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第10話

   第10話




「緊急作戦会議だ!」

 後藤を家の中へと強引に押し込み、俺達は外に残って作戦を立てる事にした。

「どうする修平、何も覚えてないと来たぞ。これも世界に起きた現象のせいか?」

「今の時点ではまだ何とも言えません。……少なくとも僕に、女装の趣味などないッ!」

「それはどうでもいいし、別にお前の趣味に今更引いたりしねーよ」

「近い趣味がある様な言い方をしないでもらいたいッ。……しかし、僕の事すら覚えていないとは、これは少し予定が狂いますね」

 そう、俺達には事前に練った作戦がある。

 この実験の肝は同級生に俺という『存在』を証明する事にあるが、修平も木村も俺を覚えていない事で苦戦を強いられてきた。

 だがここへ来て全面協力の姿勢を見せる修平が、まずはその修平と後藤の関係を証明し、その後に修平が俺の関係を証明、結果俺という存在が証明されるという方程式を立てた。

 これで実験の効率が飛躍的に上がる予定だった。

 まさかいきなり、出鼻をくじかれる羽目になるとは。

「それにしても、僕を覚えていない、ですか。こちらが覚えている相手が、そのこちらを覚えていないというのは、さすがに寂しいと言いますか、少し胸にくるものがありますね」

「ああ、まーな」

「良樹君、あなたはずっとこれを繰り返してきたのですね」

「今は感傷に浸ってる場合じゃねーぞ」

「ええ、確かにそうですね」

「……こうなったら、当たって砕けろだ」

 後藤の家の玄関を勢い良く開けた。

 幸い鍵はかけられて居なかった。

 中でくつろぐ後藤に向かって叫ぶ。

「俺はお前の友達だ!」

「そうなんだあ」

「俺達はエロ本を交換して仲良くなった!」

「すごいなあ」

「以上!」

 すかさず写真を確認する。

 変化なし。

「作戦会議続行、じゃーな!」

 玄関を閉めた。

「ダメだった」

「……あなたはアホですか」

「なんでだよ、お前にやった事と同じだぞ、これでお前には証明できたじゃねーか」

「あれで、ですか? ……思い返してみれば、そのような気がしないでもないですが」

 修平は額に指を押し当てながら、伏し目がちになってため息を漏らした。

「いいですか良樹君、勢いだけで全てが解決すると思ったら大間違いです。事前の作戦が破れたのなら、新たな作戦をしっかりと練らなければなりません」

「おお、すまん。……でも、どーするよ」

「そうですね、まずは過去の成功例を今一度見直しましょう。あなたはどうやって、僕や朱音さんに自分を証明したのですか」

「どーやって、って言われてもなー。お前の場合はケンカ別れした事を持ちかけたし、木村の時はお前らが付き合わない事だ」

「共通点があるとすれば……あなたが僕達にどう関わっていたか、と言った所でしょうか。そこに気づくきかっけとなったのは?」

「これと言って……いや、違うか。神谷のお陰だ」

「神谷さん、ですか」

 そうだ。

 木村の時も神谷の言葉がきっかけだし、思えば修平の時だってあいつに言われて過去のケンカを振り返った。

 何度もあいつに、救われてきていたんだ。

「彼女はあなた達詐欺グループのブレインですしね」

「まだ言うのかよ」

「冗談ですよ。しかし確かに彼女がここに居れば、何か違っていたのかもしれませんね」

「そーだな。でも今あいつは弱ってるし、いつまでも頼りっぱなしじゃ大人の面目丸つぶれだろうが」

「あなたに潰れる程の面目があるのか疑問ではありますが、言っている事は間違っていません。僕らだけでも、実験を成功させましょう」

「ああ、もちろんだ」

 こうして俺と修平は、人の家の前で作戦会議をするという迷惑行為を続けた。

 

 * * * * *

 

 新たな作戦を発表する。

 その名も、『よく分かんないから本人に直接聞いてみよう作戦』だ……!

 という訳で俺達は今、後藤の家に上がらせてもらい、温かい茶でもてなされている。

 小さい丸テーブルを大人3人で囲い、俺から見て左に修平、右に後藤が座った。

 『よく分かんない』というのは、後藤の状態についてだ。

 俺達が今まで体験してきた現象は、俺と神谷の存在が世界から消えている、というものだった。

 しかし後藤の場合は、修平の事や、そもそも学校の事すら覚えていないという。

 これが俺達に起きている現象によるものなのか、そうではないのかで、この実験の対象としてふさわしいかが変わる。

 まずはそこを本人に直接確かめる、それがこの作戦という訳だ。

「後藤君、先程軽く自己紹介させてもらいましたが、僕の名前を覚えていますでしょうか」

 これは修平が考えたものだ。

 そもそも後藤は、物覚えが極端に悪いのではないか、という疑問があった。

「君はあ、丹羽君だよねえ」

「ええ、そうです。ありがとうございます」

 どうやら記憶力はあるらしい。

 次は俺の番だ。

「なあ後藤、高校2年になる前に転校したけど、どこの学校へ行ったんだ」

 これは俺に関係している事だから覚えてないのか、という確認だ。

「そおだなあ、確か、外国の学校に行ったんだなあ」

「そーなのか、すげーな。どこの国だよ」

「夢の国だったよおなあ」

「……つまり、覚えてないって事でいいんだな」

「覚えてないんだなあ」

 俺と関わった時期以外でも覚えていない。

 やはり、俺達に起きている現象とは関係ないのだろうか。

 そうなると、これ以上後藤で実験しても意味がない。

 修平に目で合図を送ると、首を横に振って答えた。

 まだ確認しておくことがある。

 俺はそれを、後藤に聞いた。

「後藤、どうして覚えていないのか、心当たりはあるか」

 修平が作戦会議でこれを聞けと言った時、俺は意味がないと反発した。

 じゃあ修平は、どうして俺を忘れたのか答えられるのか、と考えてしまうからだ。

 それが分かるのなら、苦労はしない。

 でも修平は、聞いてみなければ分からないと言った。

 そして後藤の口が開いた。

 分からない、もしくはそれこそ、覚えてない、そう言うと思っていた。

「だあって、どおせ君達だってオイラのこと、忘れるだろお、お互い様だよお」

 ……なんだって?

「いや、こうして覚えてるじゃねーか」

「うそだあ、君達だって、適当に言ってるに決まってるよお。オイラはあ、君達と同じ事を、しているだけだあ」

「適当ではありません、僕達は確かに同級生で、そして良樹君によると、僕達は忘れてしまっていますが友達です」

「オイラより適当がひどいんだなあ」

「良樹君、間違いありませんよね。僕達はその……エロ本を交換して、お互いの趣味の酷さを笑いあって、仲良くなったと」

「ああ、そうだ。修平は熟女、俺は貧乳、そして後藤はオネショタだ。お前がでけーから、小さい男の子が大きいお姉さんに色々されてるのが、たまんねーと」

「おわあ、おどろいたなあ。適当も、数を打てば当たるんだよねえ」

 ダメだ、過去の記憶を頼りに真実を言っても、たまたま当たったと判断される。

 だがここまでの会話で分かった。

 こいつは何かの現象で忘れているんじゃない、自分の意思で忘れている。

 それもなぜか、俺達のせいで。

 俺達は何かしたのか、こいつがこうなってしまうような、何か、ひどい事を。

 高校の頃の後藤を思い出しても、楽しく遊んだ記憶しか浮かんでこない。

 分からない、俺はどうしたらいいんだ。

 ……神谷。

 ――よく見て。

 ――理解して。

 ――そして証明するの、ヨッシーがそこに居て何ができるのか。

「良樹君」

 修平が小声で語りかけてくる。

「……諦める、という選択肢もあります」

 諦める?

「お前はそれでいいのか、修平。俺達の言ってる事が、俺達の友情が適当だと言われてんだぞ」

「……いいえ。僕も、まだ引き下がるつもりはありません」

「だったら決まってんだろ」

「ええ、そうですね」

 俺は立ち上がり、後藤を見下ろす。

 そして深く息を吸い込んで、一気に解き放った。

「後藤! 適当な事ばっか言ってると、ぶっ飛ばずぞテメェ!」

「おわあ、どおしたんだよお急にい」

「俺と同じ事してるだと、俺がいつお前を忘れたァ!」

「そんなの知らないよお。でも君達はオイラを忘れてるよお、忘れてたじゃないかあ」

 ――よく見て。

「その『君』って誰だ! 俺じゃねーぞ!」

「ううん、君かもしれないしい、違うかもしれないなあ。僕が小学生の頃、最初に友達になった子だよお。ずっと、友達だって言ってたのにい」

 ――理解して。

「引っ越した後、メールを送ったらあ、オイラのことお、あの小さい子だよねえって。オイラが小さい子お? 適当なんだからあ」

 ――そして証明するの。

「オイラのことなんて、誰も覚えてないんだあ。だからオイラもお、ぜえんぶ覚えてないんだあ」

 ――ヨッシーがそこに居て。

「お前はそうやって、誰かに忘れられる前に、自分で自分を忘れたのか?」

「そおだよお、誰にも覚えてもらえないオイラなんてえ、覚えてても仕方ないじゃないかあ」

 ――何ができるのか。

「……お前と遊んだ記憶のどれを探っても、お前は今みたいにずっと笑っていた。お前は調子のいい奴で、思えばあの頃から適当な事ばかり言ってたな」

「そおなのかあい、その子は変な子だったんだねえ」

「でもな、俺は知ってるぞ。お前がその細い目をひん剥いて、不良に絡まれてるどこの誰かも知らねー奴を助けに行った事。俺と修平も加勢したな。報復が怖くて、後になってしばらく震えてた」

 俺は片膝をついて右腕を伸ばし、後藤の胸に拳を押し当てた。

「どうしてあんな無茶をしたのか聞いたら、お前は理由なんて無いって言ったな。適当に言ってるのかと思ったけど、そうじゃない、本当に理由なんて無かったんだ。かっけーな、って思った」

 拳に力を込める。

「俺はお前の、適当じゃない部分を知っている。今もここに、ちゃんとあるんじゃないのか」

 ……なあ、神谷。

 俺の胸にあるこの言葉は、きっとお前からもらった言葉だ。

 それを今、俺は、友達のために使うよ。

「お前が自分を忘れても、俺がお前を覚えている。お前がここに居ると、俺が証明してやる」

「……君が貧乳好きでえ、君が熟女好きかあ」

「笑えるだろ」

 後藤は笑った。

 笑いながら、言った。

「オイラは、おっかしな友達が、居たんだなあ」


 * * * * *


 ――君達は3人組じゃなかったかなあ。

 『君』達?

 『俺』達じゃないのか?

 俺達は、高校時代と言えば、……と修平とで良く遊んでいた。

 何をするにも……人で一緒に居た気がする。

 そこへ木村が歩いてくる。

「アンタ達いつも一緒ね」

「なんだよ木村、……に修平が取られるって妬いてんのか」

「バ、バカじゃないの」

「………………」

「全く何を言い出すかと思えば。……さんは良樹君しか見ていないでしょう。あと僕と朱音さんは幼馴染ですが、そういった関係ではありませんよ」

「そうよ、家族みたいなものなんだからね」

「家族ぅー? もう付き合っちまえよ」

 ……そう、俺達はこのふたりが付き合えば良いと思っていた。

「そう言うあなた達こそ、どうなのですか」

 俺達?

 俺達とは、一体、誰のことだ。

「うぁぁああああ!」

「良樹君、どうしましたか、大丈夫ですか!?」

 そうだ、写真。

 写真を見れば分かる。

「影が……でもこれは、これは」

 何驚いた顔してんだ、修平。

 これはお前が撮った写真じゃないか。

 ――君達は3人組じゃなかったかなあ。

 そう、俺達はいつも一緒だった。

 何をするにも3人で一緒に居た気がする。

 あの日も3人で公園に行った。

 3人。

 写真を撮った、修平。

 2人。

 写真に写った、俺。

 1人。

 ――そう言うあなた達こそ。

 あとひとりは。

 ――………………。

 俺の隣に、写っていた。

 ――俺のせいだ!

 ――あなたは悪くない。

 お前は。

「……七葉」

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