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「ひーちゃん、仁くん、ひさっしぶりー」
「 お久しぶりです 」
「 お父さん、仁がひいてるから」
私は、冷静にツッコミを入れてやる。
私達が泊まるホテルの部屋に、無駄にハイテンションなお父さんが現れた。着てるスーツがはち切れんばかりの筋肉質の体格の持ち主なのに、グラサンに白髪のオールバックというマフィアに間違われそうな格好なんだけど。
曲がりなりにも、民自党副総裁なんだよ。何て格好してるんだ。よく警備員に止められなかったな。
てか、即座に110番されなかったのが、不思議だよ。
ああ、後ろに秘書の池谷さんがいるのか。身長190センチもあるお父さんの後ろにいるから、気づかなかったな。恐らく、ホテルのスタッフにペコペコしながら、お父さんの身分を明かしたに違いないな。はあ、後でお礼言っとこ。
そのお父さんは、密かな娘の苦労も知らずに、ハイテンションで、仁に絡みまくってるよ。
「 仁くん。ひーちゃんと婚約したんだって? ねっねっ、手つないだ? チューした? えっ ぐはあ」
仁が困ったてたし、それに、色々な意味で、問題発言してくれちゃ困るから、グーパンを食らわして黙らしたよ。
――だけど、こんなんで倒れないんだよな。いいパンチだとか言って、すぐ起き上がってくるし。まあ、トラックにひかれても、死なないどころか、かすり傷一つ負わないからね。これは、お父さんや私が、先祖から受け継いだ特殊な能力のお陰なんだな。この事は、追々説明するとして、今は、お父さんに説教しなきゃ、全くデリカシーないんだから。
「 何、デリカシーない質問しとんよ! こがな ( こんな )ふざけた事しに、広島に戻ってきたんね? 用無いんなら、はよ、東京にいぬりんさい(早く、東京に帰りなさい)」
「 いや用は、あるの」
「 なんね? はよ、言いんさい」
オホンと、咳払いが聞こえる。私が説教を止めると、池谷さんが、ニッコリと笑顔で立ってる。いつもは、秘書というより、わがままな坊っちゃんに振り回される執事って感じなんだけど、今の池谷さんは、笑顔で、地獄行きを宣告する閻魔に見える。
「 先生、毎回毎回、ひなお嬢さんを、怒らせるような嫌がらせは、しないで下さいと再々申し上げてるはずです」
「 だって」
口を尖らせるお父さんだけど、池谷さんは、笑顔を崩さないまま、最終兵器を取り出す。
「 なんなら、美紀恵さんに言い付けても、よろしいんですか? ……美紀恵さんにバレたら、最低三ヶ月は、ひなお嬢さんに会えませんよ。それでも、いいんですか?」
「 ミキちゃんに言うの? いやいや、それは、駄目。うん、嫌がらせしない。しないから」
決着はついたみたいだけど、本当に、議員と秘書の会話かよ。親と子供の会話みたいだな。
「ちょっと、出てくる」
お父さんと池谷さんは、一度部屋から出ってしまった。何か取りに行ったんだろうな。私と会う時は大概何かしら、持ってくるんだよな。服とかバックとか本とか。ただ、うちの教育方針で高価な買い与えない事になってる。
だから、お父さんが持ってくる物もごくごく普通に手に入る物だったりするんだ。
自慢じゃないけど、今着てる服だって、ユニユニクロのセールでゲットした物だし、さっき着てた振り袖は、知り合いの写真屋さんから、いらなくなった衣装をもらい受けた物だ。あー金持ちの癖にケチくさいとか言わないでね。
私自身のおこづかいは、同居してる兄さんの給料から出てるんだ。贅沢出来ないんだよ。
「 お待たせ~。婚約した二人に僕からお祝いねー。後、ひーちゃんに、二ヶ月以上遅れたけど、誕生日プレゼント」
と再び現れたお父さんの手には、私が、高校入学する前に、欲しいなって言ってた参考書と兄さんに薦められて、集め始めたラノベ。作品事態は数年前に完結してるんだけど、今でも人気の作品。本屋に行けばいくらでも新品手に入るけど、こちとら、貧乏女子高生だ。高いんだい。古本屋の百円コーナーで地道に集めてたんだけど、後一冊だけ見つからなくて、困ってたんだ。
「 ありがとう。やった新品じゃー、これで、古本屋の百円コーナーうろつかんですむ」
「仁くんは、こっちねー」
「 ありがとうございます。って、なんですか、これ」
仁が盛大に顔をひきつらせてるよ。お父さんが、渡したのはエロ本だ。
……なんつーもん渡しとんよ。お父さん。
もう怒る気力もありませんや。
だけど、池谷さんは違った。仁の手から、エロ本をスッと取る。
「 先生、あんた何考えとってんかいの?( 考えているの?)未成年にこがな本(こんな本)渡したええ思うとるんですか? (渡していいと思っているのですか?)」
「 いいえ、思うてません。ほんのジョークなんです」
「 ジョークって、あんたは馬鹿ですか!
ジョークで、こがな本を渡さんといて下さいや! まったく、人として、常識が崩壊しとんじゃけ。こまい頃( 小さい頃)から、ほんまに( 本当に)変わっとらん。こんなじゃけ、わし以外の者もんは、辞めてしまうんよ」
「 ごめんなさい 、池ちゃん」
「 あーもう、謝るんは、わしじゃのうて、仁くんに謝って下さいや。そしたら、ちゃんと用意したの渡して下さいよ」
「 わかった」
ようやく、お父さんが渡したのは、仁が欲しがってた数学と英語の参考書だ。
仁は、やっと嬉しそうな顔になったよ。
ちなみに、二人のやり取りからわかるかも知れないけど、お父さんと池谷さんは、幼なじみだったりする。
お父さんが去って、私は思わず一言。
「 まったく、やる事が突拍子もないんじゃけ」
「…‥お前が言うな。お前が」
「 うっ」
仁のツッコミにぐうの音もありませんや。カエルの子はカエルって事だね。




