第8話
第8話
朱音ちゃんは、丹羽君の事が大好きな女の子です。
それは誰が見ても気が付くほど、とても分かりやすいものでした。
丹羽君はメガネをかけた男の子で、クラスでは目立たない方ですが、成績は良くて先生たちの評判はなかなかのものです。
でも私は彼をあまり良く知りませんでした。
もちろん下の名前もです。
修平、って言うんですね。
今ではシュウくん、って呼んでいます。
私はあの人たちの同級生です。
その事を確信したのは、ヨッシー達が向かったお店に行って、朱音ちゃんを見つけた時でした。
木村朱音に会いに行く。
シュウくんがそう言った時、それが私の同級生である可能性が浮かびました。
なんて言うと、頭のおかしな子だと思われてしまいそうです。
4歳も年上のシュウくんの同級生が、私の同級生と同一人物のはずがありません。
普通に考えたらなら、たまたま同じ名前の別人です。
偶然にも丹羽という人と、木村朱音という人が、私の同級生にも居たというだけです。
それならそれで、いいんです。
むしろその方が、ですよねって安心します。
だから私は、シュウくんの話すお店の場所をこっそりメモして、ふたりが出ていってから変装道具を揃えて、ひとりで後を追いました。
そして朱音ちゃんに会いました。
3日ぶりに見る彼女は、雰囲気が少し変わっていましたし、大人びても居ましたが、私の良く知る朱音ちゃんでした。
ああ、やっぱりそうなんだと思いました。
大人になった朱音ちゃんは私の同級生です。
大人になった丹羽君も私の同級生です。
私だけ、高校生のままなのです。
ねえ、ヨッシー。
ふたりの同級生だと言う、
キミは、
もしかして私とも、
同級生かもしれないね。
ヨッシーと私に起きたとても恐ろしい現象は、すべて同じかと思っていました。
でも少しだけ、違っていたのです。
どうやら私だけ、もう1つあったのです。
最初はただの、勘違いかなと思いました。
制服から着替えるため新しい服を買いに行った時、ショップの中でポスターを見つけました。
そこには今年のトレンドについて書かれていましたが、その『今年』を意味する数字が、私の知る2014年ではなく、なぜか2018年でした。
その時はきっと誤植だと考えていました。
でもすごく先の巻まで出ている漫画や、目にするカレンダー、終わりを迎えているテレビの長寿番組、それら全てが私に教えてくれました。
ここは4年後の世界だよと。
だから私は、4歳年上の朱音ちゃんが、同級生だと分かったのです。
この事をふたりに打ち明るべきか、ずっと悩んでいました。
でも結局、言えませんでした。
朱音ちゃんで『実験』を行った次の日の朝、目が覚めた私の顔を見たヨッシーが、満面の笑顔で『成功』を伝えてきたのです。
シュウくんも、間違いないです、これで私たちの事を全て信じますと言いました。
私もその成功をとても嬉しく思いました。
そしてふたりはすぐさま、次の『実験』を行う計画をしていました。
その中心は今ヨッシーです。
ようやく少しずつ進み始めたこの時に、新しい問題を持ち出す事ができませんでした。
だから私は、まずひとりで調べてみようと考えたのです。
直接関係があるかは分かりませんでしたが、気になっていることもあります。
私は気分が悪いと嘘をついて、ふたりの新しい実験を見送った後、すぐに着替えて出発しました。
* * * * *
私はあるものを探していました。
それはシュウくんの車に乗って、3人でお出かけしたあの日、あの時に見た風船です。
その時私は、とても不思議な体験をしました。
あれから少し、体調がおかしいのは事実です。
頭がふわふわするのです。
そういえばふたりを見送る時、ヨッシーにおかしな事を言ってしまいました。
あれもきっと、頭がふわふわしているせいです。
とにかくあの風船を見つければ、何か分かるかもしれないと思いました。
風船自体は、すぐに見つかりました。
青や黄色、色とりどりの風船が、空のあちらこちらに浮かんでいます。
私はその1つをじっと見つめました。
割れろ、割れろ、と念じながら。
でも目が乾いて、お腹が鳴るだけで、風船は割れてくれません。
ふと、自分がおかしな子に思えてきました。
念動力でも覚えたつもりだったのでしょうか。
あの時、割れた風船を見て感じた事も、ただの偶然だったのかもしれません。
そろそろお昼の時間ですし、私は諦めて帰ろうかと考えます。
そういえばヨッシーたちも、今頃お昼を食べているのでしょうか。
ぼんやりと空を仰いでいたその時です。
――……も、ご飯食べてる頃かな。
見つめていた風船が、割れました。
そしてまた、誰かの声がしたのです。
頬に触れると、指に涙がついてきました。
あの時と全く同じです。
私は急いで、次の風船に目を向けます。
何がきかっけて割れたのか分かりません。
でもどうしてでしょう、風船は次々と割れていきます。
1つ割れて、2つ割れて、3つ割れた頃、私の視界はなくなりました。
『キミ』は、だれ?
――私は、なのは。
――……は、ずっと、……を見ている。
――ずっと、ずっと……っと。
『私』は、七葉。
私は、ずっと、空を見ている。
ずっと、ずっと、ずーっと。
そして聞いている。
色んな人の声を。
言葉を。
思いを。
私は七葉、事故に遭い、意識不明とされている。
でも違う、私は起きている、起きて、皆と同じ時間を生きている。
でもダメなの、体のどこも動かない。
誰にも伝える事ができない。
私はここに居るよ。
お願い、気づいて。
気づいてよ。
今日も来てくれたんだね。
すごいんだよ、私、ドアを開ける音でも誰が来たが分かるようになったの。
褒めて欲しいな。
ねえ、今日はどんなお話を聞かせてくれるの。
うん。
うん。
すごい、就職したんだね。
おめでとう。
なんだかすっかり、大人になっていくね。
うん。
頑張ってね。
お母さん、泣かないで。
私がこうなったのは、お母さんのせいじゃないから。
ごめんね、お母さん。
でも私、後悔はしていないの。
親不孝な娘だよね。
でもね、あの人を守れた事、私すごく嬉しいの。
すごく、すごく、嬉しいの。
あ、この足音は……ちゃんだね。
ちょっと久しぶりかな。
なあに、お花持ってきてくれたのかな。
しっかりしてるね。
どんなお花だろう、見てみたいな。
匂いも分かったらいいのに。
どうしたの。
またケンカしたの。
ほんとふたりは、よくケンカするよね。
それだけ仲良しさんなんだけどね。
でも、どうかお願い。
いつまでも、あの人の力になってあげてね。
私が頼れるのは、……ちゃんだけだから。
ごめんね、身勝手だよね。
ごめんね。
お父さん。
声がすごく疲れてる。
あんなに豪快だったお父さんの声が、すごく低い所から聞こえてくる。
ごめんなさい。
この病院、この設備、きっとすごくお金がかかってるよね。
でも、ありがとう。
私を諦めないでくれて、ありがとう。
そして、ごめんなさい。
そっか、もう2年も経ったんだ。
時々私、寝ちゃってるみたいだから、そんなに経ってるなんて、なんだか不思議。
こういうの、なんだっけ、ウラシマタロウな気持ち、って言うのかな。
起きたら、いっぱいお話するね。
きっと私、今、すごい体験しているから。
ちょっと自慢。
どうしてケンカするの。
お願い、やめて。
……は悪くない、悪いのは、私だから。
そんな事言わないで。
責めないで。
責めるなら私を責めて。
聞いているから、ちゃんと、反省もするから。
お願い、私を。
ずっと、ずっと、暗闇を見つめている。
気が遠くなるほど、どこまでも続く、暗闇を見つめている。
お願い私、どうか、正気を保って。
大丈夫、大丈夫だから、絶対、絶対善くなるから。
今日も来てくれたんだ。
すごいんだよ、私、……の足音が分かるようになったんだ。
もうすぐ卒業だね。
いろんな思い出、作ったね。
ねえ、覚えてるかな。
ゲームセンターに行って、……でクレーンゲームとか、コインゲームとか、色々したっけ。
……はすぐ、熱くなるから、なかなか1つのゲームから離れないんだよね。
ほんと、いつまで経っても子供なんだから。
あとは、覚えてるかな、あの日皆で行ったあの公園、私あの時ね、
私を殺して。
もうすぐ夏休みか、いいな。
もしかして私、結構痩せてるんじゃないかな。
どうしよう、去年の水着、ブカブカだったりして。
でも最近ちょっと肥えちゃったから、ふふ、それも悪くないかなって。
私は七葉。
事故に遭い、意識不明とされている。
あれからもう、何年経ったのかも分からない。
この風船が、誰かに届くといいけど。
お母さん、お父さん。
お母さん、お父さん。
お母さん、お父さん。
お母さん、お父さん。
お母さん、お父さん。
良いことを思いついた。
暗闇を見ていると思うからいけないんだ。
私は今、空を見ている。
空は真っ青で、白い雲がゆっくり流れて。
ゆっくり、ゆっくり、流れて。
お金。
そんなの、ううん、違う。
必要ない、なんて、言っちゃだめだよね。
すごく、すごく、頑張ってくれたんだね。
でも、どう捉えていいか分からないよ。
私怖いよ、……がボロボロになっていく。
でもそれは、私のために、頑張ってくれたんだよね。
ありがとう。
でも、無理はしないで。
ううん、やっぱり違う、本当はお金より、そばに、居て欲しい。
ごめんなさい。
気持ちが、まとまらないよ。
私は空を見ている。
そして誰にも届かない、色んな言葉を詰めて、空に風船を浮かべている。
ふわりふわり、ふわりふわる、風船またひとつ。
こうして浮かべておけば、いつか、きっと、誰かに届く。
誰にも届かない言葉でも。
誰にも届かない思いでも。
誰にも届かない願いでも。
いつか、きっと。
届くと、いいな。
この風船を受け取った『キミ』は、だれ?
――私は……。
『私』は、色々な思いを聞きました。
私は、色々な言葉を聞きました。
見つめる空はとても青くて、白い雲が浮かんでいて、でもそこにもう風船はありません。
私は理解しました。
この世界に起きた、この現象が、一体何なのかを。
私は行かなければなりません。
シュウちゃんが言っていました。
あの写真の影の仮説を実験する事で、この世界に抗う意味を持ち、この現象を引き起こす理を崩すと。
……そんな事は、絶対にさせない。