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68 みなさん、勘違いしすぎでは!?

 祀莉は目を閉じていたので何が起こったのか分からなかった。

 気づけば腕の圧迫感が消えていた。

 祀莉を掴んでいたその手は今、要が力の限り締め上げるように掴んでいる。

 ギシギシと……折れるんじゃないかと心配になるほどに強く。




「ほ、北条君、その辺にしておきましょう? 周りが見てるわ」

「……ちっ」


 諒華の制止で小さく悪態をつきながらも武井の腕を開放した。

 崩れ落ちる武井をギロリと睨みつけると、今度は祀莉の方へと向いた。


(う……今度はわたくしですか!?)


 痛めつけられた武井を見て同じ目に遭わされるのではと身構えた。

 逃げたくても足がすくんで動けない。

 要の手が祀莉へと伸びた。



「祀莉」

「……っ!」


 名前を呼ばれて腕を引かれたかと思うとぎゅっと抱きしめられた。

 背中に手が回り、自身の胸に押し付けるように強い力でしっかりと。

 それほど痛くはないが……


(い、息が苦しいですっ! そうですか! 周囲にバレないようにこうやってわたくしに八つ当たりを……!)


 さすがに大勢の人がいる前で祀莉に暴力を振るおうとはしないらしい。

 その代わりに、窒息させてやるぞと言わんばかりにぎゅうぎゅうと締め付けてくる。

 痛くはないが、もがくことすらもできないくらいに締め付けの力が強い。


(すみません、すみません! 許してくださいーー!!)


 さすがに苦しくて心の中で何度も謝罪する。

 そろそろ放してもらわないと本気で窒息してしまう。



「く、くるし……です。要……っ」


 祀莉の訴えを聞き入れてくれたのか、それともこれくらいで気がすんだのか、背中に回っていた手が離れた。





「ほ、ほほ、北条君!」


 武井が痛めつけられた腕をおさえながら裏返った声で要に向かって怒鳴った。


「痛いじゃないかっ! なんて乱暴を!! それに、君には婚約者がいるようだけど!? こんなところで他の女性と逢い引きしているなんてことを西園寺の令嬢が知ったら……──、ん? まつり……? まつり・・・っ!?」


 自分が発した言葉に改めて驚く武井。

 先ほど要が呼んだ「まつり」という名前。

 西園寺家の令嬢も「まつり」だったことを思い出して、さぁっと顔を青くした。

 ぷるぷると震える指で祀莉を差した。


「も、もも、もしかしてその令嬢は……」


 やっと開放されたと思ったら次は腰に手が回り、ぐいっと引き寄せられる。


「ひゃ……っ」


 突然だったのでうまくバランスがとれない。

 よろけそうになる体を要が支えてくれたので、大勢の前で転倒するという失態は免れた。




「西園寺祀莉。俺の婚約者だが?」

「……っ!!?」


 要の言葉に武井は固まった。

 今夜初めてパーティーに招待されたただの令嬢だと思っていたが、まさか四大資産家のひとつ、西園寺家の娘だった。

 尋常じゃないほどの冷や汗が額から首筋にかけて浮き上がっている。




「まぁ、西園寺家のご令嬢までいらっしゃっていたの?」

「あの方がそうなのですか……?」

「あら? 噂とは違いますわね」


 その場に居合わせた招待客は、パーティーにはまず顔を出さない祀莉が来ているということに驚いた。

 一体どんな娘なのだろうかと、興味津々で顔を見ようとする動きが感じられる。

 特に女性。

 変な噂が広がっていたこともあって、無遠慮に注がれる視線がすごく居心地が悪い。




 それとは別に武井に呆れて軽蔑の視線を送る者もいた。


「まさか彼女に手を出そうと思っていたなんて……命知らずな」

また・・かよ。何考えてんだ、武井の馬鹿息子は」

「揉み消そうにも相手が悪い。今回は親の力ではなんともできないな」


 彼らの言い方からして過去に何度か同じ手口で女性を連れ出そうとしてトラブルを起こしていたようだ。

 そして親の力で揉み消していたらしい。

 しかし今回の相手は北条と西園寺。

 どうあがいても揉み消すなんてできない。


 周囲の武井を見る視線は哀れみに変わっていった。

 それは本人も理解したようで、冷や汗を拭いながら祀莉を睨みつけた。



「じゃ、じゃあアレは……自分の婚約者に見蕩れていたということなのかっ!」

「へ?」


(わたくしが見蕩れていた……?)


 いきなり何を言い出すのか。

 武井が言う“アレ”というのが、祀莉が舞台の要を見ていたことだとはすぐには気づかなかった。



「まぁ、仲がよろしいのね。確かに北条様は素敵でしたわ」

「見蕩れるのも無理ないですわよね」



(いやいや、ちょっと……みなさん!? 勘違いしすぎでは!?)


 要の不機嫌オーラに怯えながら体を震わせていたのだが、どこをどう見れば見蕩れているように見えたのか不思議だ。

 反論しようにも、さっきから頭がの中がぼーっとして思考が追いつかない。

 それに地面がぐにゃぐにゃしているような感覚がして、まっすぐに立っていられなかった。


(あら……?)




「祀莉? どうした……? 祀莉!?」

「ちょっと! しっかりしなさいっ! 祀莉!!」


 祀莉の様子が変だと気づいた要と諒華が、崩れそうになる体を支えてくれるが足に力が入らない。


(なんか……眠い……です)



 自然と落ちる目蓋に逆らえず、祀莉は意識を手放した。

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