78 やっと読めるんですね……!
要は退屈そうにニュースが流れるテレビを眺めていた。
足を組み、ソファの肘掛けに肘を預けて頬杖をついている姿は、どこの王様だと突っ込みを入れたくなる。
様になっているから余計に。
まぁ、それは良いとして……。
祀莉は要に寄り添うようにソファへと腰を下ろした。
「要」
要は呼びかけられると体勢はそのままに、テレビから祀莉に視線を移した。
目が合うと祀莉はにっこりと笑った。
そして——
「終わりました! 終わりましたよ、要!! さあ早くわたくしに小説を!」
「……分かったから」
終わった課題を見せびらかすように要の顔に押し付け、確約していた小説を要求した。
それはもうしつこいほどに。
だだをこねる子供のように騒いだ。
約束は果たしてもらわないと!
没収された本を隠しているという部屋に案内してもらうべく、要の手をとって無理矢理ソファーから引っ剝がす。
面倒そうな表情を浮かべても構うものか。
「ほら、行きましょう!」
「あー……もう、分かったから」
観念した要は手を引かれるまま祀莉に従って廊下へと出た。
(ふふふ〜。これで新学期が始まるまで思う存分読書ができます!)
ずっと我慢していたのだから嬉しくて仕方がない。
課題を終わらせれば本が読める。
それを信じて今日まで必死にテキストを埋めていたのだ。
(本当にがんばりました……!)
夏休みのように要が手伝ってくれるだろうと期待していたのに、昼間は用事があると言って出掛けてしまい、祀莉は1人の力で問題を解くしかなかった。
(要が帰ってきたら解答が合っているのか、確認されるんですけど……)
そして無慈悲にも間違っていると指摘され、泣く泣く解きなおしである。
そんな苦いを思いをしながらもようやく課題をクリアできた。
要の後ろについていくと、本が隠してあるという奥の部屋の前に着いた。
(やっぱりここだったんですね!)
要が外出している時、勉強の息抜きにと家の中を探検したことがあった。
たくさんある部屋のどれかにお目当てのものが隠されているはず。
しかし、ほとんどの部屋はロックが掛けられていた。
鍵穴ないところを見ると、電子ロック式のようだ。
これでは祀莉にはどうすることもできない。
部屋を開けてもらうには課題を終わらせるしかなかった。
そして今──
「さぁ要! 早く開けて下さい!」
「はいはい」
急かすように要の袖を両手でぐいぐいと引く。
要はカード型の鍵を取っ手の下部分に押し付けてロックを解除した。
そして期待の眼差しを向ける祀莉をちらっと見てから扉を開けた。
「ほらよ」
「こ、これは……!」
開かれた部屋の中を覗き見ると、そこはまるで小さな図書館だった。
たくさんの本棚が並んでいるがまだ本は数冊ほどしか埋まっていない。
その中の1つにに、祀莉がテスト終了まで読むのを我慢していた小説や漫画が置かれていた。
「やっと……やっと読めるんですね……! もう続きが気になって気になって!」
没収されていた本との感動の再会を果たすことができて、テンションが上がる。
どれから読もうかと悩みどころである。
「夜更かしするなよ」
「分かってます!」
複数の小説を抱えて喜びに浸る祀莉に向かって、要が念を押した。
***
要の忠告に素直に頷いたものの、祀莉は新学期の前日までこっそりと部屋で読書を続けていた。
気づいた時には、時計の針はすでに深夜の2時を指していた。
(やってしまいました! 早く寝なくては……!)
少しだけ……と思っていたのに何たる不覚。
休み中はずっとお昼近くまで寝ていたので、朝に起きれるか不安に思いながらも布団に入った。
「だからあれほど……。おい、祀莉! 起きろっ!!」
翌朝、ぐっすり眠る祀莉は、目覚ましもお手上げなほどに熟睡していた。
そして要に叩き起こされることになった。
部屋に押し入り、祀莉を包んでいる布団を無理矢理引っ剝がす。
「ひゃぅっ……な、なんですか!?」
急激な寒さに驚いて目を開けると、布団が勢いよく舞っている。
何ごとかと体を起こすと、ベッドの側で要が見下ろしていた。
「いつもより近いとはいえ、トロトロしてたら遅刻するぞ! 早く着替えろ!」
「は……はい」
祀莉の自宅よりも学園に近い分、ゆっくりしていても問題はないが、いつまでも準備が捗らないのでは意味がない。
春江が手伝い、ようやく登校できる状態になった祀莉の手を取って部屋を出た。
学園まで送迎してもらうため、運転手が待つ地下駐車場へと向かう。
祀莉の手を引いて歩いている時、要はある違和感に気づいた。
「祀莉……お前、指輪はどうした?」
「指輪ですか……? ちゃんと持ってますよ。ここに」
まだ眠そうな顔をしている祀莉は、おもむろに胸元のリボンをはずして、制服のボタンに指をかけた。
開かれた胸元から銀色の鎖を掴み、引っ張り出す。
胸の谷間に挟まれるようにして出てきた鎖の先には、要が指摘した指輪がついていた。
「ちょ、何してんだ!」
「才雅が失くさないようにって、指輪用のネックレスをプレゼントしてくれたんです。それくらい良いじゃないですか。本当は学校に持っていくのも嫌なんですから……」
「そうじゃなくて! あーもう分かった、分かったから!」
「本当ですか! 指につけなくても怒りません?」
「本当だ。だから…………ちゃんと制服を着ろ! まったく……才雅のやつ、いらん知恵を……」
要は周囲に人がいないかを確認した。
幸い、マンションの駐車場には2人と運転手しかいなかった。
後部座席の扉を開けて待っている運転手からは、要の体で見えていないはず。
要は突拍子もない行動に戸惑いながら、素早く祀莉の制服を整えた。
そんな要の心中を察することもなく、祀莉は心の中でガッツポーズをしていた。
(さすが才雅! 言う通りにしたらワガママが通りました!)
数日前まで祀莉は悩んでいた。
指輪をつけて登校することに少なからず──いや、かなり抵抗がある。
冬休みはまだ我慢できるがそれ以降は……と、ひそかに才雅に打ち明けていた。
すると、数日の内に指輪用のネックレスを誕生日プレゼントとして贈ってくれた。
首にかけていつも持っていると言えば、納得するだろうからと。
指輪のことを聞かれたら、首にかけたまま見せれば良いとアドバイスをもらっていた。
結果は良好。
狙い通りである。
(これで安心して学校に行けます!)
「ほら、早く乗れ」
「あ、はい」
軽く背中を押され、2人を待っている車に乗り込んだ。
いつの間にか袖を通していただけのコートのボタンもきっちり留められていた。




