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72 ここ、どこですか?

 目が覚めて、まず視界に入ってきたのは白い天井。

 陽の眩しさと眠気で再び目蓋が落ちるが、なけなしの意思で起きる努力を試みた。


(そろそろ起きないと…………んん?)


 視界の焦点が合うまで何度も瞬きを繰り返すうちに違和感を覚えた。

 上半身を起き上がらせて、目を擦りながら改めてじっくり部屋を見回す。


(ここ、どこですか?)



 全く知らない部屋。

 困惑しつつも自分が置かれている状況を理解しようと昨日を振り返る。

 諒華の家のパーティに参加して、その途中で急に意識が遠くなったまでは思い出した。

 強い眠気に襲われて、不覚にもパーティーの最中に眠ってしまったのだ。


(ということは、この部屋は会場だったホテルの中でしょうか? でも……)


 ホテルというよりは、誰かの部屋のように思えた。

 要か諒華の自宅にお世話になったという可能性はあるが、しかし部屋の広さ、間取り、家具においてまるで見覚えがない。

 自分がどうしてこの部屋で寝ていたのかということも分からない。


(ん〜〜運ばれている時に、一度目が覚めたような……ぁ────っ!?)



 要にこの部屋に運ばれたことを思い出した。

 あの時は暗くてこの部屋とは雰囲気が違うが、ベッドと窓の位置は同じ。

 祀莉が今寝ているベッドに降ろされたのだ。


 それからパーティーの招待に声をかけなかったことを問いつめられて、お酒を飲んだ飲んでないと押し問答して。

 そうしたら……いつのまにか押し倒されていた。


 婚約を解消しようとしているのか、という問いに頷いたら鬼のように怒りをあらわにした。

 なぜ、そんなにも怒るのだろうか。

 要が怖いという感情とともに祀莉は不思議に思っていた。

 むしろ嬉しいのでは?


(だって要は桜さんのことが好きで……)



 ──俺は鈴原のことは何とも思っていない



(あれ?)


 脳裏に掠めた要の声を皮切りに、昨日の夜の記憶が次々と蘇る。

 真剣な眼差しで見下ろしてくる要の顔。




 ——俺が好きなのはお前だ



「えっ、あぅ……えっと……」


 困惑と動揺が胸に広がり、鼓動が速くなる。


(冗談ですよね!? だって、要は桜さんのことが……)



 ——まずその考え方を改めろ





 掴まれた肩、合わさった額。

 そして唇の感触までも。


(あ……あぁ〜〜っ)


 両手で顔を覆う。

 全部思い出して顔が熱くなってきた。


 ただ、キスをされてからの記憶がない。

 祀莉の中では処理しきれなくて、強制的に脳がシャットダウンしたと考えるのが可能性として高い。

 アルコールと疲れで眠気がピークだったのも手伝って、気を失うように眠りについたのだろう。




(なんて無防備なんですか、わたくし……)


 願わくば夢であってほしかった。

 あれは夢なんだと誰かに否定してほしい。

 しかし、そう考えるには無理があるほど鮮明に思い出してしまった。


(どんな顔をして要に会えば良いんですかぁ……)




 恥ずかしさに叫びそうになっていると、部屋の外から小さく人の足音が聞こえた。

 それは扉の前で止まり、一息置いてノックの音が部屋に響いた。


(要……っ!?)


 いや、要ならノックなんてせず勝手に入ってくるはずだ。


「は、はい! どうぞっ」


 返事をしながら反射的に居住まいを正した。

 しばらしくて扉が開かれる。

 人が入ってくる気配にドキドキしながらも祀莉は身構えた。




「おはようございます、祀莉お嬢様。おそろそろ目覚めかと思いまして……」


 顔をのぞかせたのは女性だった。

 ゆっくりと部屋に入ってきた彼女は人好きのする笑顔で挨拶をした。

 歳は40代くらいだろうか。

 落ち着いた色のエプロンがとても似合っていた。


「えっと……」

「これは失礼致しました。わたくし、北条家にお仕えしております、富田とみた春江はるえと申します」

「はぁ……あ、あのっ、西園寺祀莉です」


 富田春江と名乗った女性は、ぽかんとしている祀莉の前までやってきて丁寧にお辞儀をした。

 つられて祀莉もベッドに座っている状態でお辞儀をして名乗ると、春江は「存じております」と微笑んだ。


(……んん? 今、「北条家にお仕え」って言いましたよね?)


 その名前を聞いて安心したと同時に疑問が思い浮かぶ。

 北条家と関係があるのなら、祀莉が眠っていたこの部屋は一体……?




 春江は窓のカーテンを少し開けて部屋に光を入れた。


「昨日はお疲れだったようで……。ぐっすり眠ってらしたところ申し訳なかったのですが、ドレスに皺が付いては大変のなので、僭越ながらわたくしが着替えさせて頂きました」

「え……あっ!」


 ドレスを着ていたはずが、いつのまにか薄ピンクの寝間着になっていた。

 サイズ的にまるで違和感がなかったので言われるまで気づかなかった。


「あ、ありがとうございます……」

「とんでもございません」


 せっかくのドレスが皺だらけになるのは困る。

 着替えさせてもらえて助かった。

 眠っている人間を着替えさせるのは苦労しただろうに。

 そのことについてお礼を言いながら、祀莉は疑問に思っていることを口にした。


「あの……ここは?」

「そういえば、祀莉お嬢様がここにいらっしゃるのは初めてでしたね。ここは北条家にお仕えする人間の社宅のマンションです。その最上階……つまり今いるこのフロアですが、現在要様が使用されています」

「はい?」

「高等部に上がられる前の春休みにここにいらっしゃいました。その時からわたくしは身の回りのお世話係としてこの部屋に出入りさせて頂いてまして——」


 祀莉の曖昧な質問に対し、春江はにこにこと懇切丁寧に説明してくれた。

 どうやらこのマンションは北条家の持ち物で、その最上階を要が使用しているらしい。




(……要がなぜ社宅用のマンションに?)


 しかも半年以上も前から住んでいるらしい。

 北条家は広々とした敷地に豪邸を構えている。

 西園寺家よりも学園からは距離があるが、毎日車で送迎してもらっているなら通学距離なんて関係ない。

 部活動に入っているわけでもないので、登校時間を短縮したいというわけでもなさそうだ。


(なのにわざわざ家を出てマンションに住もうだなんて……。一人暮らしに憧れて? 自立したいとか……?)



 そうだったとしても彼の両親がそれを許するのだろうか。

 なんだかんだ言って息子を大事にしているので、簡単に許しが出るとは思えない。


(一人暮らしを希望したけど許してもらえず、妥協案としてこのマンションを与えたと考えるのが妥当ですね……)




「──お嬢様、祀莉お嬢様?」

「っ! は、はい!」


 名前を呼ばれて我に返る。

 息継ぐ暇もなく喋り続けていた春江が、心配そうに祀莉の表情を伺っていた。



「ぼーっとなさっていましたがお怪訝が悪いのですか? もしかして昨日の疲れが?」

「それは大丈夫です。あの、要は……?」

「まぁ……要様がいなくて不安だったのですね!」

「いえ、そういうことでは!」

「隠さなくても良いのですよ。祀莉お嬢様と要様はとても仲が良いとお聞きしております」

「ですからそうではなくて──」


 どんなに否定しても、分かってますよと春江は頬に手を添えながら優しく笑った。


(全然分かってもらえませんっ!)


 ここで引き下がってはいけない、ちゃんと分かってもらわないと。

 そう思って反論しようとお腹に力を入れると、ぐぅ……と間抜けな音が鳴った。


「あ……」

「ふふ……お食事の用意をしますので少々お待ち下さい」


 その前に着替えませんとね、と右往左往する祀莉の着替えを手伝ってくれた。

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