94 クッキーとミルクティー
苦手な勉強も今日に限っては捗った。
嫌なことから逃げるためなら、苦手なことも苦にならないらしい。
教科書を参考にしながら必死に頭を働かせる。
(わたくしだって、やればできるんですからね!)
周りの音など聞こえない。
驚くほどの集中を見せる祀莉は無心でペンを動かしていた。
「──ひゃんっ!」
突然、頬に温かくて硬い感触。
驚いて顔を上げると、いつの間にか要が隣に座っていた。
「か、要っ!?」
「珍しく勉強に集中しているみたいだが……、大丈夫か?」
「大丈夫です……」
「……そうか。そろそろ休憩しろ。ほら」
そう言いながら祀莉の前に缶のミルクティーを置いた。
最近の祀莉のお気に入りだ。
甘さがとても好みで後味もスッキリしている。
祀莉の中でのブームを要が気にしてくれていると知って嬉しくなった。
「ふふ……ありがとうございます」
「熱いかもしれないから気をつけろよ」
「はい」
口の中に含んだミルクティーはまだ充分に温かい。
ということは、食堂近くにある購買まで行って買ってきてくれたのだろう。
(全然気づきませんでした……)
それほどまでに、自分は問題を解くのに集中していたのだ。
数式で埋まっているノートを見て驚いていた。
自主的にこんなにまじめに勉強したのは、いつ以来だろうか。
(──解答があっているかどうかはともかく……ですけど)
「祀莉ちゃん」
「──は、はいっ!」
ミルクティーを半分ほど飲んだところで名前を呼ばれた。
勢いよく返事をしてから、正面に座る人物の存在を思い出した。
そうだ、今日は桜もいたのだ。
「クッキー食べませんか?」
桜がラッピング用の透明袋に入っているクッキーを差し出した。
色とりどりのチョコレートでデコレーションされたクッキーには見覚えがある。
昨日、樹と一緒にチョコペンで飾り付けていたクッキーだ。
「いただいて良いんですか?」
「はいどうぞ。あと……すみません、祀莉ちゃんが勉強に集中している間にちょっと……いえ、だいぶ食べてしまって……」
「そうなんですか?」
「はい。北条君が……」
「え……っ!」
反射的に要へと目を向ける。
(要が手作りのクッキーを食べたんですか……!?)
1枚や2枚ならまだ分かるが、桜の言い方からしてそれなりの量を食べたようだ。
甘い系のお菓子にはあまり手を出さないのに、これはいったいどういうことか。
(甘さが控えめだったからでしょうか……?)
いや、チョコで飾り付けたからそれなりに甘いはず。
ということは……
(──桜さんの手作りだから!?)
そう考えるのが妥当なのだろうが納得がいかない。
(昨日はわたくしのチョコが良いと言っておいて……!)
やっぱり桜から直接渡されれば断れないようになっているのだろうか。
複雑な心境を抱えながらも、じ〜〜っと要を見つめた。
その視線に気づいた要は缶コーヒーを口に運びながら気まずそうに顔を背けた。
「……別に。小腹が空いていただけだ。……良いだろ、半分くらい。お前の分も残ってるんだから」
(いえ、そういう問題ではなく……)
まるで論点がずれている。
祀莉が言いたいのはそこではない。
もしかしたら、話をすげ替えようとしているのかもしれない。
そう思ってあえて何も言わずに黙っていると、桜がくすっと笑った。
「またまたぁ〜。北条君って分かりやすいですよね!」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら要を冷やかした。
意地の悪い笑顔で。
何のことを言っているのか祀莉には理解できなかったが、要にはじわじわと効いているらしい。
素っ気ない態度ではあるが、ほんのり頬が赤くなっているように見えた。
要は何も言わないまま、飲みかけの缶の中身を一気に飲み干し、ソファーから立ち上がった。
向かう先はこの部屋から出るための扉だ。
「要……?」
「北条君、どうかした?」
「……ちょっと缶を捨てにいってくる」
祀莉の視線と桜のからかいに耐えられなくなったのか、要は四方館を出て行ってしまった。
口をはさむ隙のないほどに俊敏な動きだった。
ゴミ箱ならこの部屋にもちゃんとある。
きっとこの場から逃げ出したかったんだろう。
「あらら……別に照れなくても良いのに」
桜は「ふふふ……」と意味深に微笑んだ後、ちらりと祀莉を見た。
(な、なんですか!?)
含みのあるような視線を向けられて身構える。
しかし桜は居ずまいを正して机に向かった。
赤いペンを手にして、祀莉のノートを自分の方へと寄せる。
「さてさて、祀莉ちゃんの解答をみせてもらいますね」
「え? あ、お願いします……」
今日は一段と緊張する。
自分なりに頑張って解いてはみたものの、あまり自信はない。
桜が一問ずつ解答をチェックするのをドキドキしながら見守った。
「今日はたくさん頑張りましたね。あ、良かったらそのクッキー食べちゃって下さい」
「はい。いただきます」
手に持っていたクッキーの袋に視線を落とす。
様々な形のクッキーにはチョコレートでかわいくデコレーションされている。
樹が楽しそうに遊んでいたのを思い出して、自然と頬が緩んだ。
自分が飾り付けたのはどんな出来だろうかと中身を探った──が、
(……あら? わたくしがデコレーションしたクッキーが1枚も入ってません)
入っているのは樹と桜が飾り付けたクッキーばかりだった。
底の方に埋まっているのだろうかと注意深く探ったが見つからない。
あえて抜いてきたのだろうか。
(要に食べてもらいやすくするために……? だったら初めから桜さんの分だけ入っているでしょうし……)
偶然だろうか……と首を傾げながらクッキーを1枚手にとる。
綺麗な丸形のクッキーには、チョコのかたまりがくっついていた。
樹がデコレーションしたものだと一目で分かった。
力を入れすぎて中身が一気に出てしまった時のものだ。
手がチョコまみれになったまま色々を触るものだから、樹の周囲には小さな手形がたくさんできていた。
思い出し笑いを堪えながらクッキーを口に運ぶと、サクサクとした食感とバターの風味が口いっぱいに広がった。
デコレーションされたチョコレートの甘さが丁度良い。
「おいしいです」
「ふふ、ありがとうございます。樹に言っておきますね。きっと喜びます」
クッキーを食べた感想を言うと、桜はふわりと笑った。




