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北条要

 北条(ほうじょう)(かなめ)



 西園寺(さいおんじ)祀莉(まつり)の幼馴染みであり、婚約者。

 幼い頃から美形になると周りから言われ、その期待を裏切ることなく育っていった彼の容姿は、女子生徒からかなりの視線を集めるほどとなっていた。



 彼にとって祀莉は幼い頃から一緒にいた何かと危なっかしい婚約者。

 周りに大事に育てられてきた祀莉はおっとりとした性格で可愛らしく育っていった。


 おっとりとしていると言えば聞こえは良いが、それにしても祀莉はおっとりしすぎていた。

 考え出すと周囲が見えなくなるのか、よく(くう)を見つめてぼーっとしている。

 そのせいで、普段の生活や彼女の性格も含めてまるで目が離せない。



 思考に夢中で足下が疎かになり、一日1回は必ず何かにつまずいて転んでいた。

 いや……何もなくても転ぶこともあった。

 危なっかしくて1人では歩かせられないと、いつも誰かに手を引かれていた。



 そんな祀莉に、要はいつの間にか想いを寄せるようになっていた。

 ——が、まったく気づかれず、むしろ怖がられてしまっている。

 もしかして、怖がられるかも?と思うことはあったが、いやいやそんなことはないと、その考えはあっさりと否定していた。



 だが、原因は彼の小学校での横暴な振る舞いにある。

 北条家の子息だからそれなりに学校の生徒を牛耳る力はあったが、そういうことではない。



 北条と西園寺を怖がっていたクラスメイトたちだが、ほんわりとした雰囲気の祀莉となら仲良くできると思った。


 そして、しばらくしてから西園寺家に取り入ろうとする人間が祀莉の周りに集まってきた。

 親の言い付けとは知らず、自分と仲良くしようと近づいて来るクラスメイトに祀莉は喜んでいた。

 しかし、それを知った要はクラスメイトを容赦なく遠ざけていった。



 友達だったはずのクラスメイトが距離を置き始める。

 不思議に思った祀莉は、思い切ってどうして避けるのだと聞いたら、その子たちは皆、「だって要君が……」と口にするのだ。

 それを聞いた祀莉は、要が自分を孤立させようとしているのだと疑心暗鬼になった。

 他のクラスの子とも違う学年の生徒とも、友達になった次の日には祀莉と目が合った瞬間、逃げるようにして去っていく。



 そして、必ずと言っていいほど要が影から睨んでいるのだ。

 祀莉の中で黒幕は要だというのは、揺るぎない事実になっていた。


 要がしていたことは、たとえ祀莉のためだったとしても、本人には全く理解されていなかった。






 それから祀莉は1人で静かに本を読んでいることが多くなった。

 友達がいないから読書くらいしかすることがないのを、「祀莉は本を読むのが好きなんだ」と要は思っていた。

 自分が話しかけても特に会話は続かず、休み時間になった途端、本を開く祀莉を隣の席からこっそりと眺めているしかなかった。



 ——祀莉には俺だけがいれば良い。



 なんて自分勝手なことを考えながら、要はクラスに目を光らせていた。

 祀莉には一切近づくことのないよう徹底してクラスメイトたちを監視し、恐怖を植え付けていったのだ。


 その恐怖が祀莉にも植えつけられているとは知らずに……。






***




 そして、小学校を卒業。

 6年間、祀莉を守っていたと思っていた要に衝撃的な事実が告げられた。



 ——祀莉が私立の女子中学に進学する。



 西園寺家の令嬢なら当然、華皇院学園の中等部に進学すると誰もが思うだろう。

 それなのに祀莉は他の私立の、しかも女子中学校に進学するという。

 いくら要でも女子校に入学できるわけがない。


 女子校への進学は祀莉が希望したものらしく、入学手続きはすでに済んでいた。

 要にとってはまさかの展開である。


 学校が違えば会う機会が減ってしまう。

 毎日でも祀莉に会いたいと思っている要は、休日だけでもと思って西園寺邸を訪ねたが、祀莉は部屋にこもりっぱなし。

 どこかに出かけようと誘ってみるも、断られてしまう。



 しかたなく、祀莉の弟・才雅(さいが)に勉強を教えながら様子を探っているが、要がいる間は一向に部屋から出てこない。

 その度にため息をついて西園寺邸を後にしていた。



(いったい祀莉は部屋で何をしているんだ……)



 探ろうとしても頑に姿を見せない祀莉に聞くことはできなかった。

 そんな日々が続いたある日、それとなく才雅に尋ねてみると意外な事実が発覚した。


「姉さん、最近テレビを買ってもらって夢中なんだ」

「テレビ? テレビなら大部屋にもあるじゃないか」

「みんなには内緒だけど、要兄さんには特別に教えてあげる」


 昔から兄弟のように接していたので、才雅は要に対してくだけた口調で話す。

 それでも中等部にあがって同じ学園に入学してからは、さすがに敬語にするようにしているようだが。

 はじめは違和感があったが、最近では慣れたものだった。



「姉さん、深夜にやってるアニメにはまってるみたいなんだ」

「アニメ? ……あぁ、そう言えば祀莉が読んでた漫画が最近アニメ化したな。それか?」

「なんだ、知ってるんだ。姉さんが漫画好きってことは」

「ずっと読んでたしな」


 集中力がありすぎる祀莉は、背後に要が立っても気づかなかった。

 ブックカバーをしていても、後ろから覗き込めば内容はバレバレ。

 ―—今日は漫画か……と、要はほぼ毎日、祀莉が読んでいる本を観察していたのだった。





「この前リビングでテレビを見ててね、そのアニメの最終回が映画館みたいで……予告のCMが流れてショックな顔してたよー」


 祀莉は家族に漫画やアニメに興味があることを隠しているようだ。

 遅くまで学校に残って本を読んでいるなとは思っていたが、家ではまったく読んでいなかったのか。

 そして中学生になり、自分の部屋を与えられた祀莉は少しずつ漫画や小説を集めていた。

 最近は1人で出かける許可をもらおうと必死だそうだ。


 ちなみに才雅や、一部の使用人にバレているということは気づいていない。

 本人は、隠し通せていると思い込んでいる。



「本棚の奥に漫画があって、辞書や図鑑で隠されてるんだよー」


 部屋を覗いた時に隙間から見えたらしい。

 堂々と親に言えば良いのに。

 父親も別に西園寺家の令嬢が漫画を読んではいけないとは言わないだろう。







 要の通う中学、高校から祀莉が通うことになる私立華皇院学園の中等部では、教室に漫画が置かれている。

 彼らも漫画を読みたいが、家族の目のあるところではちょっと……と考えていて、誰かがこっそり買ってきてはここに置いていく。

 そしてそれをクラスの生徒が回し読みするのだ。


 暇な時は要も読んだりしている。

 その中にはもちろん、祀莉がはまっている漫画もあった。

 この学園を選ばなかった祀莉は、ある意味損をしていた。


 最終回が放映される映画を一緒に見に行こうかという話も出た。

 要も誘われたが、これは祀莉を誘ういい口実なのではと考えて、クラスメイトの申し出を断っていた。



 ——これなら祀莉も一緒に出かけてくれるだろうか……。



 しかし、祀莉と会うことがない要は映画に誘うタイミングが掴めずにいた。

 才雅から「明日、姉さんが映画を見に行くらしいよ」と情報を得て、どうにか一緒についていってやろうと行動を起こしたのはまた別の話。




***




 祀莉と要が婚約するきっかけになったのは約10年ほど前。

 2人が小学校に上がる前のできごとが原因だった。

 南条家の令嬢と東大寺家の子息が恋に落ち、結婚すると言い出した。


 南条家には男子の跡継ぎがいるが、それでもこの2人の結婚は、東西南北・四大資産家のバランスが崩れてしまう恐れがあった。

 それを危惧してなされた対策が要と祀莉の婚約だった。

 祀莉に恋心を抱きはじめた要にとっては、これ以上ない幸運だった。

 

 しかし当時“婚約”という言葉の意味が分からなかった祀莉は、とりあえず頷いておいただけ。

 それを要は自分との婚約を承諾=両想いと解釈し、内心浮かれていた。


 祀莉は自分が守らなくてはという心理が、小学校の悲劇を生み出したのだ。




 そして3年。

 なんとしてでも高校は同じにしてほしいと、祀莉の父を説き伏せてこの学園に通わせることに成功した。

 ——もう逃がすものか。


 高等部に進学し、やっと祀莉と一緒に過ごせると心躍らせていた。




 しかし……——しかし、だ。


 この学園生活は彼にとっての更なる悲劇の幕開けだった——。


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