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79 早く目を覚まして下さい!

 数週間ぶりの登校。

 教室にはすでに半数以上の生徒が揃っていて、新学期の初日とは思えぬ賑わいを見せていた。


「北条君、祀莉様。明けましておめでとうございます」

「どうぞ今年もよろしくお願いします」


 祀莉が教室に入るなり、数人の女子生徒が新年の挨拶で迎えてくれた。



「あけましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

「……」


 祀莉も同じように挨拶を返すが、後ろにいる要からは何も聞こえてこない。



(挨拶くらいしたらどうなんですか。本当、愛想がないですね……)



 女子生徒は全く気にした様子がないので、これが彼の通常運転だということは分かっているようだ。




「祀莉様。今、皆さんと新年はどこで迎えたかという話をしていたんですの」

「そうなんですか」

「祀莉様は冬休みの間、海外に行ってらしたんですよね?」

「え……」


 桜と諒華がすでに自席に着いているのが見えたので、挨拶に行こうと思ったが女子生徒の一人が続けて話しはじめたので叶わなかった。

 しかもその内容がとんでもないことだと気づく。

 どうして知ってるのか……と疑問を抱いたが、彼女たちなら西園寺家の人間が海外に行っているという情報を知っていてもおかしくはない。




「わたくしはニューヨークで年を越しましたわ。祀莉様はどちらで?」

「あの、え〜っとぉ……」



 なんとも答えにくい質問にたじろぐ。

 周囲の生徒は興味深気に祀莉に注目していた。



(どどど、どうしましょう……!)


 両親は海外に行っているけど自分は日本にいました、と答えれば良いのだろうが躊躇してしまう。

 答えた後に祀莉が日本に残った理由や、その間どうしていたのかという質問が飛んでくるに違いない。


新年早々、こんなピンチを迎えるとは……。




「祀莉は俺の家で預かってた。ご両親は仕事で海外に行ったけど、どうしても残りたいって言うから」

「か、要……!」


 軽く流すこともできないので半ばパニックになっていると、後ろにいた要が祀莉の代わりに答えた。

 余計なことも加えて。

 それを聞いた女子生徒たちは興奮気味に祀莉へと詰め寄ってくる。



「まぁ! 北条君とご一緒に? 羨ましいですわっ」

「北条君のご自宅なら安心ですね!」

「祀莉様は北条君と一緒にいたくて残ったのですか?」



 お淑やかに新年の挨拶をしていた姿はどこへ行ったのやら……。

 まくしたてるように祀莉に質問を浴びせながら、キラキラした眼差しで2人を交互に見ていた。


「いえ、あの……」

「そろそろ先生が来るから自分の席に行け。ほら、お前たちも」


 要が祀莉の背を押して席に向かうように促した。

 それを合図にクラスメイトたちは自分の席へと戻っていく。







「おはよう、祀莉」

「おはようございます、諒華……」


 己の席から様子を見ていた諒華と挨拶を交わし、ほっとしたように椅子にもたれかかった。

 と、同時に諒華は椅子ごとくるりと振り向いた。


「祀莉、祀莉」



 机越しに手招きをして、口元が見えないように手を添えて祀莉を呼ぶ。

 内緒話をするような体勢に応えて、祀莉も前のめりに諒華に顔を近づけた。


「祀莉ってまだあのマンションにいるの?」

「はい。両親が帰国するまで、もう少しお世話になる予定です」

「学園には?」

「言ってないと思います。お世話になるのは少しの間だけですし……」



 そもそも祀莉は両親が海外に行ったからといって、自宅から出るつもりがなかった。

 そう思っていたのに、いつの間にかお泊まりの準備を進められていた。

 北条家にも色々と頼んでいたらしく、裏で話が着々と進み、結局要のマンションに居座ることに。

 念のためと学園に報告している可能性もあるが、そのあたりのことは祀莉には分からなかった。



「……できれば、お父さまたちが帰ってくるまで何もないままでいてほしいです……」

「なら良かったわね。あんたが変に口を滑らす前に北条君が助けてくれて」

「え?」

「さっきのあんたは挙動不審すぎ。知られたくないならポーカーフェイスくらいできるようになりなさい」

「う……」

「祀莉と北条君は毎日一緒に登下校してるから大丈夫だと思うけど。まだお世話になるんなら、気をつけなさいよ?」

「は……はい!」



 諒華の忠告に力強く頷いた。


(危なかったです……! 要、ありがとうございます!!)




 口下手な祀莉が変に誤摩化そうとすると返って怪しく聞こえる。

 だからといって意識しすぎて不自然に答えたり、逆に黙ってたりなんかしたら、余計に何かあると詮索されるだろう。

 そうなる前に、要が場をおさめてくれたということだ。




(ありがとうございます、要! あら……?)


 要の背中に向かって手を合わせていると、桜が自分の席から立ち上がった。

 テキストを手にして要の方に近寄っていったということは、冬休みの課題関係だろうか。

 話しかけられた要も自分のテキストを開いて真剣に話をしていた。



(要は桜さんのことはなんとも思ってないって言ってましたけど……)



 やっぱり納得がいかない。

 同じクラスで過ごしている中で、お互い惹かれ合っているはずだ。



「諒華。要って中学の時は女子生徒に話しかけられるのも嫌ってたって言ってましたよね?」

「そうねぇ。接するのも必要最低限って感じで、すっごい近よりがたかったけど……。今はそうでもないわね。ちゃんと会話してくれるし。Aクラスの女子だけには、だけど」

「そうですか」

「昔に比べて丸くなったもんよ。誰かさんのおかげね〜」


 諒華は最後に意味ありげに呟いた。




 その昔、要は自分に近付いてきた女子生徒を冷ややかに目で追い払っていたとか。

 祀莉はもう一度、真剣に話し合っている要と桜を見る。



(誰かさんのおかげ……? ——それってつまり、桜さん!)


 桜と要が話しているところは、入学当初に比べて随分目撃するようになった。

 後ろの席から目敏く観察しているから見逃すはずがない。

 祀莉が求めている雰囲気がないことにがっかりしていたが、会話するようになっていること自体が進展なのだろうか。


(そうです! きっとそうです! 要と対等に会話できる時点ですごいんですから!!)



 ストーリーは進んでいる……はず。

 あまりにもゆっくりだと思うが、それでも少しずつ。


(最後に自覚するにしても、流れの節々にときめきイベントがあってもいいはずなんですけど……)


 祀莉が疎すぎて変化に気づいていないだけだろうか。

 それともライバルとして何かしらアクションを起こさないと、2人の中を発展させるイベントは起きない?



(わたくしの出番でしょうか……? でも……)


 無理にくっつけようとしても失敗ばかり。

 裏目に出る結果ばかりを繰り返した祀莉は、もう余計なことはしないと決めていた。

 もっと桜が歩み寄ってくれれば、要も意識して恋に目覚めるかもしれないのに……。

 できることは、ただただ2人の仲が深まることを祈るだけ。



(きっとわたくしを好きと言ったのは婚約者としての責任からです! 早く目を覚まして下さい、要!!)


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