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67 イヤな予感がしてならない

 祀莉は目をよ〜く凝らして舞台の上の人物を観察した。

 そこにいるのは本当に要なのだろうか。


「皆様ごきげんよう! 本日は北条家のご子息、北条要君が出席してくれました。彼は──」


 マイクを持った諒華の父親が真っ先に要を紹介した。

 背格好の似ている人と見間違えているのかもしれないと思っていたが、彼は確かに「北条要」と言っていた。

 本人に間違いない。


 要を見た会場の客は一瞬にして目の色が変わった。

 ──お知り合いになれるチャンスだ。

 雰囲気がそう語っている。

 まさか北条家の人間が来るとは思いもしなかったのだろう。

 それは祀莉も同じだった。


(なんで……要が……?)




 動揺してグラスを持つ手が震える。

 うっかり落としてしまう前ににそっとテーブルに置いた。


(もしかして、わたくしがパーティーに参加することを知って、“自分も出席しないわけにはいかない!”とか……?)


 再び舞台へと視線を戻すと要と目が合ったような錯覚に陥った。

 眩しいほどに明るい舞台からは祀莉は見えるはずがない。

 それでも睨みつけられているように感じて、緊張とは違った震えが襲った。


 どうにか心を落ち着かせようと胸の前で強く手を組んだ。



「へぇ、今年は北条要が出席してるのか……。あれ? もしかして君、北条要のファン? 実はボク、彼と知り合いなんだ!」

「そ、そうなんですか……」



 祈るようなポーズで要を見つめる祀莉を「憧れの北条要を一目見ることのできた令嬢」と武井は勘違いしていた。

 実は自分も知り合いなんです、知り合いどころか婚約者なんです。

 ……などといちいち彼に言う余裕はなく、当たり障りのない返事をするのが精一杯だった。






 イヤな予感がしてならない。

 会場の人間には普段ならありえないほど優雅な微笑を浮かべているが……祀莉には見える。


 ——禍々しいほどの不機嫌オーラが。


(桜さんの誕生日前夜に、パーティーに駆り出されるなんてって思ってるに違いありませんっ!)




「ど、どうしましょう……」

「こんなに遠目で見れただけでそんなに嬉しい? 今度君を紹介してあげようか?」

「はい? あの、わたくし……」

「今夜ボクにつき合ってくれたらの話だけど」


(えっと……何を言ってるんでしょうか?)



 武井が素早く近付いて祀莉との距離を縮めた。

 混乱していて何をどう対処して良いのか、思考が追いつかない。


 勘違いしたままの武井の手が祀莉の肩に添えられる。

 驚いて体を離すと逃がさないとばかりに腕を掴まれた。

 祀莉の体を上から舐め回すように見て、にやりと笑みを浮かべる。


(この人、気持ち悪いです……)



 振り払おうにも、しっかり掴まれた手を祀莉の力でなんとかできるとは思えない。

 どころか祀莉を引っ張られる力に従うしかなかった。

 ホールから連れ出そうとしてるのか、彼の足は出口に向いて歩き出した。


(誰か……要っ)


 頼ってはいけないと思っていた人物の名前を無意識に心の中で呼んでいた。








「──祀莉っ」

「!?」


 心の叫びが聞こえたのかというほど良いタイミングだった。

 助けを求めるように呼ばれた方へ反射的に振り向く。


「見つけた! 勝手にいなくならないでよ!」

「諒華っ」


 祀莉の名前を呼んだのは諒華だった。

 小さく焦った声を発しながら、足音をたてないように小走りで近づいてきた。

 暗い会場がだんだんと明るくなって、諒華の表情が見えるようになった。

 とても慌てている様子だったが、祀莉と一緒にいる人物を見てその表情はさらに焦りを増した。



「た、武井様……」

「諒華様、ごきげんよう。申し訳ないけど、これからボクはこのご令嬢と──」

「このことは黙っていて差し上げますので、その子を置いてすぐにここから立ち去ることをお勧めしますわ」


 武井の言葉を遮って諒華は会場から去るように言った。

 力強く促された忠告。


「は? いったい何を……──っ!?」


 当然、武井は何を言われているのか理解できず不服な声を漏らしたが、諒華の後ろを見た途端に固まった。

 祀莉も諒華の背後に見える人物を見てぎょっとした。

 話しかけようとする人々の間を縫うように、早足でこちらに向かっている要の姿が見えた。



(か、かかっ、要!?)




 祀莉たちの反応を見て、諒華は振り返ることなく状況を察した。

 諦めの表情を浮かべてため息をついた。


「遅かったか……。ま、覚悟することね」


(覚悟って何ですか!? あの視線がすでに恐ろしいです!!)


 殺されるんじゃないかというくらいの鋭い目つきに体が強張る。

 黒いスーツに身を包んだ要の姿はまるで悪魔だ。

 全身から怒りが滲み出ているのが痛いほどに伝わってくる。



 ──こんな面倒事につき合ってる暇はねェんだ。

 ──よくも邪魔をしてくれたな。



 要から漂ってくる禍々しいオーラが祀莉の脳内でこんな風に変換されていた。

 怖くてだんだんと迫り来る要の顔が見られない。

 すぐそこまで近づいてきた気配がしたので、ビクビクと怯えながらギュッと目を閉じた。




「──てめぇ、何勝手に触ってんだ」

「ヒ、ヒィ……っ、い、いだだだだっ!!」


 痛みを訴える武井の悲鳴が会場に響いた。


(…………へ?)

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