎしりをしながら弁明する彼女に俺は笑った。
「いいか?騎士って言うのはな、自分の命を課しても護りたいものがあるから戦うんだよ、そうでないと俺の存在価値は無い」
冷静に相手を分析しながら俺は彼女に答えた。彼女はどうやらあの敵と対峙する気は無いらしい。
「早く逃げましょう?貴方まで死んでしまっては後悔しか残らない!」
「いいや、腐っても俺は暗黒騎士だ。戦場で死ねるなら本望だ!」
言い切ると俺は敵の軍勢に襲いかかり、迫り来る者をなぎ倒していった。
俺の近くまで寄せつけなければ安全に敵を斬り殺すことができる。それは熟練の剛腕と素早さを持ってしないとできないテクニックであると自負していた。
「その程度か四下ァ!いくら雑魚が軍勢になろうとお前らは俺を倒せない!」
次々とかつての仲間を斬り倒し、調子が上がった俺は叫びを上げた。
「「「反逆者のヤローが調子に乗るなァ!」」」
敵は自分より格下ではあったが、全力を出さねばこいつらを圧勝して倒す事はできない。俺はその握りしめた剣に全神経を集中していた。
「無駄だ!」
格下が俺に群がり攻撃を始めた瞬間、暗黒騎士の気迫でそれを粉砕した。動揺した彼らに俺は剣を振りかざす。
だが、段々と俺の方も体力が削れていく。昔から俺は重い鎧を身に纏い、大剣を振りかざしている為長期戦にすこぶる弱かった。
「どうした、もうへバったのか?ヤイバさんよぉ?」
俺より格下の者に圧倒され剣を突きつけられる。こいつらは斬り殺される事を覚悟で俺に立ち向かっていたのか、如何にも狂人集団である。
「お前らのやっている事は間違っているんだ、少なからず数年前に俺はそれに気づいていた」
「暗黒騎士ともなろうお方が今更何を言い出す?アンタは確かに魔界の中でも優等生でいけ好かない存在だった」
「何とでも言え」
「フン、その口が開けるのも今の内さ」
首元に剣が当てられた俺は息切れを起こしている。
紙の上で計画を練るのは得意ではあったが、実践で剣を振りかざす事があまり無かった俺はやるせなさを感じていた。
「ヤイバ!早く逃げて!」
後ろで戦いを目撃していた妖精も後が無い様子で俺を見守っている。またもや絶体絶命といった所だった。
「止めだ」
そう言い俺は首を撥ねられた……と思ったが瞬間、鋭い光のオーラが俺の首元を護っており、無傷である。
そのオーラは俺の身体の周りをぐるぐると駆け巡り、目の前の四下目掛けて突っ込んだ。
攻撃を受けた彼は苦しそうな表情を浮かべながら浄化されていった。
「サヤ……お前……!」
「だって、しょうがないじゃない。騎士さんが逃げないというのなら、私も戦う」
「そうこなくっちゃあな」
2人並んだ俺達は息を合わせ暗黒の剣と光霊魔法で敵をなぎ倒して行く。
まだまだ頭数が多く、このままスタミナ戦に陥ると圧倒的不利を強いられる。
背中合わせで敵と対峙する俺は彼女にある作戦を耳打ちした。
「そんな事できるの!?」
「いいからやれ、俺は実践には慣れてないがアドリブ自体は得意だ」
俺に言われた通り彼女は光霊魔法で俺の大剣を包み込んだ。
それは闇と光を混ぜ込んだ強大な混沌となり、力が増長していた。
「やべぇ、想定外だ!力が大き過ぎる!」
「でもやんなきゃ終わりよ!早く敵をなぎ倒して!」
「「「ウッシャァァァァ!!」」」
「あの世で詫びろ!この薄汚いボロ雑巾共がぁぁぁぁ!!!!」
俺の目の前にやって来るその軍勢を力を込めた一閃で薙ぎ払った。
彼らは全て消滅し、息耐えていった。決着。
「お疲れ様、暗黒騎士さん」
「お前も戦えるとは聞いてなかった、今度からそういう大事な情報は教えろ、妖精」
俺達はお互いを讃え合い、拳を合わせる。目の前の困難だけは乗り越えることができた俺達は喝采を浴びていた。
「ヤイバ!ヤイバ!ヤイバ!」
「凄いわ、妖精ちゃん!1人でも逞しくなって……」
どうやらこの村を救ったヒーローとして崇められているらしい。
俺はその声援に目もくれず、役所の方に向かった。
「どうして、折角この村のヒーローになったのに……どこ行くの?」
「戸籍窓口さ、今なら戸籍登録を許してくれるだろう」
「呆れた」
俺は半壊した役所で戸籍登録を終え、彼らの声援に応えた。
一夜にして国家反逆を興したテロリストが今や一村の英雄として讃えられている。皮肉な話だ。
「ねぇ、騎士さん?」
「何だ、妖精」
「これって夢じゃないかって思うの」
「夢だったらどんなにいい夢なんだろうな」
「えへへ」
歓迎祭から数日も経たないまま、俺達はまた祭りの席に招待された。
この村の祭りは相変わらずどんちゃん騒ぎで忙しいがそれを横目で見ながら酒を飲むのも好都合だった。
しかし彼らは知る由もないだろう、あの襲撃の対象は恐らく俺自身である事を。
「騎士さん、どうしたの?」
「いや、何でもない……遠い昔を思い出していただけだ」
「そっか」
正義とも呼べず、邪悪とも呼べず、俺の身分は宙に浮いたままの状態で今も漂っている。
夢にしてはあまりにも豊富で残酷な、そんな今日という現実だった。