もう帰ろう
亜由美の待つ喫茶・ミリアへ戻った。二人ともこのナイトマーケットへ来てよかったと思っているようだ。一応、得る物はあった。
「すみれさん、また来てくださいね。もうすぐ、イチゴの季節はおしまいですけど、次はまたなにか企画しているみたいですよぉ。ミリアさん、研究熱心なんで」
ユキちゃんがそう言ってくれた。
ミリアもカウンターから出てくる。
その時、扉が開き、マジ顔のハヤタが入ってきた。
「ユキちゃん、話がしたい」
ユキの顔が曇る。やはり、ハヤタの気持ちがユキに向いていないことをわかっていたらしい。
「今ですか? あとにしていただけますか」
ユキにしてはきつい口調で言う。
「蝶子さんが話があるって」
ハヤタの後ろから、一人の女性が現れた。
「あっ、蝶子さん、一緒だったんですね」
そこにはきれいなひらひらドレスを着た一人の女性がいた。この人が蝶子? えっ。
そこに現れた女性はスタイルこそいいが、人の顔とは思えない。目は蝉のように顔の端にあり、鼻はあるようでないような穴だけだ。口だけはおちょぼ口で、ちょこんとついている。髪の毛だけは金髪のような柔らかい感じで、ふさふさしている。
「蝶子さん、きれい。いつ見ても美しい」
そうユキがいうから、すみれたちは唖然として蝶子を二度見する。見間違いだったかもしれないと。しかし、どうみても昆虫のような顔。
「ユキちゃん、ごめんね。私、ハヤタさんと暮らしてる。もう離れられないの」
口調や声は普通の女性のものだ。
「わかってました。ハヤタさん、昔から蝶子さんのこと、好きだったってことも。かなわないって思ってました」
ユキは悲しそうにうつむいた。
美的感覚がものすごく違うことに気づいた。きっとM87星では昆虫顔がきれいに見えるのだろう。
ユキは肩を震わせていた。ミリアがその肩を抱く。
「いいんです。ハヤタさん、蝶子さん、お幸せに」
「ユキちゃん、星へ帰るのか」
「いえ、もう少しここで頑張ってみたいと思っています」
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
ハヤタと蝶子は会釈をして出て行った。それだけが言いたかったらしい。遅かれ早かれ、そうした事実をユキは知らなければいけなかったけど、すみれも胸が締め付けられるような思いに駆られる。
ユキは泣いているようだった。それでも去って行った二人に丁寧に頭を下げた。下げたまま、顔をあげなかった。
「ユキちゃん」
すみれもその背中を撫でる。
「上を向くと涙がこぼれるんですよ。ならば、下を向いて、こぼすだけこぼしちゃったら、もう涙はありません。頬を濡らすのが嫌なんですよね。上を向く時は笑顔でいたいですから」
そう言ってユキが思い切り顔をあげた。その顔には涙の痕はもうなかった。
「ユキ、あれがライバルっていう蝶子か」
「そうです。きれいでしょ。M87星とバルタン星は双子星って言われてまして、うちの星の男性はバルタン星の女性、大好きなんです。最初からかなわなかったんです」
ん~、それには賛同しかねる。
「ユキちゃん、私達の世界へ来たらいいと思う。ユキちゃんならかわいいってモテるよ」
本当にそう思う。ユキはすごくうれしそうな顔をした。
「こんな私に、嘘でもそう言ってもらえるだけでうれしいです。ありがとうございます」
「いえ、本当だってば」
「大丈夫。ユキちゃんは私が守る。そのうちに遊びに行かせます」
ミリアがそう言った。
「はい」
ようやくすみれたちは本来帰る世界への扉を開けた。そこはいつもの星空があり、忙しなく行き交う車と人の景色があった。亜由美にはナイトマーケットでの記憶がないとレオンがいう。莉緒はバイトで再び戻ることになるから、意識の中にあるらしい。
「さあて、また学校か」
「そうだね」
「父ちゃんたち、人間界へ遊びに来たいってさ」
「いいんじゃない? でもさ、夏潤の顔はやめてって言ってよね」
「わかってる」
龍の人間界遊びは続きます。けど、ここでちょっと小休止させていただきます。