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95 どうせ抗えないんですよね

 桜が解答をチェックしている間、祀莉はサクサクと音をたてながらクッキーを味わっていた。

 美味しい上にそれなりにお腹が空いていたので、クッキーを口に運ぶ手が止まらない。

 そしてこれがまたお気に入りのミルクティーに合う。


 気づけば袋の中身はなくなっており、祀莉は今手にしている最後の1つを口に含んだ。





「祀莉ちゃんは文系の方が得意なんですよね?」

「はい? えっと、まぁ……どちらかといえば……ですけど」

「休み時間とかたまに本を読んでましたよね。文章を読み取る力がついているんだと思います」

「え……っ、あ、そ、そうなんでしょうか……?」


 桜に本を読んでいるところを目撃されていることを知り、祀莉は動揺した。


 入学当初はよく読んでいたが、諒華と親しくなってからは休み時間に読書をすることは少なくなった。

 ……が、続きが気になって放課後まで待てない時は、休み時間にこっそり読み進めていた。

 まさかそれを見られていたとは……。





「私もよく読んでいたんですよ。少女小説とか」

「そうなんですか。……ん? “読んでいた”ってことは今は?」

「今はあんまり……というか、ほとんど読みませんね」



 勉強に集中するために読書の時間を削ったのだろうか。


 祀莉はどちらかと言えば読書のために勉強の時間を削りたい。

 しかし要がそんなことを許すはずもなく、テスト前は強制的に小説を取り上げられてしまう。


(そのおかげで平均的な成績を維持できているので、文句は言えませんが……)


 自分の意思でセーブできる桜はすごいと思った。





「最近はどうしてか素直な気持ちで読めなくて……小説を読む気になれないんですよね」

「え……?」


 桜が読書をしない理由は予想しているものと違っていた。


 素直な気持ちで読めない?

 それはどういうことなのか、祀莉は疑問の表情で桜を見つめた。



「あ、え〜っとですね……。ヒロインとヒーローのすれ違いがあっても、“はいはい、どうせ最後はこの人とくっつくんでしょ〜”って思っちゃって……。なんか読むのが楽しくないというか……」

「はぁ……そうですか?」


 祀莉の場合、ヒロインとヒーローのすれ違いがあっても、“その先にきっと素敵な展開があるに違いない!”と期待を込めて読み進めるのだが……。

 どう感じるかは人それぞれということだ。







「どうせ抗えないんですよね。決まった運命からは……」






 静かな空間でないと聞き逃してしまいそうなほど、小さな声で桜は呟いた。



(え……? 今のって……)


 桜の言葉に思わず目を見開いた。

 聞き間違えではないのなら、まるで自分が主人公の立場であるかのような言い方だ。




「あ、いえ、ただの独り言です! 気にしないで下さい!」


 桜は自分の発言を打ち消すように体の前で手を振った。

 気にしないで下さいと言われたが、気にならない訳がない。







 ──どうせ抗えないんですよね。決まった運命からは……。




 耳に残る桜の言葉。

 祀莉と同様、前世の記憶があるのならそういう考えを持つこともおかしくはない。


(つまり桜さんも……?)



 いやいやそんなこと、あるはずがない。

 ……と頭の中で否定したが、実際に祀莉には前世の記憶がある。

 自分だけが例外ではない。


 桜も同じように記憶があって、小説の内容を知っているとしたら──





(前世の記憶があるから、要に惹かれている気持ちが本当なのか悩んでいる……?)


 シナリオに従って与えられた感情なのかもしれないと。



 祀莉だって要に対する感情が、本当に自分のものなのか分からない。

 役目を果たすために与えられたものなのかもしれないと、何度も考えた。




(確かめるべきでしょうか……?)




 間違っているかもしれない。

 頭のおかしい人間と思われるかも……。


(でもチャンスは今しかありません! さりげなく……! そう! この話を続けてそれとなく聞き出しましょう!)



 ごくり、と唾を飲み込む。

 緊張で体が震え、心臓がバクバクと音をたてている。

 それでも声だけは震えないようにと喉にしっかりと力を入れた。






「あの、桜さ──……」



 祀莉が覚悟を決めたその時──テーブルの上にあったスマホが大きく震えながら着信音を鳴らした。



(……っ!?)


 タイミングがタイミングだったので、飛び跳ねそうになった。

 悲鳴を上げることは回避できたが、そのかわりに吸った息と一緒に唾が気管に入ってしまい、大げさに咽せてしまった。


「──ごほ……っ、ごほっ」

「ま、祀莉ちゃん!? 大丈夫ですか……!?」


 桜は祀莉の後ろに回り込んで背中をさすってくれた。



「あ、ありがとう、ございます。だい、じょうぶですっ」


 右手で口を覆いながら左手を挙げて平気ですとアピールした。




(びび、びっくりしました……っ!! 一瞬、心臓が止まったかと思いましたっ!!)





 その間もテーブルの上に置いてあったスマホが、震えるたびに大きな音を立てている。



「ありがとうございます。もう大丈夫ですから、どうぞ電話に出て下さい」

「あっ、すみません!」


 音が鳴り続けるスマホを慌てて手に取った桜は眉をひそめた。

 それから素早く指を滑らせると、震えが止まった。

 桜はそのスマホを耳にあてずにテーブルの上に置き直した。




「あら? 今の、電話でしたよね? 出ても良かったんですよ?」

「必要ありませんから…………ん?」


 静かになったスマホが一度だけ短く震えた。

 同時に画面に通知が浮かび上がる。



「……ちょっとすみません」


 桜はまたスマホを手に取って内容を確認すると、画面を見つめたまま動きを止めた。

 見つめる、というより睨みつけると言った方が正しいかもしれない。


「あの……桜さん? どうかしましたか? もしかして、帰りが遅いからお家の方が心配して……?」

「いえ、そういうのじゃないんです。ただの悪戯メールですから無視して大丈夫です」



 桜は「困るんですよね〜」と言いながら、祀莉の向かいへと戻った。

 ソファの横に置いてあった鞄にスマホを入れる。


 その動作で一瞬だけ見えた画面に、また新しく通知が表示された。


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