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70 いったいどういうことなんでしょう……?

 要の動きが止まったのを感じた。

 きつく閉じていた目をそっと開けて恐る恐る様子を伺った。

 先ほどの怒りの表情とは打って変わって、要は困惑の表情を浮かべている。

 目が合ったと思えば、瞬時に視線を逸らされた。


(なんですかその反応! わたくし、知ってるんですからね……!)


 気持ちがバレていると知って気まずくなったに違いない。

 自分の方を見ようとしない要を責めるようにじと〜〜っと見つめる。



 数十秒ほどその状態が続いた。





「はぁ……。やっぱり鈴原の言う通りだったな……」


 先に沈黙を破ったのは要だった。

 力なく項垂れて、長いため息を吐く。

 祀莉の肩をつかんでいた右手を放し、自分の顔を覆った。


「伝わっていると思い込んでいた俺も悪いが……、まさかそんな勘違いをしていたとは……」

「?」


 くぐもった声でぼそぼそと呟く要。

 ちゃんと聞き取れたのは最後の“勘違いをしていた”という部分だけだった。


「要は何か勘違いをしていたのですか?」

「俺じゃねぇ! お前だ」

「わたくし!?」


 要の指摘に目を見張る。

 自分がいったい何を勘違いしているというのか。

 まったくもって心当たりがない。


「──良いか。俺は鈴原のことは何とも思っていない」

「え! どうしてですか!?」

「どうしてって……」

「あんなに可愛らしいのに! それに、すごく勉強もできて器量も良くて優し──」



「──俺が好きなのはお前だ!」




 言い募る祀莉の言葉を遮るように要は声を張り上げた。

 真剣な目で真っ直ぐに見つめられ、胸の奥がギュッと締め付けられる感覚に襲われた。




(……え? 今、要は何を……)



 俺が好きなのはお前だ?

 お前って……?

 好きって……?



 あり得ない言葉を耳にした。

 その言葉が頭の中をぐるぐると回る。


(わたくしが……好き? 要が、わたくしを……?)




 強引に引っ張られたり、いじわるされたり、買い物の邪魔をされたり。

 小学校の時には友達を奪われて、寂しい思いをさせられた。

 要と一緒にいると碌なことがない。

 だから中学は別の女子中学校に通うことにしたのだ。


 結局、高校は同じになってしまったが、相変わらず要に振り回されている。

 要が祀莉を好きという要素がどこにあるというのだろうか?












「…………あぁっ! 冗談ですね!」


 胸の前で手のひらを合わせ、祀莉は笑顔を浮かべて明るく言った。

 だってあり得ない。

 要の表情がすごく真面目だったので混乱してしまったが、考えてみれば自ずと答えが出た。

 そう、冗談だ。

 桜のことがバレそうになって動揺して、とっさに誤魔化そうとしたのだろう。


 そう祀莉の中では完結したが、当の要は顔を歪ませていた。


「は? 冗談って……」

「もう、びっくりさせないでくださいよぉ〜。どうしたんですか、いきなりそんなぁ〜」

「お前……、酔ってるな」

「酔ってなんかいませんよ〜」

「いや、酔ってる……」


 絶対に酔っている、間違いなく。

 先ほどよりもはっきりと分かる。

 ほのかに鼻をかすめるのはアルコールのにおいだ。


「酔ってませんってばぁ〜」


 それでも酔っていないと言い張る祀莉を見て、要は更に頭を抱えた。

 祀莉はくすくすと笑い、頬を紅く染めながら手をヒラヒラさせて酔っていないと主張していた。

 呂律はちゃんとしているが、酔いが回っているのは誰が見ても一目瞭然だ。


「わたくしが好きだなんて〜。そんなこと言ったら、桜さんが悲しみますよぉ」

「また鈴原かよ……」



 何度も出てくる桜の名前に要は眉を顰める。

 がしっと祀莉の顔を両手で覆い、自分の顔をまっすぐ見るように固定した。


「祀莉、俺の話を真剣に聞け」

「はい?」

「もう一度言う。俺は、鈴原のことはなんとも思ってない」


 ゆっくりと、言い聞かせるように発せられた要の言葉に、祀莉は目蓋を瞬かせた。




「要って桜さんのことが好きじゃないんですか……?」

「だから、そう言ってるだろう……」


 肯定されて、祀莉は信じられないという顔で反論した。


「おかしいです! 初めて会った時、何か運命的なものを感じませんでした?」

「……いや」

「隣の席で一緒に勉強したり、学校で過ごしていたら恋心的なものが生まれたり!」

「まったく」

婚約者(わたくし)なんてどうでも良い! 桜さんと将来は共にするんだーっていう想いとか!!」

「微塵も」

「な、なぜっ!?」

「お前がなぜそんなにも鈴原と俺の仲を勘違いしているのかが知りたいわっ!!」


 要は思わず大声を出して、握り拳を祀莉のこめかみにあてて頭を挟んだ。

 そして徐々に力を強くしていった。


「いた、あいたた……っ、痛いですってばぁ!」


 頭を両側からグリグリと攻撃され、祀莉は悲鳴を上げた。

 初めは大した痛みではなかったが一点を集中的に押されることで、痛みが増していった。

 ぼんやりしていた頭が痛みによって現実に戻ってきた。




「少しは酔い冷ましになったか?」

「うぅ……」


 気がすんだところで要は拳を離し、覆い被さっていた体を引いた。

 痛みを伴う圧迫から開放された祀莉は、目尻に滲んだ涙を拭いながら上半身を起き上がらせる。


(おかしいですね、いったいどういうことなんでしょう……?)


 側頭部をさすりながら、要の反応が思っていたものと違うことに疑問を抱いた。


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