第12話
第12話
……七葉。
俺はどうして、そいつを探そうと思うのだろうか。
修平や神谷がいくら止めても、そうすべきだと思う気持ちが無くならない。
一晩眠った所で、消える事もない。
写真の隣に写っていたはずの人物。
俺と同級生だったはずの人物。
どうしてお前は、俺の頭の中にしか居ないんだ。
誰にも覚えられていないのか?
誰もお前が居た事を証明できないのか?
それって、まるで……。
「七葉も俺達と同じ様に、存在を消されているかもしれない」
俺はその考えを打ち明けた。
朝食を取るふたりの手が止まる。
「……それはまた、随分と思考が飛躍しましたね」
「単に印象が薄かったとかじゃないのかな」
「それならそれで、見つければ同級生に実験を行う事が出来る」
「あるいは、やはりそもそもその様な人物は居ない、と考えるべきかと」
「その場合、俺達にしか『居ない』事に気付けない」
「頭が痛くなりそうな理論ですね。本当に居なかった場合、僕達は永久に存在しない人物を探す羽目になります」
「なら1日でも良い、その可能性がわずかでもあるなら、それを見捨てたくない」
俺はテーブルに両手を突いて頭を下げた。
「頼む!」
「ヨッシー……」
「……期限を設ける、というのは良い事です。僕達にそんな余裕があるのかと考えれば疑問は残りますが、いいでしょう、確かにその可能性は0ではありませんし、もしそうだった場合無関係とも言えません、やりましょう」
「ああ。……神谷、お前はどう思う」
「……もうヨッシーは、止められないんだね」
「当たり前だ」
「ねえ、ヨッシー、約束をして。無理をしてボロボロになって欲しくないから」
「ああ、なんだ」
「今日中に七葉が見つからなかったら、その人を諦めてね」
「……分かった。でも、絶対に見つけてやる」
「……うん。ありがとう」
その後も神谷の口は小さく動いたが、言葉を聞き取る事はできなかった。
とにかくこれで、次にすべき事が決まった。
七葉を探し、実験を行う。
そして、俺達の存在を取り戻す。
「よっしゃ、飯食ったら行くぞ!」
「急かさないで下さい、まだコーヒーが熱くて飲めません」
「氷でも入れとけよ」
「薄くなるじゃないですか」
「そんだけ牛乳入れてたら一緒だろーが」
「一緒にしてもらっては困るッ」
「はーい、はーい、ケンカしないの」
* * * * *
行くぞ、と意気込んではみたものの、やはり手がかりが何も無くて途方に暮れる。
そもそも探すと言っても、それは右なのか、左なのか、正面なのか、後ろなのか、上なのか、下なのか……。
いや、上や下には居ないか。
とにかく七葉をどう探すか、まずはの探し方を探さないといけない。
……こんがらがってきた。
「手分けして探すのはどうかな」
そう提案するのは神谷だ。
「確かにそうですね、人海戦術とまではいきませんが、限られた時間の中ではそれぞれ役割を分担して探す方が良いかもしれません」
そして修平の考えた役割分担とはこうだった。
まず修平がパソコンを使ってネットから情報を探す。
神谷がこの街の近辺を聞き込みしながら探す。
そして俺は母校のあるG県に向かい、その近辺、可能であればこの写真の公園を見つけてそこも探す、と言ったものだ。
写真を撮ったのは修平だ、と口にしておきながら、その場所までは頭に入っていない。
足で探すしか無いという訳だ。
かなり広範囲に渡って別行動となるため、修平は携帯を用意して俺達に持たせた。
久しぶりに携帯を持った気がする。
「それは通話用ですから、くれぐれも移動中に変なサイトを見たりしない様にお願いしますよ」
「うるせーな、分かってるよ」
「では、おふたりの健闘を祈っています」
「ああ、お前もな。神谷も、また後でな」
「うん」
ふたりに背を向けて歩き出そうとしたその時、神谷が呼び止めてきた。
「ヨッシー!」
振り向くとすぐ近くに神谷が居て、まだ更に近づいてきて、近づいて、そのまま俺の胸に顔と両手をうずめてきた。
「お、おい何してんだ」
「お願い、しばらくこのままで居させて」
目のやり場に困って修平を見ると、明らかに視線を反らせて何事も無かったかのように去っていった。
「か、神谷……一体どうした、まだ調子が悪いのか」
「ううん」
「じゃー、なんでこんな事すんだよ」
「へへー、内緒」
「内緒って、お前なー……」
「ねえ、ヨッシー」
「なんだよ」
「……なんでもない。もう、大丈夫だから。私、頑張れるから」
神谷は顔を少しだけ離すと、俺を見上げて微笑んだ。
「いってらっしゃい、ヨッシー」
「ああ、いってくる」
――そして、
――………………。
* * * * *
七葉についての手がかりは、G県に着いた今も得られないままだった。
思い切って同級生の家を何軒か訪ねたものの、外出中か、もう住んでいないか、たまたま家に居ても俺の事が分からず門前払いだった。
その同級生に『実験』する事も考えたが、それは明日以降に回して、今日は七葉探しに専念する様に心がけた。
学校に行って先生に聞こうともしたが、卒業生と言っても通じるか分からず足がすくんだ。
そこでふと思いついて、修平に電話をかける。
「失念しておりました、確かに卒業アルバムを見れば同級生か分かりますね。少し待って下さい、確かここに……ありました」
そこから修平が喋らなくなる。
恐らく名前を調べているのだろう。
……しかし、この街に戻るのも久しぶりな気がする。
俺は何度か視界に入っては、それに目を背けてきた場所を、この待ち時間に見つめていた。
俺の、実家だ。
あそこのチャイムを鳴らせば、きっと母親が出てくる。
普段ならそんな事はしない。
黙って玄関を開けても、迎え入れてくれるだろう。
でも今は、そのどちらも出来ない。
「七葉さんの名前は、ありませんね」
耳に押し当てた携帯から、調べた結果が届けられた。
「……そうか。少なくとも、『忘れている』ではないという事だな」
「ええ、あなたの名前も無い事から、残るは元から『居ない』か、『消されている』かです」
「分かった、他に進展はあるか」
「まだ、こちらは何も。そちらはどうですか」
「俺もだ」
「……しかし、あまりこういう事を言いたくはないのですが、やはり吊り橋効果という物なのでしょうかね」
「何の話だ?」
「神谷さんですよ。同じ恐怖を体験しているからこそ、それを分かち合えるのもまた、あなた達はお互いだけですから」
「ああ、そうだな。あいつに散々言われてるけど、あいつこそまだ子供だ。不安にもなるし、大人に甘えたくもなるだろ。早く、解決しねーとな」
「もちろんです。ただくれぐれも、変な気は起こさないで下さい」
「起こさねーっつの」
「……最も、それが変でなければ、僕は構わないと思いますけどね」
「何の話だよ」
「さあ、何の話でしょう。作業の手が止まりますので、切りますよ」
「おい、お……もしもーし?」
一方的に切りやがった。
本当に修平の奴、何の話をしているんだか。
こんな気持ち、子供相手に持っていいはずないだろうに。
……少し、方向転換する事にしよう。
写真の公園を探す。
高校生の俺が写っているのなら、この近くにある可能性は高い。
俺は聞き込みをしながら、公園を探した。
* * * * *
そこは川沿いに造られた、わりと大きな公園だった。
良く晴れた今日みたいな日には、土手に上がると風が髪をなでて気持ちが良い。
写真の背景と目の前の景色を見比べながら、その場所を探して歩いた。
特徴的な形の木。
そびえ立つタワーの見え方。
点々と並べられたベンチ。
間違いない、この場所だ。
そこに七葉が居る……と言う事は、さすがに無かった。
何年もここに立っていたら、それはそれで恐ろしい。
辺りを見渡しても、得られそうな情報は無かった。
やはり空振りか、そう思っていた時、視界に入ったある物に目が止まる。
……どうしてあいつがここに居る。
人違いか?
たまたま、同じ格好をしているだけか?
こっちに来る。
一歩一歩、ゆっくり距離を縮めてくる。
顔は見えない。
距離があるからじゃない。
もうそれは見えてもおかしくない程に近い。
でも見えない。
灰色のフードを深く、被っているから。
後藤に会いに行ったあの日、写真を破り取って行った、あいつだ、あいつが居る。
「テメェ、なんでここに居る、スリ野郎!」
問いかけても、答えては来ない。
黙って距離を縮めてくる。
もうすぐ手が届きそうだ。
まずい、右手に写真を持っている。
隠さないと。
……いや、違う、写真なんてわざわざ盗むだろうか。
あの時は、財布と間違われたと思っていた。
財布じゃなかったから、腹を立ててここまで追ってきたとでも言うのか。
なんなんだ、こいつの目的は、一体なんなんだ。
「黙ってねーで、答えろ!」
それにも答えず、俺の目を見ることもせず、そいつは右腕を伸ばしてきた。
それを力いっぱい払い除ける。
……軽い、手応えがあまりない。
懲りずにまだ腕を向けてくるから、俺はそれを左手でつかんで持ち上げた。
とても細い腕だった。
そいつはまだ諦めない。
もう片方の手を、俺の右手めがけて走らせる。
俺は親指と人差し指だけで写真をつまみ、残った指でそいつの腕を処理した。
それで事足りる程、非力だった。
「ぐうぅぅぅ!」
初めて声を上げる。
初めて顔を上げる。
初めて俺の目を見る。
そしてお前は体の全てを使い、飛びかかってきた。
俺は天を仰いだ。
青い空を見つめて、そのまま地面に頭を落とした。
薄れていく意識の中、声が聞こえる。
「……ごめんね」
どうして、謝るんだ。
どうして、お前がここに居るんだ。
どうして、こんな事をするんだ。
「ごめんね、ヨッシー」
どうして、泣いているんだ。
神谷。
* * * * *
最初に感じたのは、後頭部の痛みだった。
次に、目に飛び込む太陽の眩しさ。
空の青さ。
流れる雲の穏やかさ。
吹き抜ける風の音。
体の芯まで響く寒さ。
左の太ももに感じる振動。
そして、心が落ち着く様な、むしろ騒がしくなる様な、そんな香りだった。
「いっつつ……」
意識がはっきりしてくると、執拗な振動が携帯によるものだと分かった。
それを取り出そうとして顔を動かした時、視界にある色が飛び込んできた。
――ねね、色違いのおそろい。私のはピンク。
そうだ、これは神谷のダウンジャケットだ。
俺の頭の後ろにしかれている。
香りの正体はこれだった。
俺は体を起こして、携帯を手にした。
そしてボタンを押した瞬間、修平の声が耳に響いてくる。
「やっと出ましたね。一体何をしているのですか、ずっと電話にも出ずに」
俺は修平の問いに答えず、ぼんやりとつぶやく。
「神谷だった」
「なにがですか、良樹君、僕は今まで何をしていたのかと聞いているのですよ」
「ゲーセンに、居た、スリ」
「良樹君?」
「神谷だった」
「……いや、まさかそんなはずは。何を根拠にそう言っているのですか」
「根拠も、何も、今、目の前に居た。目の前に、居て、俺を、襲ってきて、それで」
「……それで?」
右の手のひらを見ながら言葉を続ける。
「写真を、奪っていった」
「状況がつかめません。襲ってきた……あの神谷さんが、そんな、いえ、まずあなたは無事なのですか」
「ああ、頭を打った」
後頭部に触れてから、もう一度手のひらを見る。
「血は、出てない。気を、失っただけだ」
「場所を教えて下さい、迎えに行きます。その後病院に行きましょう」
「病院は、ダメだ。俺は、身分を証明できない。それより、神谷を、探さないと」
「素人判断をしないで下さい。まずは病院へ行って、それからでも」
「ダメだ、神谷を探す」
「何があったのか分かりませんが、本当に襲われたのなら、それで怒る気持ちも分かります。でも、今はあなた自身を」
「俺の事はどうでもいい! 怒ってるんじゃねー、あいつは、あいつは泣いていた。泣きながら、こんな事をした。何か理由があるはずだ」
その理由を聞くまで、怒るはずがないだろう。
でもその理由が、俺の納得できないものなら。
俺はお前を、力ずくでも止める。
なあ、神谷。
その写真は俺達を救うものだ。
お前を救うものだ。
お前を救う邪魔は、お前にもさせたりしない。
それがどんな理由でも。




