58 お見舞いと報告
「諒華! うぐ、ぃたた……っ」
諒華が訪ねてきてくれたことが嬉しくて、勢いをつけて起き上がろうとしたら背中にビリっとした痛みが走った。
気をつけてたはずだったが油断してしまった。
小さくうめき声を上げて、ぼふんっと再びベッドへと体を沈めた。
「祀莉!」
一度離れた要が近づいてきた。
痛みがないところに手を回して起き上がるのを手伝ってくれる。
背中に負担がないように散らばった枕を集め座りやすくしてくれた。
遅れて諒華がベッドまで近づいてきたので、要は後ろへ下がって場所を空けた。
「背中……まだ痛い? 大丈夫?」
「はい。ちょっと油断してしまって……」
「無理しちゃダメよ? はい、お見舞い」
祀莉を気遣いながら、諒華は小さくまとまった可愛らしい花束を差し出した。
痛みは大したことがなかったが、大げさにリアクションしてしまったせいでに余計な心配をさせてしまった。
差し出された花束を受け取ってお礼を言う。
そっと顔に近づけて、甘い匂いを吸い込んで心を落ち着かせた。
しばらくしてパタンと扉が閉まる音がした。
「北条君、出ていっちゃったわね。ごめんなさいね、邪魔しちゃって」
「いいえ! わざわざ来てくれてありがとうございました」
(むしろ助かりました! あの状態が続くのは心臓によろしくないです……!)
まだ余韻の残るドキドキを感じながら、もう一度お礼の言葉を口にした。
諒華は近くにあった椅子をベッドの横につけて祀莉と向かう形で座り、要が出ていった扉から視線をこちらへと移した。
「北条君ったら私が小母さまに挨拶している間に、まるで我が家のように祀莉の部屋に向かったのよ。いつもあんな感じなの?」
「さぁ……」
要を出迎えたことがない祀莉は諒華の質問に首を傾げた。
いつのまにか家に上がっていて祀莉の部屋に突撃する。
使用人と一緒だったり才雅と一緒だったり。
(そういえば、今でも才雅の勉強をみているみたいなので、毎回挨拶というのも煩わしいですよね)
才雅の家庭教師の日は、西園寺家で夕飯を食べて帰ることが多い。
父親も母親もすっかり自分の息子扱いだ。
使用人の対応もお客様から西園寺家の人間になっている。
才雅も彼を兄のように慕っていて、とても懐いているようだ。
(今後を考えると、困るんですけど……)
「祀莉どうしたの? もしかしてまだ熱があったりする?」
ぼーっと考えはじめた祀莉を不思議に思って諒華が声を掛けた。
熱、と聞いてさっきの要との距離を思い出す。
「え? あ、いえ! もう大丈夫です!」
「……そう? 顔、赤いけど」
「全っ然平気ですっ!!」
顔をぶんぶんと振って否定する。
思い出してしまったさっきのドキドキを振り払う意味も含めて。
あんなに近づかなくても熱を測るなら手を使えば良いのに、なぜ額を合わそうとしたのか。
(だからそういうことは桜さんにしてくださいってばぁ……!)
せっかく落ち着いたのに、また心臓の音が大きく鳴りはじめた。
……頬も熱い。
まるで要との仲をはやし立てられて照れている祀莉の様子に、諒華はニヤニヤと笑って見ていた。
「わ、わたくしが休んでいる間に何か変わったことはありましたか? ほら、あんなことがあった後ですし……」
他の話題で誤摩化そうと祀莉は学園の様子を訊ねた。
それこそ祀莉が休んでいる間に要と桜が良い雰囲気になっていたり……とかだ。
体育館倉庫に閉じ込められるというベタなイベントがあったのだ。
進展がないはずがない。
(朝一番、教室に入ってすぐに桜さんを気遣う要! そのことが嬉しくて顔を赤くする桜さん! 「安心しろ、もうお前に手を出させない」とか言って……)
妄想は膨らむばかり。
手足をばたつかせたくなるのをぐっと堪える。
期待の眼差しを向けた祀莉だったが、諒華の表情は先ほどとは打って変わって真剣なものだった。
「──花園百合亜と間宮香澄が転校することになったわ」
数日前、学園内で問題が起きた。
言わずもがな、祀莉と桜が体育館倉庫に閉じ込められたことだ。
加害者は花園百合亜と間宮香澄。
しかし本人たちは言いがかりだとその事実を否定した。
学園側はその否定を鵜呑みにすることはなかったが、彼女たちの言葉に対して追及することもできなかった。
桜が閉じ込められた時のことを証言したが、「庶民の言うことなんて信じられませんわ!」と彼女たちは一蹴したという。
ならば祀莉の話も聞いて……となったが、生憎熱を出して寝込んでいたのですぐには無理だった。
その機を逃すはずがなく、2人はそれぞれの親に「罪を着せられそうになっている。助けてほしい」と訴えた。
彼女たちの親も庶民の戯言など……と自分たちの娘を庇ったが、そうはいかなかった。
「体育館倉庫の入り口に設置されていた監視カメラが彼女たちの行動を捉えてたし、秋堂君も2人が犯人だって証言してくれたの」
「まぁ……、どうして秋堂君が?」
「祀莉には言ってなかったわね。体育館倉庫の鍵、秋堂君が持ってきてくれたのよ。間宮香澄から拝借したんですって」
「彼女が持ってるって分かってたんでしょうか……」
「本人曰く、2人の姿を見た瞬間そんな感じがしたんですって。私もイヤな予感がしたんだけどなぁ」
必死だったし、そこまで気が回らなかったわーと諒華は椅子にもたれかかった。
他に人がいないのを良いことに、姿勢を崩して手足をだらーんと伸ばしていた。
なんだか疲れているようだ。
「諒華? 大丈夫ですか?」
「え? あぁ、うん、大丈夫よ。さっきまでピリピリした空気の中にいたから、気が抜けて……」
「ピリピリ? お母さまとですか?」
「そうじゃなくて──」
自宅で休んでいた祀莉には知らされていなかったが、本日学園にて祀莉の父親が問題を起こした生徒とその親を呼び出したのだ。
本当はすぐにでも怒鳴り込みにいきたいところだったのだが、仕事の兼ね合いもあってこの日にずれ込んでいた。
閉じ込められていた祀莉を発見した時に一緒にいたということで、諒華もその場所に呼ばれていた。
その時のことについて質問されたことに答えていたが、場所が学園長室だったのでどうにも緊張していた。
正直、重苦しいその場から早く立ち去りたかった。
「もう、祀莉の小父さまは爆発寸前で本当、恐ろしかったわ……。普段はあんなに穏やかなのに」
「そう……だったんですか」
諒華が西園寺家を訪れた時に、何度か祀莉の父親に会っていた。
祀莉と仲良くしてくれているということで、普段の厳しさはどこへやらというほど諒華に対して穏やかに振る舞っていた。
(お父さまはわたくしに甘いようで厳しいですから……)
「相手に西園寺家の人間が含まれているって分かった途端、花園家と間宮家のご両親は共に平謝りよ。土下座までしていたわ」
「あら……」
「その時の様子がね……」
諒華は頬に手を添えながらその時の様子を話しはじめた。




