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50 守っていたんですね

 ——花園百合亜は北条君が好きで、猛烈にアタックしてたのよ。





 諒華が声を潜めて言った直後、始業式がはじまったので話はそこで中断となった。


(要が……好き……?)


 耳に残るこの言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 “夏休みはどうでしたか?”と、生徒に語りかける学園長の言葉に耳を傾ける余裕なんてなかった。



(要が好きって……またどうしてでしょうか?)


 あの傍若無人で無愛想な男を好きになるなんて、どこを見て思ったのだろうか。

 やっぱり顔が良いから?

 それとも家柄に魅力を感じた。


 しかし同じクラスにいたのだから要の性格くらい知っているだろう。

 顔と家柄が良くても、他人に対して冷酷なあの性格で相殺されるはずだ。


(——いえ、わたくしは中等部での要を知りませんから、もしかしたらそこそこ愛想良くしていたのかもしれません……)


 今のクラスでの様子を見るに、クラスメイトと上手くやっているように見える。

 恐れていた支配がなくて逆に戸惑ったくらいだ。




 ——もうひとつ、分からないことがある。


(どうして要を好きなだけでクラスを落とされるんでしょうか……)


 北条家の力なら、相手が花園グループの令嬢だとしても、クラス落ちさせるのは容易い。

 でも、それにしては強引すぎないか。



(なにか不都合が…………あっ!)


 要を好き、ということは桜にとってのライバル。

 諒華が“花園百合亜は要を好き”ということを知っているなら、要本人も気づいていたはずだ。

 要のことだ、花園百合亜のアピールは徹底的に無視していたか、冷たい眼差しで退治していたかのどちらかだろう。



 諒華が言うには猛烈にアタックしていたらしいから、それが鬱陶しかったのかもしれない。

 高等部に進学しても、花園百合亜は同じことをしていたに違いない。

 それに要と桜が想い合っていると知ったら、どんなことをしてでも引き裂こうとするだろう。

 それを考えて入学前に彼女のクラスを落とした。



(……あら? なら、どうしてわたくしはAクラス?)


 ——と思ったが、形だけの婚約なのだからわざわざ祀莉を警戒する必要はない。

 むしろ見張っておくためにAクラスにとどめておいた可能性がある。



(いちいちわたくしの行動を確認するのも、そのためですよね……)


 男女別の授業で移動する時やお手洗いに行く以外に教室を離れる時は大抵、要がついてくる。

 諒華と2人で歩いていても、必ず後ろに要の気配がした。


(もう桜さんにちょっかいを出す気はないのですけど……)


 まだ安心できないらしい。



 まぁ、それでも良かったとは思う。

 クラスが違えば彼らの動向が見守れなくなってしまう。

 祀莉のためにも2人のこれからためにも、要の判断はありがたかった。





 しかし、祀莉は失念していた。

 花園百合亜がクラスを落とされたのは、桜と出会う前だということを——





***




「ふわぁ……」


 始業式が終わって、教室へ移動中。

 あくびをこらえきれずに、手で口元を覆い隠す。


「寝不足ですか? 祀莉ちゃん」

「……はい。ちょっと……要が——」


 要が持ってきた漫画を夜遅くまで読んでいた——と言いかけて、慌てて口を塞いだ。


(危ない危ない……)


 桜の前で要とよく会っているなんて言うのはまずい。

 その上、祀莉が漫画を愛読しているということも。



「北条君? 北条君がどうしたんですか?」


 しかし桜は興味津々!という感じで祀莉にさらに問いかける。

 目が輝いて見えるのは気のせいだろうか。


「い、いえ……。あの、桜さんは要のことは名前で呼ばないんですか……?」

「え!? 北条君を名前でっ!? そ、そそ、そんな恐れ多い……っ」


(恐れ多いって、そんなこと……)



 馴れ馴れしい女ならともかく、好意を抱いている桜なら呼んでも怒ることはない。

 むしろ喜ぶに決まっている。

 桜も自分のことを名前で呼んでほしいと言えば、これはチャンスとばかりに呼ぶだろうに。


(意外と鈍感なのでしょうか……?)



 お互いに歩み寄るチャンスを与えているのに、それを物にしようとは思わないらしい。

 余計な干渉はむしろ逆効果なのだろうか。

 自然にお互い惹かれ合っていくから必要ない、ということかもしれない。


 それにしても進展がないから、当初は見守っていようと決めた祀莉がこうやって働きかけているのだが……。

 あまり意味がないようにも思える。

 しばらく様子を見て考えよう。


(運命の力とやらで最後はちゃんと結ばれてくれるなら、良いんですけど……)







***



 自分の席に座って、前の席に諒華がいるとほっとする。

 色素の薄い髪を一つにまとめている彼女は、くるりと椅子を回転させ、祀莉と向き合っていた。


「はい、おみやげ」

「ありがとうございます」


 夏休み中は避暑で日本を離れていた諒華が、現地で有名なお菓子を手渡した。

 賞味期限に気をつけてね、と一言添えて。


(四方館でのおやつにしましょう!)


 放課後が楽しみだ。




「諒華。要を名前で呼ぶのって、そんなに難しいですか?」


 もうすぐ先生が来るというに、スナック菓子の袋を開けて、ひょいひょいと口の中に詰め込んでいる諒華に聞いてみた。



「へ? 北条君の名前を呼べる女子は祀莉だけよ?」

「わたくしは小さい頃から呼んでますし……」

「いやいや、あんたは別でしょ。それに、たとえ祀莉と北条君がOKしたところで、周りの女子生徒は許さないと思うわよ」

「え……? 周りの女子生徒に許可がいるのですか?」

「そうじゃなくて! 学園の王子様の1人である北条君を名前で呼ぶとか、女子生徒の嫉妬の的よ?」

「あ……」


(名前を呼ぶと、嫉妬の的……)



「それに、あんた以外に名前を呼ばせるなんて北条君が許すわけ……——ちょっと、聞いてる?」


 諒華が言った最後の言葉は祀莉には届いてなかった。




(——そうだったんですね……!)


 桜が要の名前を呼んでしまったら、それを羨ましいと思った女子生徒は当然、嫉妬するだろう。

 嫌がらせやいじめが絶えなくなる。

 要がそれを庇うとさらに見えないところでエスカレートする。



(守っていたんですね……)


 何もかも分かった上で……桜の安全を考えて、あえて行動に移さなかったのだ。

 そのことに気づかないなんて、自分はなんて浅はかだったのだろう。


(なかなか婚約解消の話がないと思っていたら……わたくしという隠れ蓑を利用していたんですね!)


 祀莉は間違った解釈にうんうんと頷いて納得していた。




 前方の席に目を向けると、要の回りにはクラスメイトが集まっていた。

 夏休みの課題について教えてほしいところがあるらしい。

 その中に桜の姿を見つけた。


(あら……!)


 その瞬間、祀莉の視界には2人だけしか映らなくなった。

 面倒そうにしつつも、ちゃんと対応している要を見て祀莉の目は輝いていた。

 後ろ姿だけでもツーショット(祀莉の目にはそうみえている)が見れてテンションが上がる。



(大丈夫です! わたくしが何もしなくても2人の距離は近づいています!)

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