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51 意味が分かりません……!

 もう10月に入ったというのに気温は平年よりも高く、本格的な夏の日が続いた。



「暑いわね……」

「暑いですね……」


 諒華の呟きに応えるように祀莉も呟いた。

 衣替え期間中だが、誰1人として冬服を着ているものはいなかった。


(この暑さは今週いっぱいまで続くって、天気予報で言ってましたっけ……)


 額の汗をレースで縁取ったハンカチで拭いながら、汗だくで動き回る人たちを眺めていた。




 凄まじい声援と複数の足音、ボールが床を打つ音が混じり合う体育館。

 その2階にある応援席に祀莉たちはいた。


「暑い……」

「はい……。暑いです」


 激しい戦いに応援の声を浴びせる生徒たちの中、祀莉と諒華は気怠げに「暑い」を繰り返していた。

 空調は効いているはず。

 にもかかわらず、今日の気温と応援する人々の熱気で2階席は暑苦しかった。


 なぜなら——




「きゃーー、北条様っ!」

「秋堂様、頑張ってーーーっ!」

「あぁ、なんて素敵なのかしら……」

「今の! 今のシーン写真撮りましたかっ!?」



 現在、秋の球技大会真っ最中。

 バスケットボールで1−Aと1−Dが試合をしている。

 参加は男子生徒のみで、女子生徒は2階の応援席で見学だった。


 要、貴矢はともに試合で活躍中である。

 応援席のそこかしこから、2人を応援する声が溢れていた。

 中には重いレンズがついた高級な一眼レフカメラを構えている生徒もいた。


 新聞部の人間か、それともただ趣味で写真を撮っているのか。

 大きいカメラを構えた令嬢はシャッターを押し続けていた。





(他のクラスの方たちですよね……?)


 1−Aの女子生徒は比較的大人しい。

 騒いでいるのは他のクラスや学年の女子生徒。

 普段は厳格に振る舞っている先輩もこの日はライブを見に来たファンのように混ざっている。

 1−Dの女子生徒に至っては、要からボールを奪った自分のクラスの生徒に大声でブーイングしていた。

 それを貴矢が奪い返すとさらに声援が大きくなる。


 暑いのによくもまぁ、他のクラスの応援で盛り上がれるものだ。

 祀莉は応援する気力さえもなくなってきている。




「祀莉……それ脱いだら? 見てる方が暑い」

「……そうですね」


 諒華の言う“それ”とはワンピース型の制服の上に羽織っているセーラー襟のベスト。

 周囲を見渡せば、ほとんどの生徒が脱いでいた。

 リボンすらもしていない諒華を見て祀莉もそうしようと上着に手をかけた——瞬間、試合中の要と目が合い、ギロリと睨みつけられた。



(ひぃ……っ!)


 蛇に睨まれる小動物のように祀莉は完全に固まった。

 暑かったはずなのに一瞬にして冷やっとした感覚が全身を駆け巡る。

 諒華は脱ぎかけのまま動かない祀莉を不思議に思った。


「どうしたの?」

「要が睨んできますっ!」

「へ?」



 下を見ると試合をしながらも、しっかりと祀莉を睨みつけている要がいた。

 器用にボールを受け取り、味方にパスをしている——祀莉を睨みつけながら。


 西園寺家の令嬢ともあろう人間が、制服の着方を乱すなと言いたいのだろう。

 いつのことだったか、朝にリボンをつける時間がなく鞄にしまって車に乗り込んだら「リボンをつけろ!」とすごい形相で怒られたことを思い出した。

 そのわりにベストのボタンを留めようとしたら「それは外しておけ!」と言う。


(意味が分かりません……!)


 制服くらい自由に着させてほしいものだ。

 心の中で文句を言いながら祀莉はベストを着直した。





「北条君……。そこまでして祀莉の胸を……」


 諒華はその意味を理解していた。

 ベストのボタンを留めると、平均よりもふくよかな祀莉の胸が強調されてしまう。

 校外学習で祀莉に制服を着せた時、留めたボタンが取れてしまうんじゃないかと不安になって、いつも通にはずしておいたことを思い出した。


「祀莉、我慢しておとなしく着ておきなさい」

「……はい」



 それでも暑いものは暑い。

 少しでも暑さを紛らわせるためにドリンクを飲もうと手にとった。



(……あら? 軽い?)


 体の横に置いてあるペットボトルを持ち上げると、思っていたよりも軽かった。

 要が試合前に「熱中症に気をつけろ」と言って祀莉に渡したものである。

 ご丁寧に容器とキャップに印として、丸印の中に“祀”とマジックペンで書かれていた。


 そのペットボトルの中身がほとんどなくなっている。



 時計を確認すると試合終了の時間が迫っていた。

 今は応援に夢中の生徒が、休憩時間になるとドリンクを買いに走るだろう。

 その中で無事ドリンクを購入できるか不安になった。


(今行っておいた方が良いかもしれないですね……)


「諒華。わたくし、外でドリンクを買ってきますね」

「はいはーい」


 諒華はひらひらと手を振って祀莉を送り出した。






 空の容器を持って体育館を出る。

 体育館棟の1階は倉庫で実質2階が体育館で3階が応援席となる。

 外に出ても暑い空気の中、階段を下りて自動販売機が設置されている場所を目指した。


(えーっと……自動販売機は……と)


 中庭近くに並んで設置されていたと記憶している。

 見つからなければ、食堂の売店にいけば良いかと祀莉は中庭へ向かった。


 この学園の中庭には上履きでも通り抜けできる通路がある。

 そこを歩いていると、少し遠くから祀莉の耳に声が届いた。




「——い、……ないでっ!」

「——な……だけど!」



(……ん?)


 2人分の女子生徒の声。

 途切れ途切れだが叫んでいるように聞こえる。


(けんかでしょうか?)


 上履きが汚れることも気にせず、通路を外れて声のする方へ足を進めた。

 曖昧だった内容が、だんだんはっきりと聞こえるようになった。

 少し葉の色が変わりはじめた木の陰からそっと覗き見る。



「あなた、何様のつもりなんですの?」

「——本当ですわ。あなたのせいで私たちの高校生活は、めちゃくちゃですのよっ」

「特待生だからって調子に乗らないで!」



(特待生? ——って、桜さんのこと!?)


 覗いた視線の先には2人の女子生徒に囲まれている桜がいた。

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