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第11話

   第11話




「この写真を僕が撮った……ですか」

 俺達は後藤に別れを告げた後、修平の家に帰るべく電車に乗っていた。

 窓から見える景色に光は少なく、トンネルの中を走っているのかとたまに見間違う。

 写真を撮ったのは修平だ。

「どうしてそう思ったのか、俺にもわかんねー……。急にそう、思った」

「自分が取った覚えの無い行動の産物を、こうして触れているのかと思うとさすがに気味が悪いですね」

「やっぱ信じねーよな」

「そうは言っていません。あなた自身がその言葉に根拠を持てない様に、この写真を僕が撮ったという根拠も無いだけです。ですが、確かな事もあります」

「そーだな」

 確かな事、それは写真の影が形を変え、顔が識別できるまでになった事。

 その影の人物が、高校時代の俺である事だ。

 あの時後藤が笑い、俺達を再び友と呼んだ時、俺は激しい頭痛に襲われた。

 そして写真を取り出して、形を変えていく影を見ながらこう口にしていた。

「七葉、か」

「やはり分からないのですか、それがどこの誰なのかは」

「ああ、分からねー。けど、俺の隣に写っていた……そんな気がする」

 修平が小さくため息をつく。

「本当に探すのですか、その人を」

「もちろんだ」

 分からない事ばかりだった。

 どうしてこの写真に俺が写っているのか。

 どうして修平が撮ったと思ったのか。

 どうして俺は、七葉という名前を口にしたのか。

 だからこそ、その人物を見つければ、答えが分かる気がした。

 そしてその七葉に『実験』をする事で、この現象はもしかしたら。

「全てが解決するかもしれない」

「それは少々、短絡的過ぎます。それに、突然あなたの頭に浮かんだという情報だけで動き回るのは危険です」

「でも他に、何か手はあるのか」

「ええ、あります。次の同級生に会い、また実験をする事です」

「だからその同級生が、七葉なんだろうが」

「七葉……さん、恐らく女性の名前でしょうか。でも僕はその人を知りません、どうして同級生だと言い切れるのですか」

「……そんな気がする」

「話になりませんね」

 同級生だった気がする。

 すぐそばに、居た気がする。

 これは俺の、ただの妄想なのだろうか。

「……ですが」

 修平がメガネを押し上げて言う。

「最初から全てを否定しては、大事な情報を見落とす事もあります。まずは確認だけでも、してみる価値はあるかもしれませんね」

「修平……、ありがとな。でもどーやって確認すんだ」

「女性の事は、女性に聞いてみましょう」

「女性?」

「僕のハニーです」

 ハァニィーイイイ!?

 

 * * * * *

 

 喫茶店のドアベルを鳴らしながら入って来た『ハニー』は、少し店内を見渡して俺達を見つけると、勢い良くこちらに歩いてくる。

 そして俺の隣で立ち止まると、冷たい目で見下ろしながらこう言った。

「そこ、アタシの場所」

 有無を言わさぬ圧力で強制的に立たされた俺は、仕方なく隣り合うふたりの向かいに腰を下ろした。

「悪いな木村、急に呼び出したりして」

「はぁ? アンタに呼ばれて来たんじゃないし」

「すみません、朱音さん。お仕事の方は大丈夫でしたか?」

「もおー、そんな事気にしなくていいわよ」

「……ほー、随分俺とは態度が違うな、修平のハニーさんは」

「やだっ、人前でハニーなんて呼んだの?」

「ダメですか? マイハニー」

「ダ、ダメって訳じゃ……嬉しいし」

 何を見せられているのだろうか、俺は。

 とりあえずヒューヒューと言っておこう。

 ……タバコの箱を投げつけられた。

 それを拾って木村に返すと、中から1本取り出して火を点け、煙を吹きながら言った。

「それで、アタシに聞きたい事って何よ」

「七葉さん、という方を知っていますか?」

「誰よ、うちの店の子?」

「いえ、僕達の同級生にそういった名前の人が居なかったかと思いまして」

「七葉……。『何』、七葉?」

「苗字の方は、その……」

「俺達も、分かんねーんだ」

「何よそれ、バカみたい」

 木村はそれから顔をそむけて煙を吹き、灰皿をタバコで軽く叩いた。

 それを3回ほど繰り返した辺りで、ようやく煙以外の物を口から出す。

「……知らない」

「本当かよ。木村、良く思い出したのか?」

「うるさいなー。アタシだって別に、女子の名前を全員覚えてる訳じゃないから」

「そうですよね。……やはり有力な手がかりにはなりそうにありませんか」

「丹羽、アンタまだこの男と何かしてる訳?」

「ええ、そうです」

「いつまでやるのよ」

「全てが解決するまでです」

 改めて修平の口からそう聞くと、こいつが俺達の味方なのだと感じて胸が熱くなる。

「……そう、分かったわ。あの女も一緒なの?」

「ええ、今日もまた別行動ですが」

「ふうん。丹羽がそう言うなら、アタシも止めたりしない。でも、勝手に人の携帯教えたりするのはやめて」

「何の話ですか?」

「今日あの子かけてきたじゃない」

「……僕は神谷さんに、教えたりはしていませんよ」

「じゃあなんでアタシの番号知ってるのよ。しかもお店のじゃなく、プライベートの方なのに」

 木村の番号と言うのなら、俺も知っている。

 いや、木村というよりは、むしろ『マイ』の番号と言った方が正しい。

 渡された名刺にはっきりと書かれている。

 こういった仕事をする人は、客と連絡を取り合ういわば営業用の電話と、個人のプライベートの電話を使い分けている。

 そのプライベートの方は、俺も知らないし、ましてや神谷が知っているはずもない。

「神谷はなんて電話してきたんだ?」

「アンタらが頼んだんじゃないの」

「俺達が頼んだ? 修平、神谷に何か頼んだのか?」

「いえ、僕は何も」

 ……何かがおかしい。

「木村、詳しく教えてくれねーか」

「詳しくも何も、アンタらがあの後藤の連絡先忘れて道に迷ったからって、アタシにまた聞いてきたんじゃない」

 どういう事だ。

 俺達は迷うこと無く、後藤の家まで真っ直ぐに向かった。

 それなのにどうして。

 神谷、これは一体、どういう事だ。

 

 * * * * *

 

「ちょっと体調が良くなったから、私もふたりの所に行こうかなーって思っただけだよ」

 修平の家の玄関を開け、神谷を見つけて問いただすと、そんな言葉が返ってきた。

「普通に聞いても教えてくれないかなって思って、ふたりが迷子になった事にしちゃった」

「しちゃった、ってお前……」

「ごめんね、ヨッシー」

「いや、別にそれはもういい。つかお前昨日も体調良くなかったろ、おとなしくしてなきゃダメだろーが」

「うん、ごめんね。少し動いたらやっぱりふわふわしたから、ちゃんと帰って寝てたよ」

「ならいいけど、あんま無理すんなよ。あと、なんで木村の携帯なんて知ってたんだ」

「ふっふーん、女の子の洞察力を甘く見るでないぞ。朱音ちゃん、お店の中で携帯使ってたし、その時たまたま見えたの」

「携帯の番号がか?」

「そうだよ。私、記憶力良い方だから。それより座ろうよ、今日のお話聞かせて欲しいな」

「あ、ああ……分かった」

 たまたま見えた、……そんな事ありえるのだろうか。

 だがそう言い切られている以上、わざわざ言及する程の事でもないし、俺はおとなしく引き下がった。

 それから修平の部屋で各々腰を落ち着かせ、俺は今日あった事を神谷に話した。

 写真を見せながら、実験の成功を告げる。

「すごいねヨッシー、また成功したんだね」

「いや、修平が居たからこそだ」

「そう言って頂けると嬉しいのですが、やはり良樹君自身の行動の成果だと僕は思いますよ」

「そんな事ねーだろ」

「いえ、僕はあなたに、諦めるかと聞きました。それは半ば、僕が諦めかけていたから出た言葉です。でもあなたの耳は、目は、そんな戯言に屈しませんでした」

「やめろやめろ、くすぐってーな」

 修平の柄にもない褒め殺しに困り果てて、俺は何気なく視線を神谷に逃した。

 それに気づいた神谷は微笑んでくれたが、どうしてだろう、少し寂しそうにも見える。

 気のせい、だろうか。

「ヨッシー」

 神谷の口が動いて、俺の名を呼んでいる。

「これから、どうするの?」

「あ、ああ。俺達は次に、七葉という同級生を探す。そしてそいつに、実験を行う」

「それは違いますよ。先程も言いましたが、不確定な情報で動くのは危険です。そもそも」

「ねえ」

 修平の言葉を神谷が遮った。

「その人、誰?」

「……それを今言いかけたのですが、分からないのですよ。良樹君は同級生だと言い張りますが、朱音さんも知りませんでしたし」

「そっか」

 やはり神谷の様子がおかしい。

 苦しそうな顔をしている。

 まだ、調子が良くないのだろうか。

 それを聞こうとしたが、当の神谷の言葉が先に出てしまった。

「ねえ、ヨッシーはその人の事、知ってるの?」

「いや、なんとなく同級生に居た気がするが、それこそ修平の言う通り根拠は……ない」

「そうなんだね」

「神谷さんからも言ってもらえませんか。そのようなあやふやな情報では、実験を続けられないと」

「うん。ヨッシーの気のせいかもしれないよ、そしたら居ない人を探す事になっちゃう。ね、時間は大事にしなくっちゃ」

「そうです、そうです、まさにその通りです」

「ちきしょー、2対1かよ……。でも、写真に写ってたんだ、気になるだろーが」

「写真?」

「ああ、俺の隣にその七葉ってのが居たんだ」

「……ヨッシーの目で、ちゃんと見たの? この写真、半分になっちゃってるよ」

「いや、見てねーけど……確かに居た気がするんだ」

「後藤君の家に行ってから、ずっとこの調子なのですよ」

「うーん、ぬぬぬ」

 神谷が写真を見つめながら変な声を出していたが、ふと俺の方を見てくる。

 ……良かった、やっぱり気のせいだったようだ。

 いつもの神谷の顔が目に映る。

「ヨッシーは疲れてるのかもしれないね。すごく、すごく、頑張ってたから。少し、休んだ方がいいんじゃないかな」

「それは言えているかもしれませんね」

「疲れてねー……って言いたいけど、昨日寝てないんだったな。確かに、そうかもしれない」

「無理を通せば良い案が浮かぶと言う訳でもありません、今日はこのくらいにして、休むとしましょうか」

「そーだな、そうするか」

「賛っ成ー」

 神谷はそう言って立ち上がり、俺に右手を伸ばしてきた。

 それを俺の頭にそっと乗せる。

「ヨッシー、頑張ったね、お疲れ様」

 優しい、声がした。

 こいつは本当に、いつもいつも、俺を子供扱いしやがって。

 手を払い除けようかと思った。

 でも、しなかった。

 どうしてだろう。

 ずっと、これを待っていた気がする。

 ……やっぱり俺は、子供なんだな。

「ありがとな」

「うん、こちらこそ」

 俺も左手を上げた。

 払い除けるためじゃない。

 神谷の手に、俺の手を重ねるために。

「待ってろ、神谷」

「うん? どうしたの」

「この実験が全て成功したら、きっと、なにもかもが終わる」

「……うん、そうだね」

「俺達を苦しめるこの現象を、必ず取り除いてやる」

「……うん」

「俺はずっとお前に救われてきた」

「私もだよ」

「俺が? バカ言うなよ、まだお前に何もしてやれてないだろ」

「ううん、そんなことないよ」

「いいや、まだだ。今はこの実験しか無い、でも必ず、お前の事も、救ってみせる」

「私……を?」

「そうだ。この実験でお前も救われると信じて進める。もしそうならなくても、俺だけ先に解決してしまっても、俺は絶対にお前を救ってみせる。ふたり揃って、解決して、そこでようやく全てが終わったと言える様に」

「……でも、そうなったらヨッシーは、私の事、忘れちゃうかもしれないよ」

「そんな事には絶対にさせない。例えお前が自分を忘れても、俺が絶対に覚えている」

 神谷の手が頭から離れた。

 そして俺の背中に、柔らかい風が吹く。

 神谷の両腕が、俺の肩の上を通る。

「ヨッシー」

 神谷の声が、すぐそばで聞こえる。

「キミは、ここに居るんだね」

 ここからでは神谷の表情が分からない。

 だから俺はいっそ、目を閉じて答えた。

「ああ。俺は、ここに居る」

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