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「 うああ、ムカつくムカつく!」
そう呟きながら、私は学校から駅に向かっていた。学校を出る前、高橋や高橋の彼女には、即座に復讐しやしないかと心配されたけど大丈夫だ。
――まあ中学生の時、「中島中の嫌味姫」なんて言われてたから仕方ない。私がムカつく相手に、たっぷりと嫌味攻めにする事からついたあだ名だ。
そういや、仁の腕に絡みついていた野村アリサは、私が嫌味を浴びせた1人なんだよな。でもあれやったの中2なんですけど。今さら復讐か?
黙々と考え事しながら、駅まで歩いてると、1人の女性に声をかけられた。
「 ひーちゃん」
「 高遠さん」
振り向くと、お母さんの秘書の高遠さんがいた。高遠さんはいつも通り、ブラウスに紺色の膝丈のスカートという装い。相変わらず会社社長の秘書というよりは、会社勤めの主婦って感じの装いだ。
それよりなんでここに、高遠さんいるの? そう思った私は訊いてみた。
「 高遠さん、なんでおるん? (いるの?)」
「 明日、ひーちゃんの三者面談だから下見に来たのよ」
「 そういや、そうじゃった」
高遠さんは、お母さんの秘書としてだけじゃなくて、私の学校行事なんかに忙しいお父さんやお母さんの代わりに出てくれる時がある。
明日からうちの学校では三者面談が行われるから、来たんだね。
あれでも。
「明日の三者面談って兄さんが行く筈じゃなかった? 」
「その筈だったけど、急にお仕事になったとかでね」
「 あっ広島行くからか」
とある理由で兄さんと私は広島行く。その為に休みを取ってたんだけど、代わりに明日仕事になったみたい。
「 ところで、ひーちゃん。さっき『ムカつく』って言ってたけどどうして?」
「げっ聞こえたんじゃ」
小声で言ってたつもりだけど、聞こえたんだ。道理で私の周り人がいなかった訳だ。
学校の最寄り駅である三城駅のホームへ移動しながら、私は、ざっくりと高遠さんに経緯を話す。
「 そう事情はわかったけど、ムカつくなんて言っちゃ駄目よ」
「はーい」
私がお母さんの次に逆らえないのが、高遠さんだから素直をに返事してまう。
「ところで、ひーちゃん。その野村アリサって娘のお父さん何のお仕事してるか、知ってる?」
「 どっかの一流企業に勤めてるって言うとったよ。そこそこ高い役職みたいで、『アリサお嬢様なんだよー』って自慢しとった」
「そうねぇ。そのアリサって娘の写真ない?」
「 あるよ」
5月に行った遠足で撮った写真に野村アリサが写ってる。不本意ながら、あいつとは同じグループだったんだ。
私はスマホを出して、遠足の写真を見せる。高遠さんは、何故かその写真を送ってと頼んできたんで、メールに添付して高遠さんのスマホに送信する。
高遠さんは、持っていた鞄からスマホをとり出して、どこかに連絡してる。
その顔は、会社社長の秘書のものになってる。
「ハイそうです。後でメールしますね」
通話を終えた高遠さんは、私の方を見る。
「ひーちゃん。明日の三者面談楽しみしててねー。ふふ」
一体なんだろう? 気になるよ。嫌な予感する。
―――
今日から3日間、授業は午前で終わり、午後からは三者面談に当てられる。
私は、玄関で高遠さんが来るのを待っていた。
「 あーそいや、野村アリサが私の前だっけ。あいつ自分の父親に変な事吹き込んでないだろうな」
昨日帰ってから、仁のスマホにメールしたら、、『 野村の家に無理やり連れて行かれて母親に紹介された』そんなニュアンスの返信があった。
――中学生の頃、そうやって他人の彼氏を自宅へ連れて行っては、母親に紹介してるって噂だったな。
「 ひーちゃん、お待たせ」
呼ばれた方を見ると高遠さんじゃない。
お母さんだ。セミロングの髪に私同様、猫のようなつり目。紺色のジャケットに白いパンツという装いは、いかにも女社長という風格を滲ませてる。
「 高遠さんから聞いたわよ。野村アリサだっけ?うちのひーちゃんから、仁くんを奪おうなんて。うふふ、もんのすごーく後悔させてあげるわ」
「あのお母さん。三者面談だよ」
「分かってるわよ。その前に野村アリサって娘にお灸すえなきゃ」
ずんずんと校舎に入っていくお母さんの後を追っかける。
三者面談は保護者の都合に合わせて、順番が組まれる。事前にもらったプリントで、私の前に野村アリサの面談が組まれてるの知ってるから、お母さんが野村アリサに会うのは可能だ。
だけど、お母さん野村アリサにどうやって、お灸すえるつもりだろ?
「 ねっパパ。アリサの彼氏に会ってよ」
「 わかったわかった。その音無仁って男の子に会えばいいんだろ」
三者面談を終えたらしい野村アリサが、父親にそんな事言ってのが聞こえてきた。
「誰が誰の彼氏ですって?」
階段を登りきると、野村親子の前にお母さんが、通せんぼしてる。
「いきなり何?おばさん」
野村アリサが訝しげにそう言ってる。
だけど、側にいる野村パパはは青ざめて、口をパクパクさせてる。
「野村さん、いい教育されてるわね。初対面の女性に向かっておばさん呼ばわり」
「社長、なぜここに?」
「 あらぁ娘の三者面談だもの。ねぇひーちゃん」
私の姿を確認した野村パパは、ひぃって声を上げてる。
「ひなお嬢様! もしかして、音無仁って」
「 そうよ。仁くんは私の娘の婚約者。野村さんなら当然知ってるわよね?先日、ひーちゃん自身から発表されたでしょう? なのに、あなたのお嬢さんの彼氏ってどういう事かしら」
野村パパにお母さんが詰め寄ってるし。
野村パパは、お母さんの迫力に耐えきれなくなったらしく、娘を問い詰める。
「 あっアリサ。お前なんて事してくれたんだ。よりに寄って、ひなお嬢様の婚約者を奪いとるとは」
「だって知らなかっただもん、アリサ、この女の婚約者だなんて」
「 バカ!ひなお嬢様をこの女呼ばわりするな。すみません、社長。私からよく言っておきますから。ほらアリサ。お前も謝るんだ」
野村アリサは、納得いかないような顔してたけど、野村パパが土下座し始めて、ようやく自分のやった事がヤバい事に気づいたみたいだ。
その様子を見ながら、私はお母さんは敵に回しちゃいけないと思った。




