灯幻鏡 第五話「クラス内対抗戦」
残り二日間、零達はチーム戦練習をして過ごした。
流石に上出来とは言えないが、ある程度は、これでカバーはできると言うところまで持ち込めた。
故に、明日に備えるようにと、零が指示を出す。
ゆっくり休む事を優先して、いつも立ち寄るカフェにも寄らずに、颯爽と最終日は帰るのだった。
チーム戦、当日。
担任・時雨がルール説明を行う。
「では、今日から皆さんには、チーム戦を行って貰います。フィールドは、何がくるかは、その時にならないと分かりません。また、武器の使用制限はありませんので、いくつ持っても大丈夫です。チーム内での交代は、戦闘中でも可能です。ですが、結晶石と魔法石がないと行う事はできません。また、結晶石が壊れた相手との交代も不可です。この魔法石は、五名以上のチームに三個渡しておきます。結晶石は首に着けて下さい。また、今回は詠唱魔法の使用も可能です。ですが、直撃技は禁止とします」
詠唱魔法は、通常魔法よりも威力が高い。
故に、ここのシステムを使っても、何人かは怪我をすることが多いのだ。
担任・時雨は、リーダーに結晶石と魔法石、そして数字の入った腕章を渡す。
「各リーダーは、以前チーム編成を申請した際に渡した腕章を必ず着けて下さい。また、こちらの番号の入った腕章も、必ず着けて下さいね。勝利条件は、四人全員の結晶石を奪うか、もしくは腕章を着けているリーダーの結晶石を奪う事です。無論、結晶石を壊す事も、奪うと言う一つの行為とします」
チームごとに別れての移動が始まる。
零達が体育館に来ると、零の端末が鳴る。
端末には、「四番VS八番」と書かれている。
「私達の相手は、八番だ」
零は、斜め後ろにいる四人チームを見る。
「人数編成としては、私達と一緒だ。だが、油断はするな」
零は小声で、彼らに作戦を伝える。
「マジかよ、リーダー……。上手く乗ってくれるか?」
「その時は、その時だ。準備が整い次第、配置に着け」
急いで彼らは準備する。
彼らにとっては、初めてのこと。
そして、初の試みなのだ。
気負い過ぎても、意味がない。
審判は、担任の柊時雨だった。
審判が端末に触れ、フィールドが決まる。
岩のフィールドだ。
大小様々な岩が立ち並ぶ。
時にそれは崖となり、身を守る外壁にもなる。
だが、逆を言えば、角度によっては丸見えとなる不利の状態を作り出してしまう。
審判が、「始め!」と言う合図と共に、ブザーが鳴り響く。
零は、岩のフィールドの中央にいた。
そこは広く、敵にも丸見えだ。零は何も持たず、ただ立って居た。
これを、それなりに戦い慣れしている者なら警戒しただろう。
だが、彼らはまだ学生。
このチャンスを逃す手はないと、警戒はしていなかった。
だからこそ、それを見た敵のリーダーは、
「馬鹿な奴。あんな所で、丸腰なんて。周りには?」
「誰も居ません!」
ライフルの望遠鏡で、周りを探っていた一人が言う。
辺りの岩には、誰も見当たらない。
「よし、三方向から仕掛けるぞ!俺達が、配置に着いたら撃て。それを合図に、仕掛けるぞ」
「「「了解!!」」」
このチームリーダーは、トンファー使い。
ライフルタイプの銃使いが一人、短剣ナイフ使いが二人だ。
彼らは、近距離攻撃を主にしたチーム構成となっていた。
それぞれ配置に着いたのを確認し、ライフル使いは、零に向かって撃つ。
それを合図に、三人が突撃する。
零は冷静だった。
自分に向かって来る弾丸を横に避け、襲い掛かって来る相手を見る。
短剣使いが、すぐ傍まで来ていた。
だが、彼らはすぐに避けた。
短剣使いの中央に、弾丸が飛んで来たからだ。
月乃の放った弾丸は、相手の一人の首についている結晶石を壊した。
それを確認し、月乃は移動を始める。
零も、その隙を見逃さない。
動揺が走ったもう一人の短剣使いも、零が投げ飛ばして結晶石を奪う。
ここに居る全員の耳には、連絡用の端末が付いている。
トンファー使いのリーダーは焦り、零から距離を開ける。
「おい!相手リーダーの結晶石を狙え!」
と、ライフル使いに連絡を入れる。
が、返事がない。
そのライフル使いは、すでに真琴の手によって、結晶石を奪われていた。
と言うのも、零に向かって弾丸が打たれた時には、真琴はすでに動いていたのだ。
弾丸が撃たれた方向から、場所はある程度の特定できるからだ。
これですぐに移動されていれば、もう少し時間がかかっただろう。
だが、相手のライフル使いは、その場にとどまり、零を狙っていたのだ。
そして、その相手リーダーの所には……
「隙ありだぜ!」
桃夜が、背後から短剣を振って、突っ込む。
彼の足は、風魔法の効果によって、いつも以上に速い。
相手リーダーへの不意の攻撃。
咄嗟に防御態勢を取るが、それは桃夜のフェイク。
相手リーダーの前に、足をしっかり踏み込み、体勢を低くして蹴りを入れる。
宙に少し浮く相手リーダーの結晶石ごと、思いっきり叩き付ける。
トンファー使いのリーダーは、桃夜によって結晶石を壊された。
それと同時に、ブザーが鳴り響く。
「そこまで!勝者、四番!」
審判の判定が出て、フィールドが解除される。
相手チームは、悔しそうに出て行く。
「よっしゃー、勝ったぜ!」
と、桃夜が喜びを上げる。
そして零を見て、
「で、リーダー。この後、どうするんだ?」
「お前達は、先に昼食を買いに行って来い。私は、次の対戦相手を見て来る」
零は、すでに歩き出していた。
真琴達も、昼食を買いに向かった。
零達の次の対戦相手になる者達は、まだ戦っていた。
『六人チーム対六人チームか。どちらも近中使いか』
戦い方と武器を見て、零は分析する。
この手の対抗戦は、戦闘を早く終わらせた方が優位となる。
勝っても、負けても、早く終わる事で、次の対戦相手の作戦や武器、チーム編成などが見る事ができるのだ。
零は、彼らの戦いを見続ける。
その戦い方にも、ちゃんと作戦が行き届いているのが見て解る。
戦いは終盤を迎え、両チームのリーダー対決となった。
零は、動き一つ一つを真剣に見る。
動きも早く、魔術もそれなりに使えるリーダー同士。
一番の腕章を着けたリーダーが、六番の腕章を着けたリーダーの魔法石を壊す。
これで勝敗が決した。
「そこまで!勝者、一番!」
と、ブザーと審判の判定が出る。
その瞬間、零の端末がなる。
端末には「一番VS四番」と書かれていた。
零は中庭へ向かう。
零が、いつもの場所へ行くと、
「どうだった?」
「次は一番だ」
零も座り、真琴からジュースを受け取る。
全員を見て、
「次の相手はかなりできる。先程の作戦は使えないな」
桃夜が疑問をぶつけた。
「でも、何でさっきの作戦は使えたんだ?」
「簡単だ。三週間あった午後の授業様子を見れば解る」
「えっと……午前の訓練練習ではなくて、ですか?」
「そうだ。午前の訓練練習で、今回の事を考えていたリーダー格は、あの時点で動いている。今回の件に応じた戦法を、やっていたはずだ。だからこそ、午後の授業で寝ている者が多かった。担任も、それを理解していたから、寝ている生徒を起こす事もなければ、指摘する事もしなかったと言う訳だ」
零はサンドイッチを手に、
「今回の相手は、その意図を気付いていなかった。だから、いざ本格的な戦闘が始まっても、対処できなかったと言う事だ。故に、ああ言うタイプのリーダーには、あえて隙を作る事が有効なんだ。そして相手は、その誘いにまんまと乗ってくれた。ああいうフィールドでのライフル使いの作戦も、有効に使えていなかったしな。あのライフル使いも、背後ではなく、正面で仕掛けて来た。何より、リーダーの作戦が下手だったという事だ」
月乃と桃夜は「へぇー」と聞き入っていた。
真琴はその姿に、微笑したあと、
「でも、午後の相手は、リーダーがしっかりしている訳だ。こっちはどう出る?」
「……私が、最初に言った配置で行く」
零が目だけを後ろに向けて、言った。
真琴はそれに気付いて、
「成程、相当できるね」
真琴の言葉に理解できない二人。
気付いていない二人に、真琴はそっと耳打ちする。
「あの木の陰に、相手チームの一人が居るんだよ」
「マジか!?」
「多分、僕達の前のチームが、次の対戦相手の武器や戦術を、互いに交換し合ったんだろうね」
「それはズルイです!」
興奮する月乃と桃夜を落ち着かせ、
「別に、当然の事だと思うよ」
「はぁ!?なんでだ!」
「軍の隊長連中が、見に来ているからだろう」
零が冷たく言う。
二人は確かに今日は、軍服を着た大人が多いと思い出す。
中には、腕章をつけた隊長クラスも見に来ている。
と言うのも、早いうちから目をつけている軍人も多いのだ。
なおかつ、今年は『土御門の名を持つ真琴』も居る。
さらに言えば、解る者にしてみれば、『暁朔弥』の妹も進学している。
下見をするもの当然と言えば、当然だ。
零はため息を一つ付き、
「軍も作戦としては、学生の考えた戦術を使うこともある。それに将来、自分の軍への勧誘も含めてあるからな」
「つまり、こう言った対抗戦は、軍の人達への絶好のアピール方法という事だよ」
「何か面倒だな。じゃあ、この前会った姉ちゃん達も来ているのか?」
「……どうだろうな。来ていても、話す事はないと思うぞ」
「逆に今話し掛けるのは、まずいもんね。立場によっては、目を付けられるから」
二人は理解できていない。
真琴が苦笑いして言う。
「ま。その内、分かると思うよ」
午後になり、先程の体育館に向かう。
審判が端末に触れ、フィールドが決まる。
森のフィールドだ。
木々が多く茂る。
辺りは高い、低い木が並ぶ。
木の陰に隠れる事もできるし、木の上からも狙撃できる。
審判が「始め!」と言う合図を出した。
零達は、なるべく広い所に移動する。
この手の場所は、まだこちらの方が不利だ。
だが、途中で敵チームを発見した。
ここで仕掛けずに、やり過ごす手もある。
だが、ここで片づけられるのならやっておきたい。
零が小声で、素早く指示する。
「月乃は、ここでライフルを。桃夜は、それを援護しながら護衛。真琴は、中間地点で防御と魔法で攻撃。いいか、人数が多い場合は、こちらが不利だ。交代されたら終わりだ。だから、交代だけはさせるな」
全員頷く。
月乃は、地面にライフルを固定する。
桃夜は弓にして、月乃の傍にいる。
零と真琴は木に隠れながら、前に進む。
リーダーは短剣と短銃。
一人は、刀の二刀流と、残り二人はペンジュラムと足の鉄鋼。
中距離をメインとした編成のままだ。
『新たに、ペンジュラム使いが加入か』
零はさっと敵を確認する。
「ペンジュラム使いが、新たに二人加入している。私が仕掛ける。月乃は隙を見て、結晶石を狙え。桃夜は、月乃が撃った後の移動を援護。真琴は、詠唱の準備をしておけ」
真琴の指示とともに、零は彼らの前に飛び出す。相手のリーダーの判断は早かった。
ペンジュラム使いは、すぐに零を無視し、その後ろへ向かう。
二刀流使いとリーダーが、零の方に来る。
零は刀を抜き、二刀流と剣を交える。
「大地よ、かの者の道を塞げ!ロッククライム!」
ペンジュラム使いの一人を、真琴の魔法で足止めする。
そのまま真琴は、そのペンジュラム使いとの戦いへと持ち込む。
そう、交代させない為にも、常にこちらは戦いを詰めなければならない。
零は二刀流使いの刀を折り、自分の背後にいる敵リーダーに回し蹴りをする。
敵リーダーの動きが鈍った隙に、零は二刀流使いの結晶石を壊す。
時同じくして、真琴もペンジュラム使いに柔技を掛ける。
動けなくなった所で、結晶石を壊す。
それを確認した零は、
「真琴!お前は、そのまま桃夜達の方に行け!!」
真琴は、そのまま走って行く。
体勢を立て直し、敵リーダーが銃を撃って来る。
零は木に隠れる。
リーダだけは、交代ができないからだ。
なら、距離を離し、向こうの闘いを邪魔させないように時間稼ぎをするに越したことはない。
その頃、桃夜達の方はペンジュラム使いと対峙していた。
月乃の弾丸で、相手の両足に着いている鉄鋼を壊す。
が、相手に居場所がすぐにばれる。
桃夜が、月乃の体勢を直すまで、矢を放って対応する。
相手のペンジュラムが、桃夜の腕に絡まる。
桃夜は、すぐに弓を短剣に変える。
相手の魔法が襲い掛かる前に、風魔法の効果を付けた短剣で鎖を絶つ。
場所を移動した月乃が、相手の魔法石を狙うが避けられる。
そこに背後から来た真琴が、相手の動きを止めた。
そのタイミングに合わせるように、桃夜が結晶石を奪った。
残すは、零の方の敵リーダーだけだ。
零は、真琴から連絡を貰い、木々を移動して近付いて行く。
そして五メートルくらいの所で、一気に詰め寄る。
相手の銃を叩き落とす。
右から来る短剣を右手で防ぎ、刀で結晶石を斬った。
「そこまで!勝者、四番!」
審判の判定とブザーが鳴り、フィールドが元に戻る。
零は、三人の元に行く。
そこに審判こと、担任・時雨がやって来た。
「いやはや、凄いですよ。まさか、ここまでやるとは思いませんでした。明日は決勝戦です。頑張って下さい」
担任・時雨はそう言うと、去って行った。
零の端末が鳴る。
端末には「四番VS七番」と書かれている。
「次の対戦相手の様子見はできなかったか……。まぁいい。今日は、各自しっかり休め」
零達は明日に備え、家路を急いだ。
翌朝、零達は作戦を頭に入れ、戦いに臨む。
周りには、この決勝戦を見る為に、多くの軍人達が来ていた。
審判がやって来て、端末に触れる。
フィールドは草原になった。
辺りは草が生えているだけ。
つまりこれは、完全に実力勝負だ。
相手チームのリーダーは、トンファー。
その隣に鞭使いが居て、後方にライフル使いが一人と、短銃型の二刀流使いが居る。
これも、ある意味では中距離戦を主とした編成だ。
「月乃は、最後尾でいつでも動ける型にしろ。真琴と桃夜は、左右に。間隔は、常に五メートルでいろ。あちらが、仕掛けてくるまで動くな」
零はすでに刀を抜いていた。
ブザーと共に、審判が「始め!」と言う。
相手チームは動き出す。
零は、彼らの移動配置を瞬時に把握し、
「月乃は、鞭使いの動きを止めて、桃夜が仕掛けろ。それと月乃は、撃つと同時に真琴の方へ。真琴は、敵リーダーの相手をしろ。その間に、後方のライフル使い達を片付けて来る。それと、真琴!」
「解ってる!そのまま、走って!」
零は走って行く。
その零の前に、岩が出現する。
零はそれを足場に、奥へ向かって行く。
月乃は言われた通り、鞭使いの足元に、弾丸を三発撃ち込む。
だが、相手も決勝へと上がったチーム。
簡単には乱れない。
相手は、冷静に対処してくる。
桃夜が素早く移動し、クナイを投げる。
無論、風魔法の効果が出ている。
その鞭使いをなるべく、真琴達の近くに誘導する。
真琴も同じく、相手リーダーを自分の方へと誘導する。
月乃はライフルを構え、撃つタイミングを計る。
この間も、交代だけはさせないとように一気に動いていた。
桃夜が、相手の鞭に手を巻き付けられ、その場に踏ん張る。
月乃は、桃夜とその鞭使いの戦いを見て、鞭使いの結晶石を撃ち抜いた。
それと同時に、桃夜が鞭から離れる。
そこに短銃の二刀流使いが、吹き飛ばされて来た。
零は、なおも撃って来る相手の弾を剣で弾いて、向かって行く。
彼女が、完全に背中を向けて走っている事から、ライフル使いを倒した証拠だ。
零はそのまま、短銃の二刀流使いとやりあっていた。
真琴は、相手のトンファーの攻撃を、手の鉄鋼で防いでいる。
桃夜が背後から攻めるが、逆にトンファーで直撃を受ける。
真琴は瞬時に、彼の作り出した隙を逃さず、足払いをして体勢を崩す。
月乃もまた、その隙をちゃんと見逃さなかった。
月乃の弾丸が、リーダーの結晶石を打ち砕いた。
「そこまで!勝者、四番!」
ブザーと審判の判定が入り、フィールドが元に戻る。
桃夜が大声で叫ぶ。
「よっしゃー!!真琴、俺らの優勝だ!」
「ああ。よく頑張ったね、二人とも」
真琴は、二人に言った。
真琴は、近づいて来た桃夜とハイタッチする。
二人は、とても嬉しそうだった。
零が戻って来た所に、担任・時雨がやって来た。
「優勝、おめでとうございます。今日は、これで終わりです。それと、明日から三日間においては、学校は休校となります。端末に連絡が入ると思いますが、忘れずに」
担任・時雨は、今度はすぐ近くの生徒の元へ向かって、歩いて行く。
そこに、今度は軍の人達が寄って来た。
軍と言っても、一般兵の方だ。
隊長、副隊長は三年生の方にいるはずだ。
時期に卒業し、正式に軍へと加入するのだ。
誰よりも早く、勧誘と実力を知りたいはずだ。
そして、ここにいる一般兵は、逆にこれからの卵を見に来ているのだ。
「いやー、凄かったですよ。特に、リーダーの君!あれは君の作戦だろう。無論、作戦だけじゃない。剣の腕も中々――」
と、話してくる。
その零の姿に、二人は興奮していた。
「リーダー、凄かったもんな!」
「はい!とっても、格好良かったです!」
月乃と桃夜が、さらに盛り上がっていく。
だが、零は軍人達を無視し、去って行こうとする。
軍の一人が零の腕を掴み、
「おい、ちょっと待って!名ぐらい、告げたらどうだ」
零は掴んだ軍の者を睨み、
「……暁零だ。もう、いいだろう」
軍の者達は固まった。
それは、彼女の名乗る名の意味を知っているのだ。
だからこそ、動揺している軍人達。
「暁って……あの暁か?」
「それって……あいつだけでは無かった、と言う事か?」
と、お互い話し始める。
そこに、一人の女性軍人が来る。
その人は、零に蔑みの目を向ける。
零は、それを無視している。
「……私は、土御門家の分家の者です。少し、彼らにお話があります。なので、席を外して貰えますか?」
女性は、軍の者達に言った。
軍の者達は、一目散に退散していく。
女性は、真琴に向き直り、頭を下げた。
「真琴様、優勝おめでとうございます」
真琴も、軽く頭を下げた。
女性は頭を上げ、真琴の後ろにいる月乃と桃夜を見た。
「真琴様、僭越ながら申し上げます。このチームを解消、もしくはリーダーを変えるべきです」
「……それは、分家が、本家に、命令すると言う事か?」
彼女の言葉に、零が反発する。
彼女は、零に冷たい目を向け、
「まさか。分家である私が、本家である真琴様に命令などするはずがありません。大体、貴女が、真琴様を使っていること自体がおかしいのです。そして何より、真琴様のチームにハーフエルフを入れるなんて……。真琴様の名を汚すおつもりですか。もしくは、それが狙いなのではありませんか。貴方の兄君も、姑息な手を使って、今の地位を手に入れたのですから。本当に身の程を知りなさい。裏切り者の一族のくせに!!」
零に、隙を与えない伐倒が言われた。
いや、零はあえて口を挟まなかった。
これが、自分だけの伐倒なら無視しただろう。
だが、目の前に居るこの女は、あろうことかチームメイトを、兄を伐倒した。
零は冷たい声で、
「身の程を知れだと……私は、自分に対する罵りや憎まれ口は構わない。だが、私以外の者に対する罵りなどを許さない。身の程を知るのは、貴様の方だ!たかが、分家の分際で!!」
零は、右手を彼女に向ける。
完全に切れた零が、彼女に魔術を放つところだった。
だが、零の髪が揺らいだと思った瞬間には、彼女は真琴によって地面に叩き付けられていた。
真琴は零の右手を離し、女性を見る。
「僕のリーダーが、すいませんでした。ですが……僕は、彼女の方が、僕より指揮官として優秀だと判断しました。その彼女が、あの二人を選んだ。つまり、このチームを変えろと言う事は、僕自身を貶している事と同じです。それでもなお、貴女はこのチームを変えろと言いますか?」
女性は固まった。
真琴は、さらに畳みかける。
「それに、彼女の性については秘密裏になっているはずです。それでも、まだ何かをおっしゃるつもりなら……僕は、本家として貴女に処罰をしなければなりません」
「で、でも、真琴様!暁家は!!」
「はーい、そこまで!」
後ろから、明るい声が響く。
女性は、さらに固まった。
その声の人物は、零の兄の副隊長の男性・御門翔馬だった。
彼は、真琴の隣に来て、
「それ以上は、本当に駄目だよ。同じ土御門の分家として、今日の事は秘密にしておいてあげる。それに、真琴様がわざわざ君の為に、聞き直してくれているんだよ。それに、今日は五家の御当主様達も来ている。君も、これ以上騒ぎを大きくしたくないでしょう?」
女性は悔しそうに、頭を下げた。
「真琴様。私は、これで失礼させてもらいます」
女性は去って行く。
真琴は、彼に何かを言おうとして、
「この場では本家と分家を通さなきゃ駄目だよ、真琴様。と、大丈夫かい、零ちゃん?」
翔馬は、床で仰向けになっている零の前で膝をつく。
零は左腕で、顔を隠していた。
真琴は、零に手を出す。
「ごめん、零。僕……」
「お前は悪くない。お前が止めてなければ、私はあの女を殺していた」
零は、左手でそれを握り、半身を起き上がる。
右手をついて立とうとして、固まった。
「…………」
「零?」
翔馬が、零の肩に触れた瞬間だった。
零が「ビクッ」と反応した。
翔馬が困ったように、
「あー……これは、いちゃった?」
零は無言で頷き、気まずそうに言う。
「翔馬さん……今日は翠さんか、比奈さんは来ていますか?」
「翠さんが来ているよ」
「そうですか……」
零は端末を取り出し、どこかに掛ける。
「……あ、翠さん?今、どこにいますか」
――今かい?今は北側入り口付近体育館だね
「じゃあ、その体育館に入って、奥に来て下さい」
――……わかった。ちなみに隊長には?
「内緒で」
――了解。すぐに行くよ
零は電話を切った。
翔馬の手を借り、立ち上げる。
月乃が心配そうに、駆け寄って来る。
「零さん、大丈夫ですか?」
「ああ。少し捻っただけだ」
桃夜もこちらに来て、真琴に話かる。
「大丈夫か、真琴。顔色悪いぜ」
「え……あ……うん、大丈夫……」
零は、真琴の顔が、暗い事に気が付いた。
彼女は、真琴に近付き、でこピンをする。
「痛ッ!」
「これでチャラだ。これも、あの時の事も、お前のせいじゃない。だから、お前が気を落とす事はない」
「で、でも!」
「くどいぞ。私が良いと言っているだから、良いんだ」
そこに髪を後ろでくくった女性・翠が、走ってやって来る。
「お待たせ。で、何だい?」
「翠さんに、右肩を治してもらいたいんです」
零は簡単に先程の事を説明する。
その間にも、翠は治療を開始する。
「成程ね。それは真琴のせいじゃないよ。翔馬が、入るタイミングが遅かったからだよ」
翠は、零の右肩に治癒術を掛けながら言う。
「えー、まぁ、そうだけど……」
「大体、零達の様子を見に行くと言ったのは、アンタだろう。全く、もう少し配慮しな」
「だってさぁー、あの真琴が、あんな凛々しい姿を見せられたら……いや、何でもない。うん!俺が、悪かった」
翔馬は一端、嬉しいような、複雑そうな顔で言ったと思ったら、明るく言った。
「それにしても、零がその嫌な女に、魔法をぶつけなくて良かったよ。それこそ真琴は、本当によく止めたよ」
その場に沈黙が流れる。
月乃と桃夜は、会話の理由がよく分からなかった。
その雰囲気を変えるように、翠が明るい声で、
「これで良しっと!」
零の治った右肩を叩く。
零はよろけそうになるが、何とか耐えた。
翠に向き直って、
「ありがとうございました」
「これくらい朝飯前さ。そういえば、試合は終わったんだろう。これからどうするんだい?」
零は思い出したように、月乃と桃夜に向き直った。
「お前達。明日から、三日間空いているか?」
「え?空いているけど」
「私も、空いています」
零は端末を操作した。
二人の端末が鳴った。
確認すると、「外出許可書 期間:四日間 リーダーサイン:暁零」と書かれている。
二人が零を見ると、
「今日から、月乃は私の家に。桃夜は、真琴の家に泊まり込みだ。対抗戦の反省会もしたいしな。……あ、ということなので、翔馬さん。私のチームメンバーの緒川桃夜と遠坂月乃です。桃夜のこと、今日から四日間お願いします」
零は、頭を下げる。
桃夜もつられて、頭を下げた。
「緒川桃夜です。お願いします?」
「え?ああ、うん。お願いされました?」
翔馬もつられて頭を下げた。
零は頭を上げ、
「と、いう訳だ。二人とも、今から寮に、それを提出して来い。合流場所は……」
「なんか、よく分かんねぇけど……学校の正門で、頼むわ」
「それでは、二度手間だろう?」
「いや。リーダーの事だから、喫茶店を合流場所にするつもりだろう?それより、俺の知っている近道を使えば、学校の方が近いんだ。という訳で、行って来る。行くぞ、月乃」
「え?あ、はい」
走って行く桃夜を、月乃は急いで追いかける。
零が職員室に用があったので、先に真琴を行かせていた。
真琴の居る正門近くまで来た零。
そこに真琴は居たが、一人ではなかった。
黒い車の後席の所で、立って居る隊長クラスの男性がいる。
それも、ただの隊長クラスではない。
『……あれは土御門家当主、土御門賢治。……真琴に、会いに来たのか?』
零は、しばらくその場で、彼が居なくなるのを待っていたのだが、
「いつまで、そこにいるつもりだ?」
相手の方から、話し掛けられては仕方がない。
零は、彼らの方に近付き、真琴の横で頭を下げた。
「ご無沙汰しています、土御門家当主。御子息には、お世話になっております」
「……、ふっ。貴様が勝手に、連れ回しているのだろう」
「父上!!」
真琴が、彼の言葉に反論しようとする。
が、零が止める。
零は頭を上げ、土御門家当主を見上げながら、
「そうかもしれませんね。私は、五家より弱いですからね。この前の能力測定でも、彼より下でしたから」
「それこそ、貴様の狙いがあるのではないか」
「いえ、それこそ……あの事件以来、私がまともに魔法が使えない事を誰よりも知っているのは、土御門家の方々のはずです。お忘れですか?」
零は、冷たく言い放つ。
それを軽く受け流す、土御門家当主。
「まぁ、あの時の娘が、ここまで人間らしく慣れただけましか?」
「土御門家当主から見て、そう思われるなら……そうなのでしょうね。それで、本音は何ですか」
土御門家当主は、厳しい口調で言った。
「今すぐ、真琴とチームをやめろ。もしくは、チームメンバーを変えろ」
「……無理です。私は、真琴自身の言葉から解消を言わない限り、変えるつもりはありません。また、メンバー変更をするつもりもありません。確かに、リーダーが私で不快なのは解ります。それに加え、五家の名門軍家土御門のいるチームに、ハーフエルフが二人いる。しかも、それ以外には予備メンバーも居ない」
「それだけ分かっていて、何故入れた」
零は、相手に分かるくらい冷たく見て、
「それは、私が自分のクラスにいる中では、彼らが最もチームメンバーに相応しいと思ったからです。その証拠に、クラス内対抗戦では優勝しました。それも、一度も結晶石を壊されずに、です」
「それは、作戦が上手くいったからだろう」
「作戦の有無に関わらず、その策戦を実行できるだけの実力がなければ意味がありません。彼らは、その策戦を実行するだけの実力があったと言う事です」
零の、その言葉を、目を見た。
土御門家当主は笑い出した。
「クハハ!その言い方、目付き……。貴様の兄にそっくりだ。父親も相当だったが、あいつはむしろ自然でやっていた」
「似ているのは当然です。兄妹ですので」
「覚えていないのに、か?」
「……例え、違ったとしても、私の兄は暁朔弥ですので」
そこに、静かな睨み合いが起こる。
真琴に至っては、最早出る幕がない。
拳を強く握り締めるしかできなかった。
そこに控えめに、
「ご当主。そろそろ行きませんと、お時間が……」
「うむ、そうだな。……今回は良いにしてやろう。精々、足掻いてみろ」
土御門家当主は車乗り、去って行く。
零はため息を付いて、横を見ると、
「……ああ、来ていたのか。すまない、気付かなかった。それより、家に帰るぞ」
と、月乃達の前に行き、頭を撫でてから歩いて行く。
彼らは、歩いている零を追いかける。