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昼間なのに、何となく病棟の薄暗く感じる廊下を歩いて、教えられた病室のドアをノックし開けると、ベッドに横たわる夕陽と白衣姿の親父がいた。
「 親父、夕陽は?」
俺の存在にやっと気づいたのか、親父は、憔悴しきった顔で振り返る。
――いつもへらへらと、人をおちょくる親父のこんな顔を見るのは、初めてかもしれない。
「 ……なんとも言えん。今は、落ちついとるがの。」
「 そうなん。」
テレビドラマで見るような心電図や人工呼吸器が夕陽に取り付けられてる。
子供の頃から、入退院を繰り返して、何度か生死をさ迷った事はあるけど、何も予兆無しに倒れるのは、初めてかも知れない。
俺は、親父にそれとなく訊いてみた。
「 夕陽、なんで倒れたん? 昨日とかなんともなかった?」
「 わからん。熱は、ちいと( 少し)出とったけど、入院する程じゃない。家で大人しくしとりゃ、治るくらいのハズじゃったんじゃが、今朝起きた直後に倒れての。」
「 ほうなん。」
親父と話し終えた俺は、病室をあとにした。
俺がここに居ても、夕陽がよくなる訳じゃない。冷たく感じるかも知れないけど、今は、医者である親父に任せるしかない。
――今は、もう一人心配なやつがいるそいつの所に行かなくては。
病院を出た俺は、すぐさまにタクシーを拾って、拓人の家に向かった。
病院の前からバスが出ているのだけど、一刻も早くあいつの元へ向かいたかったから、タクシーを使った。
病院から約15分くらいで、拓人の家に着いた。二階建ての一軒家。門扉に付いてるインタホンを鳴らすと、すぐに女性が出てきた。
「 仁くん。拓人なら、朝から部屋に立て込もってるわよ。」
そう言って迎えてくれたのは、拓人のお母さんの香苗さんだ。
「 でしょうね。」
「 今朝、夕陽ちゃんの事聞いてから、出てきやししないのよ。 ご飯も食べてないし。このままだと、拓人が、体悪くしちゃうから、どうにかして、部屋から引っ張り出してくれない? 大変な時というのは、わかってるんだけど。」
「 そのつもりで来たんです。」
「 お願いね。」
俺は、上がらせてもらうと、二階にある拓人の部屋に向かう。
ノックもせずに、ドアを乱暴に開をけると、飼い猫のおにゃんこさんを抱っこしたまま、ふて腐れたような顔の拓人がいた。
「……なんだ、仁か。」
「 なんだとは、なんだよ。お前が部屋に立て込もっても、夕陽がよくなる訳じゃないんでよ!」
「 わかってるさ。」
「 そんなら、今すぐ、夕陽に会いに行け。曲りなりにも、彼氏なんじゃけ。」
「 そーだけど。僕が行ってもしょうがないでしょ」
拓人は、おにゃんこさんを抱えこんで、黙りこくってしまう。
この男は、前からそうだ。自分にとって一番辛い事に直面すると、自分の殻にとじ込もってしまい、現実逃避をしてしまう。
「 じゃー、夕陽に捨てられるわな。夕陽、病気のせいで、何度も生死をさ迷ったりしてる。だからって訳じゃないけど、今のお前みたいに、現実逃避すんの嫌いなんよね。まあ、実の親の扱いもけっこう酷かったのもあるけどな。」
「 えっ?」
「 夕陽から聞いとらんのん? 事故で亡くなった、実の家族の事? 親に、かなり冷たく扱われとった。その代わり、婆ちゃんや双子の姉は、夕陽の味方じゃった。まあ、その事は、本人から聞いてみたらええわ。夕陽が助かったらの話じゃけど。」
「 ええと、」
「 じゃあの。言いたい事言わしてもろうたし、いぬる(帰る)」
「 ちょっと待つですよ、仁さん。」
「 ミッ ミカン? なんでおるん?」
俺が、拓人の部屋から出て行こうとしたら、ミカンが、天井に張り付いてた。
つか、ここ人ん家ですよ。ミカンさん。
どうやって、入ったの?
拓人も急に現れたミカンを見て呆然としてる。
「 ひなお姉ちゃんに言われて、仁さんを追跡してたですよ。んしょと、」
天井から、ミカンは降りて、拓人に自己紹介する。
「 ぼくの名前は、服部ミカンといいます。ひなお姉ちゃんの義理の妹です。ついでに言うと、夕陽と友達です。ああ、不法侵入になるのは、わかってるんですけど、事態が事態なんで許してください。」
「 ああ、まあ。」
「 突然なんですけど、夕陽がなんで、ああなっちゃたったか、お二人とも、知りたくありません?」
「「知りたい。」」
ミカンのとんでもない一言に俺らすぐに食いついた。
本当の原因が解れば、夕陽が助かるかも知れない。俺と拓人は、そう思わずにいられなかった。




