表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/111

91 チョコの山

「ふむ、今年のバレンタインは平和ね」


 諒華は席に着くなりそう呟いた。

 予鈴と同時に教室に入った祀莉よりも後に到着したというのに、なんとも余裕のある態度だ。



「おはようございます、諒華。……平和、ですか?」


 いつものように挨拶をした後、質問の意味を含めて気になる単語を繰り返した。

 諒華はくるりと椅子を回転させて祀莉と向き合う。


「おはよ。中等部の時だったんだけどね……。朝来たら、北条君と秋堂君の机がすごいことになってたの」

「すごいことですか?」

「えぇ。チョコの山よ、チョコの山。今にも崩れそうなほど山積みの……」


 要へと視線を向けて言う。

 去年のバレンタインを思い出したのか、諒華はうんざりした顔をしていた。


「諒華、早くしないと先生が来てしまいすよ」

「あ」


 今日の1限目の先生は身だしなみや時間に厳しい。

 目を付けられたら授業で集中的に当てられる。

 諒華もそれを知っているので、着ていたコートを脱いでロッカーへと向かった。






(去年のバレンタイン。机の上にチョコの山ですか……)


 急いで授業の準備をする諒華を眺めながら、さっきの言葉の意味を思い返す。

 祀莉はあまりピンときていなかった。



 要は見ての通り、あの容姿だから女子生徒から人気があるのは理解できる。

 しかし、それをぶち壊すのには充分なほど愛想が悪い。

 プラスマイナスゼロどころかマイナスの方に傾いている。


(なのにチョコを渡そうとする人がそんなにいたんですね……)




 今年はどうなることやら。


 そう思いながら、桜の様子を盗み見た。

 すでに授業の準備をしており教科書を開いていた。

 勉強熱心な彼女は赤ペンや蛍光マーカーで何やら書き込んでいる。



 バレンタインだからと言ってそわそわしている様子はない。


(でも、チョコは用意してましたし……)


 興味がないわけではないだろう。

 ならば、渡すタイミングを計っているのか。




 桜から視線を右に移す。

 要に用事があるのか、貴矢が席を立って要のところに移動していた。

 手のひらを合わせて“お願い”のポーズをしている貴矢にそっけなく接している要。

 祀莉の席からは何を話しているのか聞き取るのは難しかった。



 その代わり、耳に入ってきたのは複数の控えめな女子の声。

 教室の廊下を見ると女子生徒の集団が群れをなしていた。

 移動教室でわざわざAクラスの前を通り、足を緩めながら中を覗いていた。


 視線の先には要と貴矢。

 彼らが注目を集めるのはいつものことではある。

 女子生徒たちは頬を染めながらうっとりと2人を見つめていた。


(バレンタインってすごいですね……)


 チョコを渡しにくるのかと思ったが、その集団はただ見つめるだけで教室の前を過ぎていった。






 バレンタインと聞いてから、頭の中はそのことばかり思い浮かんでくる。


(要は、桜さんのチョコを受け取るんでしょうか……?)


 昨日は祀莉からのチョコが欲しいと言っていた。

 今もそう思っているだろうか……?


 ……どうしても確信が持てない。

 今朝、母親に背中を押されて渡したものの、要の表情は困惑を見せていた。


(きっと、迷惑に思われたに違いありません……)




 要の心は揺れている。

 今、桜から直接チョコを差し出されれば、要も桜のことを──いや、すでに心は傾いているかもしれない。

 恋愛感情を抱いているかも。



(わたくしは、どうしてこんなタイミングで要を……)



 去年、要がたくさんのチョコをもらったからと聞いて、特に怒りや嫉妬は感じなかった。

 なのに、桜のことを考えると胸が締め付けられる感覚に襲われる。

 こんなこと今までになかったのに……。




(あぁ……もう、どうして!)


 意図しない方向に膨らんでいく感情を必死に抑える。

 これは本当に自分の感情なのか、悪役令嬢として用意された感情なのか……。


 下を向いて、膝の上で両手をギュッと握り込んだ。






「ま、祀莉……ごめんっ!」


 席に戻ってきた諒華は”しまった……!”という表情を見せた後、祀莉の肩に手を置いた。


「その時のチョコは、先生が没収したから大丈夫!」

「え……?」

「それにほら、北条君には婚約者の祀莉がいるってみんな知ってるし、心配しなくても受け取らないって!」

「あ……いえ、別にわたくしはそんな……っ! 全然! 何も気にしてませんから!」



 諒華の励ましの言葉に、自分がどんな表情をしていたのか察しがついた。

 おそらく感情が顔に出ていたのだろう。


「そう……? なんていうか、泣きそうな表情だったから……。変な心配させちゃったなら悪かったわ」

「いえ……大丈夫ですから。気にしないで下さい」



 気遣わし気に祀莉を見る諒華から顔を隠すように両手を頬にあてた。


(ぽ、ポーカーフェイス! ポーカーフェイスを保つのです!!)



 それは祀莉がもっとも苦手としている技術だった。






「そ、それにしても、バレンタインなのに皆さん落ち着いてますね……」


 もっと積極的に動いているのかと思っていた。

 諒華が言っていたチョコの山ができていてもおかしくはないのに。



「え? 昨日、先生が言ってたじゃない。“チョコを渡すのは放課後になってから”って。もしかしてまた聞いてなかったの?」

「え……と、はい」



 昨日は早く帰ることで頭がいっぱいで、先生の話なんて全く聞いていなかった。

 なるほど、バレンタイン当日についての話だったのか。

 放課後になるまではチョコは出すな……と。

 生徒たちはそれに従って静かに時間が経つのを待っているのだ。



(そうだったんですね。つまり、本番は放課後……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ