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「実はさ、かっこ悪いけど、ミリアに助けられたんだ」
レオンは龍の谷で、爺に甘やかされて育った。竜王の父ちゃんは、レオンを見ると必ず頭のどこかに人間の母の顔を思い出すこともわかっていた。そんなことがあったから、少し反発する意味で、出かけてくるねとだけ書置きをし、こっそり旅に出ていた。
龍にも反抗期ってあるんだ。
どこへ行くあてのない旅。それが楽しかったのは最初の一年だけ。段々と寂しくなっていた。帰る家があるということは、安心できるところへ戻るということを実感したそうだ。
「この辺りって、あまり龍を見かけないんだ。それなのに、僕がうろついてたから、野獣たちが警戒していた。。僕の姿を見ると、隠れてしまって、なかなか餌が獲れないときがあった。十日も食ってなかった。それで久しぶりに一頭の野獣を見つけて追いかけた。そしたら、いつのまにかこの霧の里に迷い込んじゃって、キコの木の力で、動けなくなった。ブラッケンがそんな僕を捕えようとした。もうだめだって思った時にミリアが助けてくれた」
目の前で忙しそうに手を動かしているミリアは、まるで聞いていないかのように澄ましている。
「そのことをブラッケンはかなり妬んでいたらしい。龍の肉は不老不死っていうし、僕を捕まえて、切り刻んで売ろうって思ったらしい」
ブラッケンは、ミリアの悪口を言いふらそうとしたらしい。あの魔女は獲物を横取りしたとか、店で売っているものは信用できないとかだ。けど、みんなミリアがどんな魔女なのかを知っているから、誰もブラッケンの言うことを信じなかった。それもブラッケンの勘にさわったらしい。
ミリアに助けられたレオンは、森の中のミリアの研究所で用心棒として暮らす。時々幸せのフルーツに誘われて、野獣や吸魂鬼などが入り込んでくるからだ。龍がうろうろしているとわかれば、寄り付いてこないから。
ミリアは若返りの薬も研究していた。それで、レオンは自らの血を差し出す。研究の結果、半龍と言えども、その血の効果は凄すぎてコントロールが利かないとわかった。その時、一度だけ人間の姿に変わっていた。その時の姿を映像にしてすみれに送ってくれた。
「けっこういい感じ」
イケメンというよりも爽やか系。
「そう? でもすみれはこの顔がいいんだろう」
ミノの顔。同じ顔でも中身が違うから微妙にその表情が違う。たまにその顔にドキッとすることもある。まだまだすみれはグループAのミノのファンだった。
「いきなりブラッケンが店に来たんだ。そしてミリアにナイフを突きつけて、人質にとった。おとなしく檻に入らないと殺すって」
「そっか。だから簡単に捕まったのね」
「でもあいつは約束を破った。僕が檻に入るともう用はないとばかりに、ミリアを後ろ手で縛ったまま、谷底へ突き落した。もうミリアはこの世にいないって思っちゃった。力が抜けた」
「生きててよかったね。あの時の魔女がそう教えてくれたんだよね」
すみれの生き血を売っていたとき、一人の魔女がレオンに話しかけていたっけ。
そんな会話をしていると、いきなりドアが開き、ハヤタが入ってきた。
「ユキちゃん」
「あっ、ハヤタさん」
弾む声、満面の笑みのユキ。
二人がそこに並ぶと本当に大きいことを実感できた。ユキは恥ずかしそうにハヤタを見ていた。
「ユキちゃんまでがM87星から出てきたなんて知らなかったよ」
「何も言わないでいてごめんなさい。あっちでずっと待っているなんて辛すぎたんです。バルタン星の蝶子さんもこの界隈にいるって聞いたので」
ハヤタの顔が曇った。目をそらしている。なんだか怪しいってすみれは思う。あの人、調子ばかりよくていまいちどこか信用できない気がする。
「ハヤタさん、今、どこに住んでいるんですか。今度遊びに行ってもいいですか。私、今度ご飯作りに行きますから」
「あ、いや。それは・・・・・・。ユキちゃん、僕たちはきちんと婚約するまで、近づきすぎないっていう約束だよね」
ユキは、そうハヤタに言われて少し悲しそうな表情になる。しかし、すぐににっこりを微笑む。
「はいっ、すみません。忘れてしまいました。ハヤタさんと少しでも一緒にいたいって思って。蝶子さんに失礼ですよね。フェアにやります。じゃあ、ハヤタさん、また来てください」
健気なほど元気にそういうユキ。すごくかわいい人。
「じゃあね」
ハヤタは戻っていった。ユキちゃんはずっとハヤタの後ろ姿を見送っている。それでも振り向いてくれないハヤタ。
「あのやろう。とんでもない奴だ」
「えっ」
レオンが珍しく怒っていた。
ユキがレジに立った。
ひそひそと教えてくれる。
「ユキには言うな。ハヤタにはもう一人、親同士が決めた婚約者がいる」
「知ってるよ」
「あと数年したら、ハヤタがどっちと結婚するかを決めるんだけど、あいつ、今、もう片方の人と一緒に暮らしてる。嘘をついてるんだ。悪い奴」
それを聞いたすみれ、ユキちゃんの手前、顔に出さないように必死に務めた。しかし、背中の文字が真っ赤に光った。魔女たちの団体がその光に目がくらみ、コーヒーをひっくり返したり、怯んでいた。
「あ、そんな反応、すんなよ。ばれる」
「私じゃない。私が怒ると、
「勝手にレオンが書いたこの文字が光るんだもん」
「でもさ、おもしれぇ。あいつらが恐れおののいてみてるぞ」
すみれは後ろにいる魔女たちを見て、にっこり笑いかけた。しかし、魔女たちは目を伏せ、ひそひそとなんか話していた。すごく感じが悪い。
「ハヤタくんって、もう一人とそんな関係だなんて、ユキちゃんはどうなるの」
「さあ、いつかはばれるだろうな」
ユキは鼻歌を歌いながら、テーブルを拭いている。ミリアもそんなユキを悲しそうな目で眺めていた。