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魅力ある喫茶店

 すぐにメニューが運ばれてきた。

 開くと色鮮やかな赤いいちごを使ったデザートがたくさん並んでいた。

 イチゴのパフェ、イチゴのショートケーキは序の口。いちごとヨーグルトのサンドイッチ、イチゴクリームのクレープ、イチゴ大福もある。他、お客様のリクエストにもお答えします、と書かれていた。

「ねえ、すごいよね。秋なのにいちごづくしって、どっかの温室で作ってるんだよね」

 なにげなく、亜由美が言う。たぶん、それを聞いていたのだろう。さっきのサーバーの少女が言った。


「いえ、ここのイチゴはすべて天然のお日さまを浴びて育ちました。ですから、皆さんがハッピーになれるんです」

「え、でもいちごって春ですよね」

 少女は勝ち誇ったかのように言った。

「はい、ですから、春の季節の所で育てたイチゴなんです」

 そう言ってさっさとカウンターの奥へ行ってしまった。


「十月で春ってどこ?」

「あ、南半球? こっちが夏の時はあっちは冬でしょ。だから、今秋だから、きっと春だよ。じゃあ、これはオーストラリア産ってこと」

 莉緒が無理やりに言い訳するかのようにそう言った。それでみんなが納得した。


「じゃあ、私はパフェ」

と亜由美。

「私もパフェ」

と莉緒。

「私はショートケーキとシェイク」

 すべてストロベリーがつくから、皆まで言わなくてもわかる。


 後ろにいた高校生らしいカップルが席を立ち、レジでお金を払った。その際、サーバー少女になにかの券をもらっていた。二人は顔を見合わせる。女の子がなにか決心したらしい。それで左のドアを使って出て行った。

「ねえ、あの二人、帰ったのかな。それとも?」

「わかんない。そもそも私達、どっちの扉から入ってきたかわかんなくなった」

 莉緒が泣きそうな顔で言った。


「あのう、席が空きましたけど、どういたしますか」

 そうだ、席が空いたらそっちへ移るって言っていた。けど、すみれはどっちでもよかった。

 どうする? と目で合図した。亜由美は黒目を上に向ける。どっちでもいいってことらしい。莉緒はぼそりとここでいいんじゃない?という。すみれも合意した。


「なんか動くの億劫」

「ここの方がいいかも」


 そんなことを話していた。その間に、ドアが開いて他の客が入ってきた。二人はカップル。しかし、その二人がもっていたのは、どこかで見たことのある物。小さな西瓜だった。大切なものを抱えるようにしてもっていた。たぶん、すみれの考えが正しければ、あれは子宝西瓜のように見える。結婚の祝いや、子供が欲しい夫婦、カップルが二人で切り分けて食べると願いが叶うということらしい。しかし、中にはものすごい数の種が入っているとのこと。

 これらのインフォメーションは、すべて半龍の礼音から聞いたこと。ってことは、あの二人はもしかして・・・・・・。


 なんとなく、嫌な予感がした。

「お客様、そちらをお帰りになるまでこちらのバスケットにお入れください。転がってしまっては大変ですので」

 奥から長身の女性が出てきた。さっきのサーバー少女よりも背が高いかもしれない。その女性は小さなうりざね顔を包み込むように赤と緑の髪で覆われていた。その姿は凛とした中世の貴族の姫のよう。外国人のような美しい人だった。


「どうぞ」

 そう言われて我に返る。目の前にイチゴのショートケーキがおかれた。鮮やかな赤。しかも二つ。そうか、サービスで増やしてくれるって言っていたことを思い出していた。横を見るともう亜由美と莉緒もパフェを食べ始めていた。

「すっごくおいしい」

「うん、甘いよ」


 すみれもまず、一口イチゴをかじる。歯ごたえがあるが、それでも十分甘い。口の中に甘い汁がひろがった。そこら辺のスーパーでは味わえない代物だとわかった。それでいてさっぱりしている。

「本当、すごくおいしい。こんなイチゴ食べたことない」


「ありがとうございます」

 彼女が店主なのだろう。にっこり笑っていた。さっきまで後ろのテーブルにいたと思ったけど、もう目の前のカウンター内に立ち、すみれたちの会話を聞いていた。

「このイチゴたちはさんさんと降り注ぐ太陽を受け、それと共に愛情もたっぷりと注がれ、赤く熟した果実たちです。一口一口味わっていただければ、心も満たされるかと思います」

 すみれはやっぱりオーストラリア産なんだと思った。


 奥のお婆さんたちがたった。

「ミリア、ご馳走様。なかなかの出来だよ」

「本当に、今日は特にラッキーだったね。ここまでの物は早くから並ばなければ食べられないよ」

 ミリアと呼ばれた店主は涼しい顔をしている。その老婆たちがすみれたちの後ろを通り過ぎた時、すみれの背中がゾクリとした。なぜなのか。見られていたみたいだ。

 何かついていたのかもしれないと、後ろを見る。しかし、座席に制服のブレザーをかけているだけ。気のせいだったのかもしれない。

 老婆たちがお金を払った。そしてそのまま扉の方へ行こうとする。その時、一人の鞄から何かが落ちた。カランと音を立てる。皆が注目した。枯れた木の枝のよう。

「あら、いやだ。こんなものが私の鞄に入っていたなんて。きっと孫が悪戯でもしたんだね」

 

 そう言って二人の老婆は扉の向こうへ出ていく。すみれは気づいていた。その扉が閉まるわずかな瞬間、ほんの少しだけ白い霧のようなものが立ち込めていたことを。

 霧・・・・・。いや、それだけはイヤだ。


 老婆たちと入れ替わりに同じ扉から黒いマントを羽織った人が入ってきた。すみれたちと同じカウンターに座る。無言で人差し指を一本突き出した。それだけで何のオーダーなのかわかるらしく、ミリアはうなづいた。すぐに真っ赤なジュースを差し出す。

 あれって、きっとものすごく濃いイチゴジュースだよね。


 その人の顔は全く見えない。深々と顔の半ばまで隠れている。それでいて、その影からこっちを見ている気がした。あの元気なサーバーの女の子も近づかない。なんとなく、黒い異臭のする感じ。

 亜由美と莉緒はそんなこと、全く気にしないでぱくぱくと食べていた。

「すっごく幸せ。明日がテストだってことも忘れられる」

「ねえ、それってさ、忘れていないんだよ」


 亜由美と莉緒の他愛のない会話。いちごを食べて、幸せな気分になっていたのに、なんだか、あの黒いマントの人に幸せの氣がどんどん吸い込まれていくような気がした。まるで人の幸福感を食べている魔の使い。

 すみれは、ちょっと前に迷い込んだ夜の市場のことを思い出していた。檻に閉じ込められ、血を採られる毎日。逃げ出せたからいいが、もし、あのままだったら今頃はこうして笑ってはいられない。

 あれ、あれあれ。今、笑ってる? 明日、テスト。礼音がいない。なんか、段々気分が落ち込んできていた。どんどん昔に体験した嫌なこと、悪いことが脳裏に浮かぶ。


「お客様、大丈夫ですか」

 目の前に元気なサーバー少女の笑顔があった。我に返った。

「はい、このお三方にはイチゴをもう一個づつサービスですって」

 お皿に三つ、きれいなイチゴが並んでいた。カウンター内の美人店主がにっこりする。


 それをつまんで食べた。元の元気が取り戻せた気がする。なんだったんだろう。

「さあ、行こうか」

 亜由美が言うと、莉緒もカバンを手にし、立ち上がった。


 あの黒いマント姿の人もすっくと立ち上がり、お金を払うと右のドアを使って出て行った。

 亜由美に自分の注文した分を渡す。亜由美がレジに向かい、支払ってくれた。

 その間にすみれはカバンを手にし、莉緒の後を追う。

「あ、お客様、ブレザーをお忘れですよ」

 そうだった。制服のブレザーを椅子の背に掛けたままだった。慌てて制服を着こむ。


サーバーの少女は亜由美に三枚の券を渡していた。

「これは今夜限りのナイトマーケットの券です。銀貨二枚分に相当します。ちょっと変わったものでも手に入るかもしれません。お買い物、お楽しみください。お帰りはまたここへ戻ってきていただきましたら、帰れます。もし、ナイトマーケットに興味がなかったら、右のドアを、ナイトマーケットを覗いてみたいと思うなら、左のドアを使ってくださいね」


 ナイトマーケット? それって、もしかして、もしかする? 

「あ、亜由美。私、それって反対。行かないからね。よしなさいね」

 そう言っていた。亜由美も莉緒も顔を見合わせる。どうしようって思っているらしい。

 これがドアが二つある意味だったんだ。

 亜由美は興味深々だった。けど、莉緒が不安そうにしている。

「やめよう。帰ろうよ。もう十分幸福を味わったでしょ。さっさと帰って、テスト勉強しようよ。ねっ」

 すみれが再度そういうと、亜由美もあきらめた表情でうなづいた。


 ああ、よかった。

「ご馳走様でした」

 そう言って、すみれは右のドアに手をかけた。普通なら、ドアノブを廻してドアを開ける。けど、ドアはノブに触れた途端、勝手に開いた。さっき、出て行った人が完全にドアを閉めていかなかったらしい。

 そのまま勢いで、すみれの体のバランスが崩れた。体当たりをしようとして、そこには何もなかった、そんな感じ。肩透かしくらったみたいに前のめりになる。

 あれ、おかしい。なんか変だと思ったとき、美人店主が叫んだ。

「だめっ。そっちへ行ってはいけない」


 けど、その声は既に遅しで、すみれがバランスを崩して、ドアの向こうへ落ちていく。それに続いて亜由美も莉緒も落ちていった。右の扉の向こうは白い霧に覆われて、その中を落ちていた。

 どっちが上なのか、下なのかわからないほどの濃霧。しかし、重力がちょっとおかしいらしく、ゆっくりと落ちていく。どさりと地面に落ちたが、全く痛くはない。

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