07 警戒すべき人物
東西南北・四大資産家グループの子息令嬢のみが利用できる四方館。
入学式までの時間が迫っているというのに、要はそんなことは全く気にしていなかった。
本棚が欲しいと言った祀莉のために、パソコンを操作している。
ショッピングサイト内で良さそうな品をピックアップしていた。
要の前に座らされて身動きが取れないと戸惑っていた祀莉は、今は大人しくパソコンの画面を凝視している。
しかし、一見パソコンの画面を見つめているように見えるが、いつものごとく思考に夢中のようだった。
また考えごとに耽っているなと要は呆れていた。
(お前が欲しいんじゃないのか……)
こうなってしまっては、話しかけてもなかなか現実に戻ってこない。
試しに顔の前で手を振ってみたが、反応無し。
後ろからお腹に手を回して抱きしめても同様。
「……おい、祀莉」
耳元で名前を呼んでみたが、まだ戻って来る様子はない。
これは小学生の時以上に目が離せなくなっている。
あの時は西園寺家に取り入ろうとする人間にだけ警戒していたが、これからはもっと警戒しなくてはならない。
特に学園の外では手も離せない。
その点、この学園は安全だ。
セキュリティーはしっかりしているし、通っているのはそれなりに良い家柄の生徒だ。
西園寺に取り入る必要はない。
仲良くしておきなさいと親からは言われるだろうが、必死に友人関係を築こうとは思わないだろう。
家柄なんて気にしない奴らだ。
中等部の時も自由奔放で好き勝手やっていた。
彼らがそのまま高等部に持ち上がるので、クラスメイトのことはよく知っている。
——1人を覗いて。
1番警戒すべき人物。
特待生枠で入ってきた女子生徒、鈴原桜。
庶民の娘がどうしてわざわざこの学園に入学してきたのか。
もちろん狙いは社会的地位が高いものが集うクラスメイトだろう。
学園の方針で特待生はかならずAクラスになる。
これまでも、良い就職先や結婚相手目当てで何年かに一度、入ってきたことがあった。
傾向として、西園寺を含む四大資産家グループの子供が入学する年に入って来るそうだ。
特に今年は、家のランクでB〜Fクラスに入れる生徒でも、Aクラスになりたくて特待生枠を希望するものが多くいたらしい。
それらを押しのけて特待生枠を勝ち取ったのだから、成績が良いことは認める。
しかし、それは西園寺もしくは北条に取り入るためかもしれない。
警戒するにこしたことはない。
だというのに、どうしてか祀莉はその女子生徒を気にかけていた。
放っておけば良いものを、わざわざ校門まで戻って花園グループの令嬢を止めようといた。
面識はないはずの女子生徒をなぜ助けようとしたのか。
それに、さっきのようにお人好しを発揮してもらっては、無駄に男子生徒の好感を高めてしまう。
威嚇はしておいたが、いつ手を出そうとしてくるか……——。
それにしても、自分の腕の中にいるこの娘。
知らないうちに連れ去られてもおかしくないほどに、完全に意識がどこかにとんでいる。
目を開けて寝ているんじゃないかとも思う。
本当はもう少しこうしていたいが、そろそろ起きてもらわなければ。
要は再び祀莉の耳元に唇を近づけた。
——ペロッ
「ひゃんっ!! ちょっと何するんですか!?」
自分の世界にトリップしてた祀莉は、突然の奇妙な感覚に我に返った。
(い、いい今、耳を舐めました!?)
耳から全身にかけて皮膚がぞわっとした。
舐められた耳をおさえて振り向くと、すぐそばに要の顔があった。
「お前、考え事に集中すると本っ当、隙だらけになるな……。そのうち食われるぞ」
「な……っ。やめてください。怖い話と痛い話は苦手です!」
まったく真意が伝わっていない祀莉に、要は一瞬だけ苦い表情を浮かべ、パソコンを指さした。
「本棚、いくつかピックアップしたからこの中からさっさと選べ」
「え、あ……はい」
そういえば、本棚を探している最中だったと思い出した。
パソコンの画面に目をやると、リストアップされた本棚が並んでいた。
本棚といってもたくさんあるようだ。
ここに置いていてもカモフラージュできるように、大判のマンガが2列並べられる奥行きが欲しい。
上から順番に目を通す。
要はちゃんと祀莉の考えを見抜いて、奥行きのあるものが多かった。
その中の一つに気になるものがあった。
「これを詳しく見たいです」
目にとまった本棚を指す。
祀莉は、自分で操作したかったがマウスが遠くにあって届かない。
要の手がマウスに伸び、画面を動き出したカーソルが画像をクリックした。
その動作で、要の腕が祀莉の腰に回されていることに今更気がついた。
左手は添えられたまま動かない。
いやらしい手つきではないので、ただ手の置き場所としてここにあるのだろうと考える。
変につっこんだら不機嫌になって八つ当たりされそうなので、気づかないフリだ。
「おい。またぼーっとしてるのか? この本棚で良いのか?」
「え、あっ、すみません。では、これでお願いします」
「分かった。なんなら漫画もこれで買えるぞ?」
「……いえ、履歴が残るのはちょっと……」
以前、ネットで購入することも考えた。
しかし、届いた荷物を調べられるのは嫌だし、万が一誰かに履歴を見られたらと思うと怖くなってネットを利用するのは諦めた。
それでいちいちショッピングセンターまで買いにいっているのだが、一度、要に見つかってからは、なぜか彼も同行しようとする。
ついてくるなと言ってもきかない。
気づいたら後ろにいるという恐怖を何度も味わった。
背後に立たれる方がイヤで、仕方なく一緒に行動するようになったが……。
「そうだな。また買いに行こう」
——別について来てもらわなくても結構なんですが……。
目的の本棚も決まり、マウスの主導権を奪い取った祀莉はサイト内を閲覧していた。
ちなみに要は祀莉の後ろに座ったまま。
もう用はないからどいてくれと言えば良いのに、全く気に留めることなく、祀莉はネットに夢中になっていた。
そんな時、部屋の隅にあるスピーカーから放送を開始する音が鳴った。
ここも一応、校舎扱いなので校内放送が聞こえるようになっているらしい。
『北条要様、北条要様。新入生代表控え室までお越しください。繰り返します——』
校内放送で要が呼び出された。
そもそも、要が早めに来たのは学園の人間に早く来るように言われていたからだ。
新入生挨拶の大まかな流れを説明するのだろう。
要の名前だけということは、桜はすでに控え室にいるということ。
そこに要が来て先生の説明を聞いた後、二人っきりに……。
——覗き見たい……。
「要、代表生徒の控え室ってどこにあるんですか?」
あわよくば窓の外から覗き込めないかと、祀莉は質問した。
要は祀莉が操作していたマウスを動かし、手早くパソコンで学校内の見取り図を表示した。
(なぜ、わたくしの手の上からマウスを操作するんですか!)
心の中の抗議は聞こえるはずもなく、要は表示された講堂のすぐそばの部屋を指して、ここだと教えてくれた。
なるほど、ここか。
講堂の近くだから少し覗き見してから、向かっても間に合う。
ここでヒロインが待っているのだ。
緊張している彼女を安心させるという大事な役目があるというのに、なぜこんなところで悠長にしているのか。
自分に添えられていた手を半ば無理矢理どかせて、祀莉は椅子から立った。
「放送で呼ばれてますよ。行かなくて良いのですか?」
祀莉の言葉に要は気怠そうに椅子から立ち上がった。
「……できるだけギリギリまでここにいろ」
「え、なぜです?」
「いいから」
疑問を返す祀莉に、要は理由も語らず一方的に言葉を放って四方館を後にした。
逆らうとこわーい顔で睨まれるから、できれば従っておきたいが——
(時間ギリギリで講堂に行けば……バレませんよね)
数分後、要に対する恐怖よりも溢れんばかりの自分の欲望に従い、祀莉は四方館を出た。