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49 すっごく聞きたいです!

 夏休みが終わり、始業式。

 登校した生徒たちは教室ではなく入学式が行われた講堂に集まっていた。


 要と祀莉は他の生徒より早めに登校して、すでに座席に着いていた。

 ——が、翌日から授業が始まることも忘れて夜更かししていた祀莉は、座り心地の良い席で気持ち良さそうに眠っていた。






「祀莉! 起きなさいっ。祀莉!」



 諒華が控えめな音量で力強く祀莉を呼んでいた。

 夏休み、好きな時間に寝て起きてを繰り返していた祀莉は、登校時間に間に合うように起きることが苦痛になっていた。

 前日の夜更かしも原因だが、それがなくても同じ有様だっただろう。

 もちろんここまで連れてきたのは要である。


「まーつーりーっ」


 肩に置かれた手が左右に体を揺すっている。

 眠りを妨げるその感覚に、夢の中だった意識がだんだんと浮上してくる。


「んんー……あと5分、寝かせてください」

「5分前にも聞いたわよ、その言葉……」


 5分どころか5時間くらい寝ていたい気分だった。






「起きてください、祀莉ちゃん・・・・・

「……っ! えっ? はい……?」


 今、桜の声が聞こえた。

 しかも祀莉の名前を呼んでいた気がした。

 驚いてぱちっと目を開けたら左側の席に桜が座っていた。



「おはようございます。祀莉ちゃん」

「おはようございます……」


 にこりと笑って挨拶をする桜につられて祀莉も同じ言葉を繰り返す。


 今、自分が置かれている状況が把握できない。

 教室ではないことは確かだ。

 たくさんの声が建物内に反響している。

 広くて高い天井、どこか見覚えのある空間。


「もうすぐ始業式よ。しゃんとしなさい」

「諒華?」

「まったく新学期早々……。北条君も大変ね」


 右隣には呆れ顔の諒華がいた。

 肩に手が乗っているところ見ると、祀莉の肩を揺すっていたのは彼女のようだった。



「あっ! 始業式……」


 その言葉で理解した。

 ここは講堂だ。

 座っている席も同じだったので入学式を思い出させる景色だった。

 まだ数ヶ月しか経っていないのに懐かしい感じがする。


(要が代表生徒として挨拶した時でしたよね……あれ?)




 諒華と反対側——左隣にいる桜を見る。


「すず——桜さんはどうしてここに?」


 鈴原さん、といいかけて即座に訂正する。

 自分から名前で呼び合おうと言っておいて、実行しなければ桜が戸惑ってしまうに決まっている。

 “桜さん”と呼ばれると、桜は嬉しそうに笑った。


(まずはわたくしから親しく呼んで、要が呼びやすいようにしないと……)


 そういう魂胆はあったが、やはりクラスメイトを名前で呼び合うのは親しくなれた感じがして、嬉しかった。

 女子中学では名字に様付けが普通だったから、諒華に名前で呼ばれたときは新鮮で仕方がなかった。

 諒華と初めて会ったのもこの場所だったなと、入学当初を振り返る。



(……あら?)


 祀莉はこの席順に違和感があった。

 入学式では桜はこの場所にはいなかったはずなのに、なぜか隣に桜がいる。


「名簿で座ってるんだから、当然でしょ」

「入学式の時は代表者席にいたので……。本来はここの席です」

「あ……っ」



 教室の席では祀莉が最後尾になっているが、ここではまっすぐ横並び。

 織部、西園寺、鈴原。

 入学式の時、どうして左隣が空いているのか気になってがいたが、わざと空けているのか欠席だろうと決めつけていた。


「本当なら祀莉ちゃんとは教室での席が前後だったのに、残念だったなぁ……。貴矢がBクラスになってくれていれば……」

「あれ? 鈴原さん、知ってるの? 秋堂君が本当はBクラス落ちだったってこと」

「え? …………あっ! えっと誰かが噂していたのを聞いたような……」



 諒華の言葉に突然慌てだす桜。

 体の前で手を振って目を泳がせているが、祀莉は話の内容の方が気になった。


「秋堂君ってBクラス落ちだったんですか?」

「あんたは逆に知らんのかい!」

「えっと……、わたくしと桜さんの分でAクラスだった生徒が2人、Bクラスに落ちたってことは要から聞いたんですけど……」


 夏休みの課題をしている時に話していたことを思い出す。




「2人とも、学校には来ていないんですよね?」

「んー……まぁね。でも夏休みに来てたみたいよ」

「え? 夏休みにですか?」

「そ。さすがに出席日数の問題もあるからね。カウンセリング登校してるみたいよ」

「カウンセリング登校……?」


 生徒間のトラブルやクラスに馴染めずに登校できない生徒に適用される。

 少しずつ学校に慣れてもらえるようにと、生徒の少ない夏休みや休日に登校するシステム。

 出席日数が足りなくなる可能性がある生徒への救済措置でもある。


 登校していないと噂の2人が、学校へ来ているのを部活動中の生徒が目撃したらしい。

 暑い中大変ですね……と呟くと、学園にはクーラーが設置されているし、登下校も送迎車だろうからそこは心配ないと諒華は答えた。


「では、今学期から登校されているのですか?」


 Bクラスの生徒が座っている席に目を向ける。

 誰が該当の生徒か分からないが、見たことがない人物がいたらその生徒だろう。


「来てないと思うわよ。来ていたとしても、始業式になんか出ずに特別教室に行っているわね」

「そうですか。特別教室……?」

「カウンセリング室とも言う。しばらくはそこに通うんじゃない? 登校時間をずらしてね」


 海外に行っていたはずなのに、諒華はよく知っているなぁと感心していた。



「登校してない方って……」

間宮(まみや)香澄(かすみ)花園(はなぞの)百合亜(ゆりあ)。名字くらいは聞いたことあるでしょ?」

「はい」


(あれ? 名前からして、2人とも女の子ですね……)


 要に喧嘩を売ってクラスを追い出されたと勝手に思い込んでいたので、男の子だと思っていた。


 間宮は優秀な政治家を輩出している一家で間違いないだろう。

 メディアで名前をよく見かける“間宮”と名乗る人たちは、ほとんどが彼女の親戚だ。


 もう1人は——





「えっ! 花園!?」


 諒華が口にした2人の生徒の名前——そのうちの“花園”に桜が反応した。


「どうかしましたか……? あ、そういえば入学式の日に桜さんに意地悪した人も“花園”さんでしたよね」

「え……あ、はい」


 祀莉の言葉に桜はそうでしたね……と、口元に手を当てて考える素振りをした。

 初日に教室に乱入してきた生徒は確か花園珠理亜じゅりあ

 名前が似ていることから2人は姉妹だろうと推測した。


(花園グループの令嬢なんですよね? どうしてBクラスに……?)


 姉はAクラスのまま。

 ということは、家のランクが落ちたわけではない。


「あの……」


 桜が窺うように切り出す。

 祀莉をじっと見つめて、とても言いにくそうにしていた。


「花園百合亜さんのことでお聞きしたいんですけど……」

「あ、はい」


 もしかして、祀莉と同じことを考えているのだろうか。

 それに関しては自分も分からないので、質問を聞くだけ聞いて諒華にバトンタッチしようと考えた。

 しかし桜の質問は予想もしないものだった。


「祀莉ちゃんが中等部の時に学校を追い出したって……」

「……はい?」

「あ、あの……そういう噂も聞いてっ!」


 すみませんっと頭を下げて謝った。



(わたくしが、追い出した……?)


 いったいどこからそんな噂が出てくるのだろうか。

 花園グループは名前だけ聞いたことがあるが、花園家の人たちには一度も会ったことがない。

 どころか同学年の令嬢がいることも知らなかった。



 桜の質問に疑問を浮かべている祀莉に代わって諒華が答えた。


「それはありえないわよ。だって祀莉はここの中等部には通ってなかったもの」

「え!? そうなんですか!」

「あ……はい。わたくしは女子中学校に通っていたので」


 そして、そのまま高等部へ進学するつもりだったのだが、色々あって華皇院学園に通うこととなった。


(今思うとこれは、運命(シナリオどおり)ってことですよね……)



 要と桜が出会って、祀莉と貴矢が邪魔して——最後は結ばれる。

 そのためだけにこの学園に通わされることになるなんて、迷惑きわまりない。


(諒華と桜さんと仲良くなれたのは嬉しいんですけど……)








「——花園百合亜はね、北条君が追い出したの」


 桜の質問に対して諒華は続けて答えた。

 ふいに耳に入ってきた内容に驚いた声をあげてしまった。


「えぇっ!?」

「なんでまたあんたが驚くのよっ!」

「すみませんっ!」


 まさか本当に追い出していたとは思わなかった。

 もしかして中等部では恐怖政治をしていた……?

 小学校のときの要を思い出して体が震えた。


 いったいどういった経緯でAクラスから追い出されたのか気になる。




「北条君が……? どうしてですか?」


 新たな疑問に今度は同じことを考えていた桜が再び質問した。


「あー……んー……。祀莉が知らなかってことは、北条君が言ってないってことだからなぁ……」

「?」


 諒華は隣に座る祀莉と少し離れた場所の要を交互に見た。



(要がわたくしに秘密っ! なんですかそれ、すっごく聞きたいです!)


 祀莉は教えてくださいっ!と目で訴えた。

 桜も同じように身を寄せて諒華に熱い視線を送った。


「……私が言ったって言わないでよね」


 もちろん、と力強く頷く祀莉と桜。

 諒華は口元に手を寄せて、声をいっそう小さくして言った。





「花園百合亜は北条君が好きで、猛烈にアタックしてたのよ……」

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