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1. ─ 夜陰 ─

この話のカテゴリには『恋愛』とありますが、正確にはファンフィクションも含みます(詳細は後書きにて)。

なお、話の内容としてはかなり暗い話になります。あしからず。

以上の所を、どうかご了承下さい。



もう、このまま死んでしまいたい。



何度そう思ったか……自分でも分からなくなった私だけど。

今、本当に『死にたい』って思うのよ。










「…………」

ふと気が付くと、私がいるのは誰もいない公園のベンチの上。

アカシアの木が、傍らで静かに花房を揺らすベンチだった。




何時だかは分からないけど、そっと空を見詰めると深夜なのは分かる。




辺り一面、ぼんやりとした薄闇に雨が降っている……その中にポツネンと私はいる。




そばの常夜燈のせいか、私の周りだけ変に明るい。蒼白くって、冷たくって。




周りはもう見えない。

闇と雨が、幾重も幕を垂らしてその先を隠している。




逆に言えば、『私』を『外の世界』から隠している。




いいの。隠されたって、見えなくたって。

私にはこの狭い世界で十分。白い灯が照らすこの場所だけで。




どうせ、私はここで死ぬんだから。




『外の世界』は……私には広過ぎたの。






ぼんやりとベンチに座っている私は、もう動く気もない。

もたれて、雨雲の空を見詰めていると、背中の寒さも分からなくなる。




全身に回った微かな痺れに身を任せて、私は声を出すこともしない。

ここに腰掛けているのが、どれくらいになるかさえ私は忘れた。




つい何時間か前まで私は、重い病気でとある病院の個室にいた。それを抜け出して彷徨った挙句、今ここにいる。

そんなことをした身だから……自業自得、と言えば自業自得だった。




もうダメだよね。

こんなになったら。




雨に透けた薄青の仕着せの下に見える、生白い肌に目を落として私は笑った。

ホントに透けているみたい。




明日……冷たくなった私が見付けられたら、何て言うのかしら。

みんなは。

あの人、は。




もう、何となく『死ぬ』ことが分かっているんだから……唇を歪めずにはいられない。







何気なく視線を横に向けると、そこには自分の体がある。







ベンチに横になっているのは、私の"カラダ"。




そして、私の"意識"はその隣りに腰掛けてそれを見詰めている。




横になっている私の背中から淡く光るロープのようなものが生えていて、それが背もたれに預けている背中へ伸びて続いていた。


  『幽体離脱』


この言葉を思い付くのは、呆気ないくらいに自然なことだった。




私は死に損ないだった。




雨は、まだ止む兆しもなく降り続けている。今夜一晩はこのままかもしれない。




私は、とりとめもなくそう思う。

そう思っても私自身は、雨なんて雫がすり抜けてしまうから降っても降らなくても構いはしない。




『でも……』

心でそう呟いて私が見ていたのは、自分自身のカラダ。

私自身の、抜殻だった。




──最初は、それこそ不思議な気持ちだった。

ここにいる、と自覚している"自分"の他、目の前にもう一人の"自分"がいる。

自分が自分じゃないような突き上がる不安で、私は知らぬ間に手を伸ばしていた。




でもそこに感触はない。

幻に指を突き立てるのに似て、私の指は自分のカラダの肩の辺りへ簡単に吸い込まれた。




そういえば……さっきから雨は降っているのに。肌に全然、雨が当たらない。

ツッ、ツッと針でも通すように雨粒は突き抜ける。

ワタシを。




それから、私は泣くしかなかった。

耐えても堪えても涙は湧いて来る。

音は聞こえなかった。声も出せなかった。

ただ暗闇の空を見上げて……。




人が本当に絶望した時は、何をしなくても涙が湧くみたい。




──そんな涙ももう枯れ果てた。




失うものなんて、もう何もない。

涙だって……ね。流し尽くしたから。




私の体の頬の辺り、そこには涙の跡が、まだ残っている。

丁度体は膝元に頭を向けて横になっていた。

それで私はそっと、濡れた筋を指でなぞってみる。




蒼ざめた肌。

長く黒髪のこぼれかかる下、死人の色に限り無く近くなった肌は……アカシアの木が落とす影の中でも、石膏のように冷たくて綺麗。




ひたり、人差指と中指を当てる。頬に沿って、滑らせてみる。




まるで石のようだった。

私って、こんなに痩せてたかな……そう思えるくらい、骨張ってもいた。




跡を辿る内に、指は口元に触れる。

藍紫の唇は、震えもしない。伝う雨の雫が、生々しく見せる。




生きることを忘れたように、半開きのまま凍り付いた唇。

それで何を言おうとしたのか、私は覚えていない。

今はもう、言葉を口にする気力もない。




目だって、最期に何をそれで見たのか……こうして見れば、開いているか閉じているかも分からない。長い睫毛に、露が宿っているだけだった。




……可哀相な私。

自嘲混じりに、唇をまた歪める。




頭の上で、枝葉のざわめきがふっと静まる。




伝わせていた指が、いつの間にか止まる。




常夜燈の投げる光が、青みを増して辺りを覆い出す。

指を沿わす横顔が、微かに翳る気がした。




……しばらく、私は惚っとしていた。

そんな時、あるものが私の目に止まる。




痩せた首から垂れる、細い鎖。

その先、ベンチの板に転がっているのは……ダイヤの形、銀細工のペンダントだった。




刹那……ふと視線が止まる。




その燻銀を見た時……私は、頭の中をかすめる暗い影を確かに感じた。




そのせいか。

私は歪めていた唇を閉じて噛む。







──あの人がくれた

  ……ペンダント──







これのせいで、私は……と顧み始めると、次から次へと尽きない想いが湧いて来る。




暗い闇の底から湧く水のように、いくら抑えてもきりのない……悔やみ、怒り、悲しみ……。




涙こそなくても。とうに忘れて来たと思っていたそんな感情が、ふつふつと湧いて来るのが私には恐ろしくて哀しかった。




何がなしに眉を顰める。

苦い気分だった。




背中に、アカシアの木の葉ずれが僅かに尾を引いて響き出す。




余計濃くなったような闇の中、ふともう一度自分の体に目を落とすと……もうそれはひと塊の石のようでしかなかった。それ程冷え冷えと白かった……。



















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