第五回
自分は虫であります! 名前は軍隊アリであります!
産まれたばかりの時はまたアリかよ、などと思っていました。
しかし厳しい訓練に耐え、同期と励まし合いながら切磋琢磨し、一端の兵士となった今では軍隊アリとして生まれた事を誇りに思っています。
一流の戦闘能力を持ち、一流の行軍能力を持ち、一流の判断能力を持つ我々はまさにアリの中のエリートであり、最強の軍隊であります。
徘徊種であるが故に巣という防衛拠点を持たないことで常に攻撃を仕掛ける側であり、先手必勝の理を体現しています。
これにより人間に駆逐される事もありません。
むしろ人間の方が我々を恐れています。いい気分であります。
高度な戦術を駆使し、それを可能とする統制の取れた命知らずの勇敢な兵による攻撃は我々よりはるかに強大な生物であろうとなすすべはなく、他のアリならば回避する牛や馬も我々にとってはディナーであります。強靭な顎でかたいスジ肉も食いちぎります。
牛も我々の行軍を見ると逃げていきます。いい気分であります。
む、あんな所に他種族のアリが。
我々の進路上に居座るとは小癪な。
軍曹殿! あのアリンコに戦争というものを教えてやりましょう!
な! 転進でありますか?
なぜでありますか軍曹殿! 上の命令? 司令部はいったい何を考えているのですか?
我ら誇り高き戦闘種族が何故たかがアリ一匹を前に進路を変えねばならないのですか!?
ここを迂回しては河へ出てしまいます。渡河がいかに犠牲が出るか軍曹殿もご存知のはずです! 上はいつも工作部隊が命がけで架橋した橋を渡るだけで、それがどれほどの……ハッ、申し訳ありません言葉が過ぎました。
ならば軍曹殿、自分に行かせてください! 自分があのアリンコに対して先制攻撃をしてやります!
そうすれば上も考えを変えるはずです。お願いします軍曹殿!
……ありがとうございます軍曹殿!
必ずや我が軍の道を切り開いてませます。
おうおうアリンコちゃん、こんな所に一匹でどうした? ああん?
そんな所に居座られると邪魔なんだよ、わかれよ脳みそ詰まってんのか? カニミソでも入ってるのか? あれって脳みそじゃないんだぜ、知ってたか? ああん?
おい、シカトしてんじゃねえよ。それともブルってんのか? ああん?
近くで見るとデカいなオイ。図体だけなら軍隊アリ以上だからって調子こいてるんじゃねえぞ。大きさが戦力の決定的な差ではないって事を教育してやるよ!
む、この図体でなかなかのフットワーク。訓練された軍隊アリの動きに付いてくるか。面白い!
ぐわぁ! バカな、自分が脚を取られた!?
チィ、咀嚼しやがって。余裕のつもりか?
いいだろう、貴様を強敵と認めてやる。脚の一本などくれてやる。それで戦意を失うほど軟弱な兵士など我が軍には一匹も居ないと知れ!
ぬぐわあああ!!!
バ、バカな!? 自分が、軍隊アリが組伏せられてどの脚も出せずなす術がないだと!?
勝てない……桁外れのバケモノを相手にしてしまった!
だがただでは死なん!
軍曹殿! 今であります! 自分がコイツの脚に食い付いている間に全軍で攻撃を!
ふはははは、残念だったな。貴様は戦闘を行っているつもりだったのだろうが、我々は軍隊アリ! これが戦争というものだ!
……あり?
なぜ全軍転進を?
あ、そういう事か。
一匹の犠牲で強敵を回避するという合理的判断か。軍隊だもんね。被害を押させるベターな方法を取るよね。当たり前だね。
痛たたたたたたたたたた! ちょ、コイツ力強い! めっちゃ力強いって! メキメキっていってる! メキメキって音してるぅぅ!
顎、顎ヤバイだろそれ! ニッパーじゃん! 形完全にニッパーじゃん!
なんなんコイツ、アリだよね? アリちゃんだよね?
あ、待って、顎開かないで、ヤバイヤバイやめ……
アーーーーーーーー!