61 ついにこの時が!
花園百合亜と間宮香澄が学園を去ってから2ヶ月が経とうとしている。
教室のカレンダーは12月になっていた。
学園内は空調がきいているので特に何も感じないが、学園の外は驚くほどの寒さである。
すぐ側の送迎用駐車場に行くのにも、きっちりと防寒しないと凍えてしまうほどだ。
彼女たちがいなくなってからの変化はそれくらいで、あとはは特に何事もなく日常が過ぎていった。
──そう、何事もなくいつもどおりに日々を過ごしていた。
何事もなく。
(あれ? おかしいですね。桜さんと要の恋の発展は……?)
祀莉は眉間にしわを寄せてここ最近の2人について考えた。
要を好いていた花園百合亜はもう学園にはいない。
彼女を追い出したことで“桜に手を出すとこうなる”と周囲に知らしめたはずだ。
要と桜が仲睦まじくしていても口出しするものはいないだろう。
──だというのに。
日課のごとく後ろの席から2人を監視しているが、特に何も変わった様子は見受けられなかった。
会話が増えたようにも思えるが、それだけ。
甘い雰囲気はまったく見受けられない。
(んんん……? わたくしが見ていないところで甘々な時間を過ごしているとか?)
なんて考えたが、相変わらず要は祀莉の目の届く範囲にいる。
なにかしらの用事があって席を外していたとしてもすぐに戻ってくるし、その間桜は自分の席にいる。
こっそり会っているようにも思えなかった。
(放課後だってわたくしと一緒に四方館にいますし……。なら休日? いえ、休日は才雅の勉強を見ていますね……)
「──り、おい。祀莉!」
「え!? ……か、要?」
机に頬杖をついて考えごとに耽っていたら、突然耳元で大きな声が聞こえた。
驚いて声の主を見上げると、さっきまで自席に座っていたはずの要が鞄を手にして不機嫌そうに立っていた。
(あ……)
気がつけばクラスメイトの半分が席を立っている。
教壇で話をしていた先生の姿はない。
前席の諒華も鞄に荷物を詰め込み、帰宅の準備をしていた。
「ぼーっとするな。ホームルームはもうとっくに終わっているぞ」
「あ……はい。すみません。すぐに準備を……あら?」
教科書をしまおうと鞄に手を伸ばしたところで、要の斜め後ろに誰かが立っていることに気がついた。
ふんわりとした髪を耳の後ろで2つにくくっている女子生徒。
「……桜さん?」
いつもは早々と教室を出ていくその人物の名前を呼んだ。
「祀莉ちゃん、またぼーっとしてた? ダメですよ。ちゃんと先生の話を聞かないと」
名前を呼ばれた桜は、にこっと笑って祀莉の気の弛みを指摘した。
その後も教室を去ることはなく要の隣で祀莉の帰り支度を待っている様子だった。
もしかして自分に用事があるのだろうか?
その疑問を汲み取るように要が答えた。
「話があるんだ。鈴原も一緒に四方館に連れて行くから」
「え……?」
要が自ら桜を誘って四方館に?
わたくしに話がある?
(こ……これはっ! もしかして!!)
──俺たち、つき合うことにしたんだ。
──ごめんないさい、祀莉ちゃん……。でも、私……
祀莉の脳内でこれから起こるであろうイベントのセリフが再生された。
ついにやってきた瞬間に胸を躍らせる。
いつそんなチャンスがあったのかは知らないが、要と桜はお互いの気持ちを確かめ合っていたのだ。
(あぁ……わたくしが見ていない隙にそんなことに……。その瞬間に立ち会えなかったのが心残りですがそれでも構いません! ついに……ついにこの時が!)
突然の朗報に舞い上がっているうちに要は鞄に荷物を押し込め、祀莉の手をとった。
引っ張られるように席を立たされ、教室の出口に向かう。
教室を出て向かう先は四方館だろう。
「あ、あの! わたくしのことは気にせずお2人で……」
「は? なに言ってんだ?」
「祀莉ちゃんがいなかったら意味ないですよー?」
「そ、そうですよね……」
2人っきりにと思って言ったが、なぜか引き止められた。
両想いになったのなら余計な邪魔はむしろ嫌がると思ってのことだった。
(あ……もしかして婚約者がいるから、ちゃんとお付き合いができていないとか……?)
桜の性格からして、そのあたりきちんとしておかないと納得してつき合おうとはしないだろう。
そこで、要は桜の前できっぱりと婚約破棄を言い渡そうととしているのだ。
(そういうことですか!)
祀莉がいないと婚約破棄も何もできなくなってしまう。
2人に気を遣っているだけなのだが、ここで帰ってしまえば逃げているようで少し格好悪い。
ささっとすませて颯爽とその場を去るのが、できた元婚約者の役目だろう。
(ふふ〜、その後こっそり窓の外から2人のイチャイチャを盗み見ましょう……!)
これからの楽しい日々を思い浮かべているうちに一行は四方館に到着した。
ソファに座るように促された祀莉は、その中央にぽすんと座った。
そして時間を置かずにその隣に要が座った。
(ん……?)
祀莉がソファの真ん中を陣取っているため、隣に座った要との距離が近い。
近いどころじゃない。
右側がほぼ密着している状態だ。
「え……あの、要。どうしてこっちに?」
「はあ? いつもの場所じゃねえか」
「……」
確かにいつも座っている場所と同じだ。
窓側のソファに祀莉が座り、その隣に要が腰掛ける。
どの場所でも変わりはないが、なんとなく“ここ”という場所がいつの間にか決まっていて、自然とそこに座るようになった。
きっと桜と要が向かいのソファに並んで座ると思って、あえて真ん中に座ったというのにどうも要は空気が読めていない。
婚約破棄という大事な話なのだから、普通は祀莉の正面に桜と2人で並んで座るものではないのか?
(桜さんがいるのにわたくしの隣に座るなんて何を考えてるんですか……)
深々と腰掛ける要を見ながら祀莉は小さく息を吐いた。
今の様子では移動しそうにないので、少し距離を空けて祀莉はソファーに座り直した。
「いつも並んで座ってるなんて仲が良いんですね」
テーブルを挟んだソファに座った桜はふんわりと優しい笑顔を浮かべて言った。
皮肉を込めた言葉に祀莉は安心してほしいと言いたかったが、その前に要が本題を口にした。
「で……だ、祀莉。鈴原を呼んだ理由だが」
「あ、はい」
正面からではなく真横からなのでどうにもしっくりこないが、ようやく婚約破棄の流れになってきた。
にやにや〜っと崩れそうになる表情をぐっと引き締めて続きの言葉を待つ。
ちらりと桜を見ると少し緊張した面持ちだった。
(わたくしもドキドキしてきました……!)
これで念願の要と桜のラブイチャが見られる。
朝から放課後まで!
(あ、もしかして放課後は四方館に連れてくるのでしょうか?)
できれば四方館は自分に使わせてもらいたい。
そうだ、婚約破棄を受け入れる条件としてそれを提示しよう。
向こうのワガママを聞いてあげているのだから、こっちだってそれくらいのワガママを聞いてもらっても良いだろう。
誰も警戒せずにゆっくり読書ができるのはこの場所くらいなのだから。
「今日から鈴原にお前の勉強を見てもらうから」
「…………はい?」
しかし、要の口から出てきた言葉は祀莉の予想とは大いに違うセリフだった。




