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52 どこかで見たことがあるような

 声がした場所をそっと覗き見ると、そこにいた生徒は3人。

 壁を背にしている生徒は桜だとすぐに分かった。


 そしてそれを逃がさないように取り囲んでいる女子生徒が2人。

 よってたかって桜に罵倒を浴びせているではないか。

 桜が何か言おうとするが、それを言わせない勢いで次々と暴言をぶつける。




(本格的ないじめ現場——!)


 間違いない。

 口調はお嬢様っぽいが内容が内容である。

 そういえば桜の姿が見当たらないなと思っていた。

 ひとつ前の試合のでは近くの席に座っていたのを確認しているから、それ以降に呼び出されたか、外へ出た時に呼び止められたか。



(助けないと……——あら? あの方……)


 どこかで見たことがあるような気がした。

 祀莉に背を向けている女性生徒の一人を見てそう思った。


 どこでだっただろうか……と記憶を手繰り寄せているうちに、彼女たちが行動に移った。




「しばらくそこで反省しなさいっ」

「きゃっ……!」


 1人が桜の後ろにあった倉庫の扉を開け、1人がその中へと桜を押し込んだ。

 地面に尻餅をつく桜をあざ笑い、大きく音を立てて扉を閉めた。

 もちろん直後に鍵を閉めるのを忘れずに。




(な…………っ)



 練習でもしていたのかと思ってしまうほどの抜群なコンビネーションで、一連の動作は30秒とかかっていない。

 桜が倉庫に閉じ込められる場面を目撃して、暑さとは違う汗が首筋を伝う。


 閉じ込めた2人組は制服のデザインからして1年生。

 西園寺の名前を使えば相手は怯むかもしれない。

 でもここで祀莉が助けに入ったら、またしても要の見せ場を奪ってまう事になる。


(——要を呼んできましょうっ!)





 くるりと方向を変えて館内に戻ろうとした。

 急がないと——という焦りで手元が疎かになり、持っていたペットボトルが手から離れてしまった。



「あ……」


 中身の入っていないペットボトルは地面に落ちた後、2回、3回と跳ねて草影へと消えていった。

 それを無意識に追いかけようとして思い止まる。


(ペットボトルよりも助けを呼びにいく方が先です!)



 近頃、ペットボトルをポイ捨てする生徒が増えて美化委員長が憤っているらしいが、それよりも桜を助けることの方が大事だ。

 ポイ捨てしたのが西園寺家の令嬢だとしても、堅物で有名な美化委員長は容赦しないだろうが、祀莉の不注意が招いたことなので受け入れることにする。



 そっとその場を離れようと足を動かした時——






「ちょっと」

「……っ!?」


 背後から声がかかり、体が強張る。

 自分が踏んだ草の音が耳に届いた。

 近づいてくる足音にイヤな汗をかきながら、ぎこちない動きで首を動かす。



 目に入った人物は桜を罵っていた令嬢。

 綺麗に施された化粧で顔がくっきりしている。



「なっ! 西園寺、祀莉……?」

「え……?」


 近づいてきた令嬢は祀莉の顔を見て驚いた表情を浮かべる。

 彼女とは初対面のはずだ。

 祀莉は有名なので知らないという生徒の方が珍しいかもしれない。



「西園寺様がこんなところで何を?」


 本当に彼女の口から出ているのかと疑うほど低い声。

 祀莉はその質問に動揺丸出しで答えた。


「ど、ドリンクを買いにいくのに通りかかっただけです! 失礼しますねっ!!」

「待ちなさい!」

「ひゃぅっ!」


 そして一か八かで走り出した——のに簡単に足を引っかけられて転んでしまった。

 硬い地面に打ち付けた膝と小石で傷ついた手のひらの痛みに顔を歪めていたら、背中を重い何かで押さえつけられた。

 起き上がろうとしていた祀莉は再び地面に突っ伏した。



「どちらへお行きに?」

「——痛っ」


 硬いものが背中に食い込んで激しい痛みを感じる。

 背中を押さえつけるのは女子生徒の片足。

 さらに痛めつけるように、ぐりぐりと背中に足を押し付けた。




 ——そして、くすっと笑った。


「丁度良いですわ。あなたも一緒に閉じ込めて差し上げてよ。——香澄(・・)、一瞬だけ鍵を開けてくださる?」

「はいはーい」


 “香澄”と呼ばれたショートカットの女子生徒は、手の中で遊ばせていた鍵をしっかりと握り込んだ。

 こちらに向かって歩いていたが、再び扉の方へ引き返す。




「ほら立って!」

「い、痛いですっ! 放してくださいっ」


 背中から足が離れたと同時に今度は髪を鷲掴みにされ、無理矢理引っ張り上げられた。

 そのまま引きずられるように、桜が閉じ込められた倉庫へと歩かされる。


(そんな……、わたくしまで閉じ込められたら誰が助けを……?)


「や……放してくださいっ。か……なめ……」



 助けを求めに行こうと思っていた人物の名前を口にすると、髪を掴んでいた女子生徒の表情が歪んだ。

 さらに引っ張る強さが増し、痛みとともに髪が数本抜けた音が頭に響いた。


「きゃっ」


 ずるずると連れて行かれた先には、鍵穴に鍵を指して待っている“香澄”と呼ばれた女子生徒の姿。

 楽しそうに口角をあげて祀莉を見ていた。


「準備できましたわ。いつでも良くてよ、百合亜(・・・)


 一方、怒りの表情で祀莉を引っ張る女子生徒は百合亜と呼ばれていた。




(香澄、百合亜……。まさか、この2人って——っ)


 自分と桜を閉じ込めようとしてる人物の名前に気を取られて、一瞬体の力を抜いてしまった。

 その隙を狙うようにどんっと背中を思いっきり押された。



「いた……っ!」


 押された箇所が背中の踏みつけられた部分だった。

 不意に襲った痛みのせいで抵抗できず、力に従って祀莉の体は倉庫の中へと押し込まれた。





「あんたなんか、いなくなれば良いのに——っ!!」


 恨みのこもった言葉とともに倉庫に投げつけられ、すぐに大きな音を立てて扉は閉められた。

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