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08 代表者控え室を覗き見ましょう

 時間ギリギリまで四方館にいるよう(かなめ)に言われたが、どうしても我慢できない祀莉(まつり)は言いつけを破って、校舎沿いに歩いていた。


 進む先はもちろん要が向かったであろう代表者控え室。

 そこで桜が待っているのだ。


(わたくしの見ていないところでイチャつこうなんてずるいです!)



 物語の最後を見届けると決めたからには、全力で応援する。

 だから、せめて2人がラブラブになるまでぜひ見守らせてほしい。

 あの要がどんな風にデレるのかも見物である。


(要の手が早かったらどうしましょう。でも、強引に迫られて断れないっていうのも良いですね。唇が触れる直前に先生が呼びにきて寸止め……なぁーんて!)



 祀莉の妄想は止まらない。

 自然とニヤついてくる口元を隠した。


 口に手をあてて歩く祀莉の姿を見た生徒は、まさか自分の婚約者と桜がイチャイチャしているシーンを妄想しているなんて思いもしないだろう。





 ——ここですね。



 目的地に着いた。

 四方館から控え室へのルートは頭の中に入っていたから、迷うことなく辿り着くことができた。

 さっそく2人を観察……と思ったが、


(あれ? この窓、室内の様子が見えませんね……)



 綺麗に磨かれているのか、外の景色を反射している。

 角度が悪いのだろうか?

 いやいやいや、ここまで来てこれはないだろう。


 祀莉は覗き込める場所を探すために、窓の前を何度も往復した。


(何としてでも代表者控え室を覗き見するんです!)








「——ねえ、君」

「!」


 必死になって見えそうな角度を探していたら、急に背後から声をかけられた。



「どうしたの? 新入生だよね。もしかして迷った?」


 かじりつくようにして見ていた窓から顔を離して、声の主の方に振り返る。


 少し離れた場所にすらりと背の高い、眼鏡をかけた男性が立っていた。

 黒い制服に紺色のライン。

 同級生の男子生徒だ。


(う……人がいるなんて気づきませんでした)



 それほどまでに夢中になっていたのだ。

 ひとつのことに集中してしまうと、周りが見えなくなってしまう。

 自分の悪いところだと分かってはいるものの、まったくもって改善できていない。


 こんな場所でウロウロしているんだから、不審者と間違えられても仕方がない。

 幸い彼は祀莉のことを迷子と思ってくれたようだ。

 何か良い言い訳はないかと頭をめぐらせたが、やはり迷子が一番自然だろう。



「はい。その、迷ってしまいまして……」

「へぇ……君、可愛いね。良かったら校舎を案内しようか?」

「えっと……あの」


 男子生徒は妖艶な笑みを浮かべ、祀莉に向かって足を進めた。


(いえ、そういうのは結構なんですが……)



 さて、どう断ろうかと考えている間も男は近づいて来る。

 何においても反応の鈍い祀莉。

 ふわっと甘い匂いを感じて我に返る。


 いつの間にか、逃げてもすぐに捕まえられるほどに彼との距離は縮まっていた。




「とっておきの場所があるんだけど——」


 甘く、吐息混じりにそっと囁く。



(ひゃーーーーっ!! ち、近いですっっ!!)



 ギュッと閉じた目蓋に息がかかり、祀莉はぞわっと体を震わせた。

 いったいこの男はなんなのだ。

 最近の高校生は初めて会う女子生徒にここまで近づくのか。


(に、逃げないと……)



 鈍い祀莉もさすがにこれはヤバいと感じた。

 しかし右の足下にはプラントボックスが置いてあり、左は男子生徒の腕、後ろは校舎の壁。


 完全に逃げ場を失っていた。


(どうしましょーーっ!!!)





 ——ガラッ


 声を出そうかと考えたとき、後ろの窓が乱暴な音を立てて開いた。

 目の前にいた男子生徒が「げっ!」っと声を漏らした。


 そっと目を開けると、あんなに近かった男子生徒との間に距離ができていた。

 追いつめられた犯人のように、手のひらを見せながら祀莉から少しずつ後ろへ下がっている。

 それから男子生徒の表情は「あっちゃー」というものへと変わっていった。



 背後からの禍々しいオーラ。

 嫌な予感がした。


 かくかくとした動作で恐る恐る振りかえると、部屋の中から要が見下ろしていた。


(……っ!!?)




 春になり、肌を撫でる風は暖かいものになったはずなのに、今この場に吹いている風は、とてつもなく冷たいものに感じる。



「やぁ、要! 久しぶり。元気だったかぁ〜?」


 祀莉越しに明るく声を掛けた男子生徒は要の知り合いのようだった。

 片手を上げて軽く挨拶をする。

 鬼のような顔をした要にどうしてこんなにも普通でいられるのか、祀莉は不思議で仕方がなかった。



「なんでお前がここにいる……」


(ひぃぃいい〜〜〜! バレましたっ!!)



 ドスの効いた低い声。

 男子生徒に向かって放った言葉を、祀莉は自分に対する言葉だと勘違いした。

 そのせいで小学校で蓄積された要への恐怖が蘇り、金縛りにあったように体が硬直した。

 もう色んな意味で逃げ出したいが足が動かない。


 どうしよう……怖い……。



 窓から身を乗り出した要が、固まっている祀莉の腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。



「い、いやっ……。放してっ」


 力の差は歴然としていて、ちょっとやそっとの抵抗では振り払えない。


 ついさきほどまで警戒していた男子生徒に、涙目になりながら助けを求める視線を送った。

 が、彼はきょとんとしている。


 身を捩って渾身の力で腕を引くと、掴んでいた手は簡単に離れた。

 かわりに脇の下に手を差し入れられる。



「ひゃあっ!?」


 くすぐったさに思わず声を上げてしまった。

 瞬間、地面から足が離れ、要に抱き上げられていた。



(なななな、なにっ……!?)


 突然の浮遊感に何が起こったのか理解できない。

 頭の中は真っ白だった。

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