第5話
第5話
私たちは今、ヨッシーのお友達の家に来ています。
全てを信じた訳ではありません、変な素振りを見せたらすぐさま通報します……と、口を酸っぱくして言いながら、それでも彼は私たちを中に入れてくれました。
ヨッシーは何食わぬ顔でベッドに腰を下ろして、お友達も決まっているかのようにパソコンのある机の椅子に座ります。
私がどこに座ろうか迷っていると、お友達がクッションを出してくれました。
「ありがとう」
「いえ」
3人がそれぞれの場所に落ち着いてからも、そこから口を開く人は誰も居ませんでした。
そこで私はこんな提案をするのです。
「皆で自己紹介しよっか」
「はぁー?」
「悪くはありませんね、どこかの誰かは妄想癖があるようですが、僕はあなた達の事を詳しくは知りませんし」
「誰が妄想癖だ」
「おや、自覚がない様ですね」
「はーい、はーい、ケンカしないの。ヨッシーからね」
「お、俺か? 俺は今野、今野良樹だ」
「おいくつでちゅかー?」
「おい……。21歳、仕事はプログラマーだ」
「はい、よくできまちたー」
「とってもお上手でしたよ、幼稚園には受かりそうですね」
「お前らな……」
「じゃあ、次は私ね。名前は神谷で、高校2年生の17歳だよ」
「そーいやお前、下の名前なんていうんだ」
「ええー、ヨッシーってば下の名前で呼ぶ関係になりたいのー?」
「ち、ちげーよ。興味ねーし、くそっ」
すぐ顔を真っ赤にするのが面白くて、ついつい私はこの人の事をからかってしまいます。
「では、最後はこの僕ですね。名は丹羽修平、歳は21、N大学に通っています」
「よろしくね、シュウくん」
「シュウくん……。ごほん、まあ、いいでしょう」
「シュウくんだってよ、笑える」
「そう言うあなたはヨッシーじゃないですか」
「……言うな」
だいぶ打ち解けて? きたところで、シュウくんは改めて私たちの状況を確認しました。
協力するからには、一度「あり得ない」という考えを除いて聞きたいそうです。
目が覚めた時のこと、それから誰も私たちを覚えていなかったこと、持ち物もよくわからない状況だったこと。
ヨッシーの写真も裏まで調べて、私のお金もわざわざ数えたりしました。
ちなみに276万円も入っていたそうです。
このお金については一悶着もありました。
シュウくんは持ち主不明のお金を使った私たちを通報すると言い出し、ヨッシーと言い争いを始めます。
でもなんとか説得をして、全てが終わった後にヨッシーが全額返済するという約束で、シュウくんは一旦目をつむると言ってくれました。
「……こんな所でしょうか」
「そーだな」
「では、改めて僕の見解を言いましょう。あなた達の事は、全く信用できませんね」
「結局そーなるのかよ」
「だめかー」
「情報が少なすぎますし、信憑性に欠けます。むしろそのお金でますます怪しくなりました。……とは言え、乗りかかった船ですし。僕の方でもこの後色々調べてみますので、また明日にでも情報を交換しましょう」
「そーか。じゃ、今日は帰るか」
「そうだね」
私たちは少ない荷物をまとめて立ち上がり、シュウくんの方を向きました。
「修平、その……色々と急だったけど、まずはありがとな。半分でも信じてくれて」
「おや、素直にそういう言葉も出てくるのですね」
「お前は素直じゃねーな」
「じゃあ、また明日来るね」
「分かりました。ああそうだ、おふたりとも宿泊先のホテルを教えてもらえませんか、携帯も持っていないようですし」
「ホテルじゃねーよ」
「へ?」
「ネットカフェだよー、そこのカップルシートで寝泊まりするの」
「は?」
「カップルシートとか言うな」
「まーた照れてる、こっどもだー」
「そーゆうのじゃねーよ、ったく行くぞ」
「はいはーい」
「……ちょっと待てえええええい! 高校生と、大人が、カップルシートで寝泊まりだとォ!? ナッシング! 全くもってナッシング! 貴様はいくつの犯罪を犯すつもりだァ!」
「犯すって馬鹿、そんな事してねーよ!」
「ヨッシーにそんな度胸はないよ」
「そういう問題じゃナッシーーーング! お父さんは許しませんよォ!」
「お前の親父なのかこいつ」
「うちのお父さん、もっとゴツいけどなー」
「認めませんッ! 不純異性交遊ッ!」
「ちげーつってんだろ。つか、どーすんだよ。俺ら住所もねーからネットカフェくらいしかねーんだよ」
「そうだよーシュウくん、ないんだよー」
「なんだその軽さはァ! アウツ! この国はいつからこうなったァァ!」
そんなこんなで結局、私たちはこのままシュウくんの家でお泊りする事になりました。
* * * * *
「いいですか神谷さん、部屋の鍵は外からも開けられます。だからドアが開かないように、ちゃんと内側から衝立をするんですよ」
「はーい、分かりましたよ、パパー」
「俺はどこで寝たらいいんだ」
「貴様は外で寝ていろッ!」
「ふざけんな、死ぬじゃねーか!」
「もー、就寝のお時間ですよー、静かにしてくださーい」
「……おっと、僕とした事が。それでは神谷さん、おやすみなさい」
「おやすみなさーい。ありがとねシュウくん、部屋を使わせてくれて」
「いいえ、そこの犯罪者と違って、僕は紳士ですから当然のことです」
「その紳士の秘蔵の本がそこの本棚の一番上の辞書の裏にあるぞ」
「なぜそれを知っているゥ! やめろォ! 本棚に行くんじゃなァい!」
そんな騒がしさの後は、とても静かな夜がやってきました。
と言っても、ドアの向こうの廊下からはふたりの話す声が聞こえてきます。
私はドアに頭を付けて、しばらくその会話に耳を傾けていました。
「さみー、俺にもその寝袋ねーのか」
「都合よく何個も持ってるはずないでしょう」
「くあー。つか、さっきから何やってんだ」
「忘れたのですか、豆粒みたいな脳みそですね。調べると言ったでしょう、おふたりに起きた現象を」
「そーだった、そーだった。で、何か分かったのか」
「……さすがに、同じ事が過去に起きていた、という情報はありませんね。個人が周りを忘れる事は多々ありますが、その逆というのはなかなか」
「まー、そりゃそうか。俺も聞いたことねーし」
「ですが、いくつかの仮説を立てる事は出来ます。例えば並行世界、パラレルワールドにあなた達が迷い込んだ、というものです」
「そんなの、ありえるのかよ」
「最初から否定していては仮説が立てられません。幾つかの可能性を並べ、そこから有力な情報をつかむためです」
「なるほどなー」
「ですがそうなると、なぜ無関係なおふたりが、という所に疑問が残ります。どちらか片方でしたらあるいは」
「他にも俺らみたいなのが居るのかもな」
「なるほど、確かにそれは否定できませんね。他にも気になるのは、あの写真の言葉です」
「写真……願いを叶える、か?」
「ええ、その願いによってこの現象を引き起こしたという可能性もあります」
「マジかよ、誰が何のために」
「言い換えれば呪いですね。あなたの場合、この仮説の方が似合います」
「うるせーな。でもやっぱ、修平が居ると話が進むな、助かるよ」
「……あなたの言う人物と、僕は別人ですよ」
「それでも、お前はやっぱり修平だ……」
そこから声は聞こえなくなりました。
私もベッドに入って、この夜の一部になろうと思います。
おやすみなさい。
* * * * *
「おふたりに、ミッションです!」
目を覚ましてドアを開けると、シュウくんが仁王立ちでそう言いました。
「……おはよー」
「ああ、おはよう神谷」
「シュウくん、どうしちゃったのアレ」
「俺に聞くなよ……」
「シュウくん、どうしちゃったのソレ」
「よくぞ聞いてくれました!」
シュウくんが言うには、3人で過ごすための備えが無いので、私たちに買ってきて欲しいとのことでした。
なんでも働かざるもの食うべからず、だそうです。
「なーにが備えが無いだ、そもそも冷蔵庫ん中空っぽじゃねーか」
「貴様ァ! 勝手に開けるなァ!」
「ゴミ箱もコンビニ弁当ばっかりだね」
「神谷さんまでェ!」
という訳で今日は、まず食材や着替えの買い出しに行ってきます。
でもそれにはひとつ、小さな問題がありました。
「今野君、車の運転くらいはできますよね」
「そりゃできるけど、今は免許持ってねーぞ」
「詐欺に横領に無免許運転、貴様は犯罪のデパートかァ!」
「だから財布持ってねーんだっつの」
今度こそ、という訳で、結局3人で買い出しに行くことになりました。
シュウくんの車にもちょっと驚きです。
「オープンカー……だと」
「安心して下さい、後ろも乗れますから。普通は乗りませんけどね。さ、神谷さんは助手席へ」
「はーい」
「せまっ! 膝が真っ直ぐにできねー!」
「何やら騒音が聞こえますが、出発しましょうか」
そしてしばらく走った先で、ヨッシーがこんな事を言い出します。
「なー、せっかくだしオープンしようぜ」
「こんな真冬に気は確かですか」
「このハンドルを引けばいいのかな」
「神谷すぁん!?」
知りませんよ、と言いながら、赤信号で止まっている間にシュウくんが開けてくれました。
「わあ、風が気持ちいい!」
「意外と寒くないでしょう、シートからも熱が出ているのですよ」
「ささささみー、つか、い、いてえー」
「まあ、後部座席にその機能はありませんが。ああしかし、いい天気ですね」
「うん、空がきれい」
色んな事があって、今もそれが続いているけれど、何も変わらない空がなんだかとても落ち着きます。
「あっ、風船が飛んでる」
「風船ですか? 真上ですかね、今は運転中ですので見れないですが、近くで何かやっているのかもしれませんね」
「さみーさみーさみー、あ、小便したら暖かくなるかも」
「海に沈めますよ」
「もう、ヨッシーはほんとに」
その時私の目に、風船が割れるのが見えました。
ただそれだけだったのに、なんだかとても悲しい気持ちになったのです。
それだけではありません。
誰かの声が、聞こえた気が……。
「……やさん、神谷さん? 目にゴミでも入りましたか?」
「えっ、あれ?」
どうしてでしょう、涙が出ていました。
「やはり閉めますね、街の空気は結構汚れていますし」
「あ、うん、ごめんねシュウちゃん」
「うっはー、た、助かったー」
「だから言ったじゃないですか、気は確かですかと」
「もっと説明してくれよ!」
「想像力を働かせて下さい。まあ、あなたにはそれが難しいのかもしれませんが」
「お前なぁー」
このふたりは相変わらずケンカばかり。
ケンカするほどなんとやら、とはよく言ったものです。
そして私たちは、少し大きめのスーパーにやって来ました。
「いいですか今野君、迷子になっても置いて帰りますからね」
「お、おー」
「あと、お菓子ばかりカゴに入れないようにお願いしますよ」
「俺は子供か」
「子供じゃん、ねえ好きなもの言ってみてよ」
「ああ? まー、そーだなー」
ハンバーグでしょ。
「ハンバーグだろ」
あとカレーとラーメン。
「あとカレーとラーメン」
それからチャーハン。
「それからチャーハン」
ほら、ね。やっぱり子供だ。
それに好きなものを聞かれると言わないくせに、本当はこれが一番好き。
「お、唐揚げじゃねーか、今晩それにしよーぜ」
ほら、ね。
「まったくあなたという人は。ちゃんと日持ちする物も選んで下さいよ、長期戦になる可能性もあるのですから」
「大丈夫だよシュウちゃん、そこは私が見ておくから」
「……あの、神谷さん」
「うんー?」
「『ちゃん』は、その、さすがに呼ばれて恥ずかしいのですが」
……あれ?
「あ、そっか。ごめんねシュウくん」
「いえいえ。まあ最も、その呼び方も充分くすぐったいのですが」
「へ、へへー」
私はどうして、この人をシュウくんではなく、シュウちゃんと呼んでいたのだろう。
私はどうして、ヨッシーが言ってもいない、本当の好物が分かったのだろう。
頭がふわふわする。
私はどうして、2018年に居るのだろう。