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じわじわとセミの鳴き声が聞こえる中、俺は草刈りに精を出していた。
ここは、服部家が所有してる田んぼだ。
だけど草が生えたい放題だ。ただの原っぱにしか見えない。
あぜ道が無かったら田んぼと周りの山との境すら分からない。
先祖代々受け継がれてきたらしいけど、今は誰もお米を作らない。
だから荒れてその内に周辺の山と一体化してしまうのを防ぐのに、草刈りが必要なんだ。
俺は、去年以外の夏休みは毎年草刈りに来て慣れてる。だけど、7月終わりと思えぬ暑さにはちょっと悲鳴を上げそうだ。俺は、汗を拭うのに顔を上げると、渉がサボってる。暑いから根を上げそうなのはわかるが、今日中に作業終わらないぞ。
「 渉。サボるな! まだまだ刈らんといけんのでよ!」
「わかったよ~。でもアチいんだよ」
「はなこばっちゃんに、どやされても知らんで」
「うぎ、やります」
と返事をしつつ、渉は鎌を手に作業に戻る。
さっきまでダルダルにだれてた渉の顔が、真剣なものになってる。さっき言った「はなこばっちゃん」が効いてるみたいだ。 はなこばっちゃんというのは、ひなのお祖母さんだ。
ひなの性格はお祖母さん譲りだけど、あのひなを上回る人だ。はっきり言ってひなが悪魔なら、はなこばっちゃんは魔王さまだ。
はなこばっちゃんの前で作業をサボるなんて真似したら、笑顔で死刑を宣告されそうだ。
でも渉が根を上げたくなるのも仕方ない。
どのくらい広いのかわからんと、ひながぼやいていたな。とりあえず、「後三反残ってるから、その内一反お願いね」と、はなこばっちゃんに任されたんだ。
ちなみに一反は、約300坪で、約991.7平方メートルらしいぞ。
渉と作業してる区域とは、反対側で、ひなと長谷川が、俺達同様鎌で作業してた。
女子二人は、学校指定のジャージの上から、よく農家の女性が着てるような割烹着に帽子と軍手という農作業スタイルだ。長谷川は、草刈りが初めてらしくひなの指導の元作業してる。
その向こうでは、作業着姿の拓人が1人草刈り機で作業してた。
拓人は夏休みに親戚の農作業を手伝う事があるらしく、草刈り機が扱える。
いつもは俺とか茂さんの役割だけど、草刈りに慣れない渉の指導しなくちゃいけない俺の代わりに、拓人がやってるんだ。
―――
作業し始めて数時間。あぜ道に置いてたスマホを確認するとお昼時だ。
遠くから、はなこばっちゃんと美紀枝さんが姿を覗かせた。
「皆、お疲れさま。ほらおにぎり作ってきたよ。ようけぇ( 沢山)あるけぇ、遠慮せんと( 遠慮しないで)食べんさい」
出された大きめのタッパには、ぎっしりとおにぎりが詰められていた。
「 うわ、うまそう!いただきます」
「 渉、がっつかない。みっともない」
渉は、長谷川に叱られるが気にせずに、両手に持ったおにぎりをがつがつと食べてる。
それが皮切りになった訳じゃないけど、俺らもそれぞれ、いただきますしてからおにぎりを食べ始める。
――うんやっぱりうまい。海苔が巻かれてないおにぎりの中には、梅、おかか、昆布といったメジャーな具が入ってる。
「アリサも手伝ったん?」
「うんそうだよ! ひなのお祖母さん。ちょっと恐いね」
「 でしょ。逆らわんほうがええよ」
「中学の時。お祖母さんに盛大に怒られてよね」
俺や拓人に渉が無言で、空腹を満たすという事に費やしてるのに対して、女子達はガールズトークに花を咲かせてる。
はなこばっちゃんや美紀枝さんの手伝いをしていた野村アリサもここにいる。あの一件以来ひなと野村は和解し、仲良くなったらしい。
「 そういえばさー、噂によると、音無くんの妹さんと林原くんだっけ?お付き合いしてるんだって?」
用意されたおにぎりが粗方なくなり、お茶を飲んでいたら、野村が拓人に話かけてる。
「 えっあうん」
「マジで! ねっね写真ある?」
「 あるよ」
「 見せて!見せて!」
いいよと、拓人がスマホを操作して、夕陽の写真を見せてる。
「 可愛い。どうやって知り合ったの? この娘中学生でしょ?」
野村は、矢継ぎ早に拓人を質問攻めにしてる。ブリッコを辞めて、アリサと言わない野村には好感度が上がったが、夕陽の事を嬉しそうに話す拓人にはムカつく。
眉間にしわを寄せてたら、ひながおちょくってくるし。
「 そんな顔しとるって事は、夕陽の事話す林原くんの事が気にいらないんじゃろ」
「やかましい!ほっといてくれ」
「あーあ!妹の幸せも願えん心狭い男とかやだねー」
急に不機嫌になったひなは、作業に戻るべく長谷川を連れていく。
野村も避難めいた視線を俺に送ると、無言で、タッパやポットを片付け始めた。
結局その日ひなは、1日不機嫌で口も聞いてくれなかった。なんでだろ?




