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皆がその動きを止めていた。もちろん、すみれもだ。気がつくと、レオンが莉緒の券を手にして、怖い顔で見世の女を睨んでいた。
そのことに女も驚いたらしく、ヒイ~という声を出す。
「まず、この箱のことを説明しろ」
女は目をそらす。
レオンは莉緒の思考を読んだらしい。
「希望する金額を紙に書き、この箱の中に入れると・・・・翌朝にはそのお金が入ってるって? まじか」
「えっ、そんな箱があるの? それ、私も欲しい」
そんなものがあれば、一生困らないだろう。すぐさま、レオンがすみれの頭を小突く。
「そんなもん、欲しがるな。人間は働いて、その報酬をもらう。そういうことで幸せになれるんだぞ」
そんなことを言われても、誰でもお金はある方がいいに決まってる。
「うち、おじさんがすごい借金をして、どこかへ逃げちゃったの。うちの父がその連帯保証人になっていて、とんでもないことになってる」
莉緒にはお金が必要だったのだ。
「じゃあ、これさえあれば、莉緒のお父さん、救われるってことね」
すみれがそういうと、レオンは怖い顔で睨みつけた。
「あほかっ、そんなうまい話があるわけねえだろう。こんなことが事実なら、なんでこの見世はこんなもの、売ってんだ。これを使えばいくらでも金が手に入るだろう」
「ああ、そうだよね。それは変だよ、うん」
「うまい話には裏があるんだ」
「えっ、まさか、この箱ってどっかの銀行の金庫に直結しているとか? ここからお金をとると泥棒になっちゃうとか?」
「ん、そこまでひどい話じゃないけど、それに近いんだろうな。いくらでもお金が取り出せるわけじゃないってことだ」
なんだ、それなら手品のタネがあるのと一緒だ。
レオンが見世の女の思考を読んだらしい。それを女が悟った。
「あんた、龍だね。しかも思考が読める。手ごわい奴に見つかった」
サイアクだと言わんばかりに重いため息をつく。
「わかったよ。そうさ、説明にはまだ続きがある。そのお姉ちゃんからお金をいただいてから説明しようと思ってたんだ。本当だよ」
莉緒が青ざめていた。お金を生み出す玉手箱だと思っていたのだから。
「欲しい金額を書いて、翌日になるとそのお金が入っているってことは本当さ。しかもどこからか盗んできたわけじゃない。他人に迷惑をかけるような金じゃないっ」
すみれと莉緒が目を合わせた。それならさっきの説明と同じだ。何が問題なんだろう。
「それは自分が将来働いて得る予定のお金なんだ。未来にもらえるお金をちょいと先にもらうってことさ。もし、お姉ちゃんが専業主婦として家にいてもそれなりの報酬、つまり安定した生活から支払われる。そう、つまりこの玉手箱から出てくるお金は自分のお金ってことさ」
女は得意げになっていた。言った通りだろうと自慢げに見る。
莉緒は不安そうだ。
「でも、でもそんなお金を今、使っちゃったら、未来の私はどうなるの? 安定した生活から支払われるってことも知りたい」
「ん、まあ、将来働くけど、先に使ってしまうから、お金はもらえないことになる。安定した生活っていうのも、旦那がつらくあたるとか、ああ、でもね、いつかはいいこともあるさ、きっとね」
女は莉緒がもうそうなると思っているのか、同情した目で見てそう言った。
「それは莉緒が将来得るお金を先取りするってこと。結局、またお金が必要になるよ」
「そうしたら、またこの玉手箱を使えばいいのさ」
レオンが怖い声で言う。
「普通なら、お金が出てくることにも限度がある。けど、この玉手箱にはそれがない。だから、こんなところで売られていた。使いすぎる危険性があるからな。つまり、借りたければ借りられる。返せないなら、命が尽きたとしても魂として存在し、こんな世界で商売を続け、借りをすべて返さないとあの世にもいかれないってことだ」
莉緒がごくんと喉をならす。それはとても恐ろしいことに思えた。
「一万円借りたら、すぐに返せばいいだけのことさ。加減が大事なんだよ」
女が吐き捨てるように言う。
「でも、借金って八百万くらいあるんだよ」
「頑張って返すんだね。でっ、どうすんだい。説明はしたよ。この玉手箱、買うのか買わないのか」
莉緒がじっとその玉手箱を見ていた。迷っていることは明白だった。そこから必要なお金はもらえることを知った。しかし、それは将来、莉緒が働いて得る収入なのだ。それを今、使ったら、未来の自分が困ることになる。すみれもなんと言っていいかわからない。
「お姉ちゃん、ここでバイトする気はないかね」
女はそう言ってニヤリと笑う。
「ここでって、この世界のこの見世でってこと?」
「そう、あたし、娘に子供が生まれて、ひと月ほど留守をしなきゃならない。人手を探していたのさ。昼間は普通の生活をして、夜ここで働いてくれればいい。人間だったらきっと珍しがられて注目を浴びるかもしれない。その売り上げによっても給金は弾むさ」
莉緒はすみれを見ていた。どうしようって迷っているらしい。このナイトマーケットで働くことも怖い気がするから。
「一晩、二万円。それと莉緒が寝ないで働けるように、体の疲れと睡眠を閉じ込めておける玉手箱を貸せ」
レオンがそう言った。女が考えていたことを読み、それの上を言っていい条件にしようとしている。
「一晩二万円ならやる」
莉緒が即答していた。
「そして、そのお金が出てくる玉手箱、買う」
「えっ、本気?」
「うん。その玉手箱を使って、すぐに借金を返すの。この玉手箱なら、利子がつかないんでしょ。私、今からバイトして働く。将来の自分が困らないようにするから。そして、玉手箱が必要なくなったら、この見世でまた他の人に売る」
莉緒はしっかりしている。
「まあ、しかたがないね。そのひと月をすぎても、時々ここで働いてくれるんなら、疲れと睡眠を閉じ込める箱を用意しよう。ただし・・・・・・」
「決して開けてはいけません、でしょ」
そう、浦島太郎は開けてはいけない玉手箱を開けてしまった。莉緒は開けなければいい。そんなことができるのかわからないが、そうするしかないだろう。